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タイトルは用法に誤りあり

【メレンゲのように淡く甘く】
※下記作品のパロディを含む
安斎 様:【創作漫画】鈴木と中村



「私たち付き合うべきだと思うの」
唐突に紡がれた彼女の言葉に、エフは飲んでいたコーヒーをあわや吹き溢すところであった。
「汚いですよ」ファルは、包装紙を取り払った箱を開け、どうぞと二人の前に差し出しながら、エフの粗相を窘める。
「お嬢様の前で、やめてください。お里が知れます」
ファルが差し出した箱には、彩り豊かなマカロンが幾つも並んでいる。パリらしいパステルカラーのそれらは、見ているだけでも幸せになれた。
私の趣味を理解してきたわね、と彼女は微笑む。
「付き合いましょう」
マカロンですっかり機嫌を良くした彼女は、もう一度その言葉を繰り返した。



ここは帝軍の憩いの場。コーヒーならば無料で飲めるカフェテリア。ファルからパリ土産を受け取るため、彼女はわざわざここへ足を運んだのだ。
何故だかは知らないが、ファルと一緒にエフも付いてきた。理由を聞くと、アンタ達だけじゃ意思の疎通ができないでしょ、と笑われた。意味が分からない。彼女はファルと十分過ぎるほど意思の疎通ができている。互いの言葉の意を汲み取り過ぎて、相手の揚げ足を取るほどには。
「アンタね。男前すぎよ」コーヒーの入った紙コップをテーブルに置き、いやんと照れたように顔を背けるエフ。
「アタシとしたことが……女子に惚れるなんて!」
「念のためお聞きしますが、先程の『付き合いましょう』とは、この愚弟に仰ったのでしょうか」
「いいえ」ファルの質問に、彼女は首を横に振った。その顔は微笑みを保ったままだ。「貴方に決まっているでしょう。ファル」
「でしょうね」
恥じらいを瞬時に心の奥底に引っ込めて、エフは冷たく舌を打つ。このお嬢様はファルに首っ丈だということをすっかり忘れていた。何たる不覚。
「でしょうね…」
ファルは溜息を吐き、途方に暮れたように椅子の背もたれに体を預ける。愚弟と同じ相槌をまったく同じタイミングで呟いてしまった。何たる不覚。
「あまりにも唐突で、言葉を失います」
「丁度良かった。そのまま聞いて」
「それアタシも聞いていい?」
面白そうと身を乗り出すエフに、好きになさいと彼女は頷く。
「私たち、この小さな箱庭の中では、かなり容姿に恵まれた方だと思うの」
「世界帝が小さな箱庭とは些か違和感を覚えますが、容姿のくだりに異論はありません」
「ちょっとそこの美男美女」二人の会話にエフは呆れた目を向ける。「そういう話は、もっと小さな声でしなさいよ」
容姿の評価についてはエフも否定はしないが、彼らは慎みというものを覚えた方が良い。
「エフは聞いたことない? 私とファル、帝軍中の噂になってるの。『あの二人絶対付き合ってる』って」
「ああそう、アタシは初耳だけど。まあ良かったじゃない。外堀は埋まっているわけね」
「そんなもの誰が埋めるんですか」
冗談じゃないと口答えするファルを、「いいから黙って」と彼女は一瞥する。明らかに恋する相手を見つめる眼ではない。
「私とファルが付き合ってるなんて、失笑ものよね。でも仕方ないのよ。こんな男ばかりの閉鎖空間で、兵達に楽しい事なんて無いに等しいもの。みな何かに興味を見出したいの」
「それで私と貴女の噂が持ち上がるわけですか」
「ゴシップほど盛り上がるものはないものね〜」
顰めっ面の兄とは対照的に、弟は楽しそうにウフフと微笑む。だからね、と彼女は言葉を続けた。
「幼い頃に帝軍のアイドルとして名を馳せた私としては、みなの期待に応えるべきだと思うの」
「ご自分をアイドルだと思ってたんですか」結構な事で、とファルは口の端を歪めて嗤う。
「貴方本当にいつも一言多いわね。口は災いの元というのはご存知?」
「その言葉、そっくりそのままバットで打ち返して差し上げましょう」
「もう。やめなさいって」ぴんと張り詰めた糸のような啀み合いに、エフが一石を投じる。
「全然話が進まないじゃないの……。それで、期待に応えたいお嬢様はどうするわけ?」
「エフ。良い質問だわ」
彼女はにっこりと微笑み、自身の胸元にそっと片手を添える。この舞台じみた仕草も、彼女がすると様になってしまうものだから不思議だ。
「兵達をこのクソつまらない退屈な日常から救う一筋の光に、私はなる」
「随分壮大ね」どこぞの海賊王の台詞が、エフの脳裏を過ぎった。
「お嬢様、クソとか言うんじゃありません」
「いいから黙って」
「はあ」ファルは気の抜けた返事をする。彼は彼女の言葉遣いの方が気になって、内容が頭に入ってこない。
「ということでファル。私と付き合いましょう」
「…………」
「ちょっと、何か言いなさい。マスターの娘が貴方に告白しているのよ?」
「貴女が黙って聞けと言うので。というか、今の告白だったんですか。斜め上過ぎて理解できませんでした」
「ファルちゃん、分かってないわね〜。告白は斜め上を行くくらいで丁度良いのよ。王道の恋愛ものなんて、世間はもう飽き飽きなのよ」
「エフの言う通りね」
「ほら、今のご時世、不倫とか流行ってるじゃない?」
「知りません」エフの根拠のない意見は相手にしない、とファルは決めている。
「まあ、とぼけちゃって。ファルちゃんも好きでしょ? ……不埒な恋愛」
片方の耳に髪をかけながら、意味深な一言を囁いてエフは微笑む。何なんだ、その溜めは。ファルはさすがに苛立ちを感じた。
「つまりお嬢様は、クソみたいに退屈な日々に鬱屈するクソ兵士共の士気を上げるため、私と貴女が彼らの望み通りにお付き合いしたらどうか、とクソくだらない意見を述べるわけですね」
嫌味たっぷりにクソを連発してファルは彼女の提案を要約した。
「イケメンがクソとか言うんじゃありません」
彼女は眉を顰める。どの口が、とファルが応戦する。本当にこの二人は、口を開けば巧みに言葉をこねくり回し、貶し合いを延々と続ける。口八丁に手八丁。
お似合いよねぇ、とエフは感心したように呟いた。
「何だかアタシ、お邪魔虫に思えてきたわ」
エフは椅子を引いて立ち上がる。さっさと付き合いなさいよ、と捨て台詞を残して彼は踵を返した。そして通りがかりの新兵に言いがかりをつけ、調教調教と楽しげに首輪を取り出している。
首輪を付けた新兵を引き摺りながらカフェテリアを後にするエフは、周囲の兵士達の怯えた視線に構いもしない。あの愚弟こそ慎みを覚えるべきだ、とファルは肩をすくめた。


