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可愛い子には旅をさせよ

【火曜日】



「ホクサイ。いるんでしょう?」
コンコン、とドアを何度もノックする。ここは公共の実験室で、部屋を使用するには管轄部署への申請と許可が必要だ。しかしこの実験室に限っては、申請・許可なくホクサイが年中独占していた。明らかに特別幹部の権限を濫用している。
彼は自室にいる時間よりも、この部屋にいる時間の方が遥かに多い。むしろ実験室の方が彼の自室なのではないか。
何度目かのノックで、ようやくドアが開けられる。
「やあお嬢ちゃん」10センチほど開けたドアの隙間から、顔だけ覗かせてホクサイは応えた。「何か用?」
言葉とは裏腹に、彼の表情はひどく険しい。
「忙しかった?」
「うん。まあ」
「何かの実験?」
僅かな隙間から、真っ暗な部屋の中を覗いてみる。しかしすぐに彼が立ちはだかり、「見ちゃダメ」と冷たく言われた。
彼をそれほどまで夢中にさせる研究が彼女は気になるのだが、聞いても彼は教えてくれない。証明が完了したら発表する、などと科学者らしい言葉ではぐらかす。何だそれは、カッコイイではないか。そんな台詞言ってみたいわ、と彼女は笑った。
ホクサイは、呑気に笑いかけてくる彼女を一瞥する。早く帰ってよ、とその顔に書いてある。この貴銃士は、思ったことが顔に出やすい。そういうところもまた可愛いのだが。
「邪魔したわね。出直すわ」これ以上詮索すると本気で怒らせると予想した彼女は、大人しく身を引くことにした。「またね」
「バイバイ」
バタンと彼女の鼻先でドアが閉まり、鍵をかける音が容赦なく響き渡る。
「……つれない男ね」
どうせ聞こえないだろうと思い、彼女は内心思ったことを口走った。



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