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可愛い子には旅をさせよ

【月曜日】



彼女の通う軍大学付属高校の門前に、デコトラならぬデコセダンが駐車していた。



ファルは昨日から有給消化で不在のため、代わりにエフが彼女を迎えに来てくれたのだが、いつものシックな高級セダンは見る影もない。外装が様々な「可愛い」装飾品でデコレーションしてある。キラキラ光るモール、お菓子の箱に付いているようなリボン、レース、キモ可愛い謎の人形。これが「原宿系」というやつだろうか。
「……何これ?」彼女は、デコセダンの運転席に座っているエフに尋ねてみる。
「アタシの愛車。きゅるちゅちゃんと一緒に作ったの」エフはハンドルに手をかけたまま、微笑む。「名付けて『一番星号』よ」
「トラック野郎?」彼女は眉を顰めた。
確かに同作はエログロナンセンスを詰め込んだ大衆娯楽映画で、エフのような濃いキャラクターが出演していても違和感は無い。しかし、オカマがワッパ勝負で殴り合いの喧嘩とお下品なお色気シーンなんて、カオスにもほどがある。
「このセダンは軍の所有でしょう。こんな魔改造して大丈夫?」
「魔改造って何よ。失礼しちゃうわ」
彼女は仕方なく助手席に乗り込む。こんな車で明日は登校するのだろうか。嫌だわ、勘弁して欲しい。
「安全運転でお願いね」
シートベルトを締めた彼女は念を押す。
「りょうか〜い、お嬢様♡」
うふっと愉しげに笑ったエフは、彼女がシートベルトを締めるや否や、ギュルンと凄まじくアクセルを踏み込んだ。
全速で急発進するデコセダン。
猛烈な加速度でシートに身体を押し付けられる。
「エフ」窓の風景がビュンビュン飛び去っていくのを眺めて、彼女は溜息交じりに呟いた。
「私、安全運転って言ったわよね」
「車っていいわよねぇ」エフは彼女の忠告など耳に入らない。小指からゆっくりと指を折り、壊れ物を扱うようにハンドルをそっと握り締める。いやらしい手つき。「馬と違って無茶して乗り潰すことも無いし、私の手足に素直に従ってくれるもの。従順で好きよ。たまらないわぁ」
そうですか、などと相槌を打っている場合ではない。このままでは、危険運転で治安部隊が駆けつけてくるんじゃなかろうか。騒ぎになられては困る。
「エフ、とにかくスピードを落として」
「なあに? 聞こえないわね。アタシは風。風になる! ッキャハー!!」
タイヤがギュルギュルと悲鳴を上げ、右に大きくカーブ。
彼女の身体を襲う容赦の無い遠心力。
「この愚弟!」殺す気か、と我を忘れて声を荒げると、気づけばファルの口癖を真似ていた。
「ふん。そんなセリフ、痛くも痒くもないわ。ファルちゃんはもう居ないのよ。今はこのアタシが、アンタの女王様よ」
そう口の端を歪めて笑みを浮かべ、前方の車両を荒々しいハンドル捌きでオラオラと抜かして行く。ファルに相当抑制されていたのだろうか、エフの暴走が普段とは桁違いだ。
こんな彼、手に負えない。
「お願いだから殺さないで」
さすがに気分が悪くなってきて、彼女は真っ青な顔で懇願した。



ファルの不在に歓喜しているのは、どうやら彼女だけではないらしい。



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