「まったく。一体何しに来たんですかね。あのクソ弟」
そう言って視線を前に戻すと、ちょうど彼女がお土産のマカロンを三つ食べ終えたところだった。大した早食いである。
「ご馳走様。美味しかったわ」
「おや。もうよろしいので?」
「だってこれ、お土産でしょう。みんなの分も残しておかないと」
「いえ。これは全て、貴女の物なんですが」
話を聞いているのかいないのか、「貴方も食べたら」と彼女は箱をファルの前に寄せてやる。
「誰が貴女の食べ残しなんて貰いますか」
「そんな事言って。本当に私一人で全部食べちゃうから」彼女は手を伸ばし、つい先ほどファルの前に差し出した箱を引き寄せた。
「先程も申し上げましたが、それは全て貴女の分です」
彼女はマカロンの箱を持ったまま、きょとんと目を丸くする。
「今、何て?」
「ですから、そのマカロンは箱ごと全て貴女の……」
「これ全部!!?」彼女が大きな声を上げる。見開いた目で手元の箱を見下ろし、中身のマカロンをすぐさま数える。沢山あった。
「嘘でしょう」
「……そんなに驚く事ですか?」
「だってこれ、とても高価なマカロンよ」
「よくご存知で」
「私がこのブランドを好きだって、貴方知ってて買ってきたの?」
「おや、そうでしたか。図らずもご贔屓の物を贈ってしまったようですね。まあ有名な店ですし、女性に大変人気でした。男性の接客スタッフが美形揃いだそうで……。もしかして貴女、マカロンよりその美形スタッフに興味があるのでは?」
一通り言いたい事を述べてから、ファルは彼女の返答を待った。スタッフ達がどのように素敵な男性であったか質問されたら、何と答えよう。答え方次第によっては、彼女を狼狽えさせることもできるだろう。脳内で様々な策を講じるが、しかしそれは徒労に終わった。
「高価なお菓子を丸ごと女性にプレゼントなんて……。大人ってかっこいい」
彼女はほうっと溜息を吐き、幸せの詰まったお菓子箱を抱えながら、嬉しそうに微笑む。仄かに頰を染めていた。
おっと、とファルは口を噤む。本音が口から出そうになる。
「お嬢様は、最近チョロ過ぎやしませんかね」
ファルは心配です、と爽やかに微笑んで誤魔化した。
やはり私はこうでなくては。


「やっぱり付き合うのは止しましょう」
「何です。藪から棒に」
「だって、お付き合いを始めたら、男性は相手の女性を段々と雑に扱うのでしょう? 今みたいにプレゼントだって貰えなくなる。それは惜しいわ」
「まるで知ったような口振りですが、男性とお付き合いもした事のない貴女様が、一体何を仰いますか」
「それもそうね……」彼女は眉間に皺を寄せ、自身の未熟さを思い知るかのように唸る。パステルピンクのマカロンを一つ指で摘み、彼女はファルに悪戯な目線で笑いかけた。
「じゃあ、貴方が教えてくれる?」
「お断りします。貴女のような小娘が私の恋人など、役不足ですので」
「役不足ですって?」彼女はつんと怒った顔で、メレンゲのお菓子を口に含んでは言い返した。
「貴方ってほんと顔だけね」


口に含むマカロンが、らしくもない甘い台詞を代弁してくれるだろう。
『食べ物に釣られる年相応な貴女は、なかなか可愛らしいですよ』





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