マスターちゃんの好男子辞典
【底知れぬ闇へと誘う茨の悪魔】
ファルを見つけるまでは絶対に帰らない、と彼女は言い張った。もともと彼の顔を見に行くつもりで始めた遊びた。あの人にもこの遊戯に付き合ってもらう、そしてハンサムの汚辱を晴らす、と彼女は忌々しそうに話した。
「アンタが言うほど、ファルちゃんはイケメンじゃないと思うんだけどねぇ」
エフは車椅子を押しながら、片手を頰に当てて小さく溜息を漏らした。
「ファルちゃんなんてねぇ、メガネとスーツで武装してるだけよ」
「そうなの?」
「メガネで二割、スーツで二割。合計四割増しね」
「そんなに盛ってる?」
「その二つを脱いだらただのリーマンよ。社畜感満載よ」
「しゃちく…??」
「優秀すぎるがゆえに、仕事が雨のように降ってくるってこと。ハイスペックも困りものよねぇ」
長い廊下を進んでいると、ガチャリと右のドアが開いて、メガネとスーツで四割増しのファルが突如姿を現す。
「お察しの通り仕事が雨のように降ってくるので、その無礼な口を閉じてもらってよろしいでしょうか」そう淡々と口を開く。
「きゃああ! ファルちゃんの地獄耳っ!!」
「貴方の甲高い声が耳障りで、つい聞こえてしまいました」
この愚弟は一体何を吹き込んでいるんでしょう、とファルは呆れた様子だ。いつもの笑顔は無く、心なしか疲れているようにも見える。エフの言う「しゃちく」とは、こういう状態の彼を言っているのだろうか。
「くたびれ加減がまたいい男ね」
彼女はつい本音を口にする。
「はあ。恐れ入ります」
彼にしては何ともしおらしい反応で、彼女はかえって心配になった。メンテナンスに出してあげた方がいいかしら。
「それよりマスター、愚弟に連れ回されて一体何をしておいでで?」
「逆よ。アタシがマスターに連れ回されてんのよ」
そう渋い表情で応えたエフを無視して、「またおいたですか?」とファルは深い溜息を漏らした。
「マスターである貴女が、いつまでもそのようでは困ります」
「眉目秀麗」
彼女は半紙を広げて、その四字熟語をファルによく見せてやる。
「………いきなり何です」
「え、ファルちゃんだけ何かおかしくない?」
言葉のセンスといい習字の達筆さといい、明らかに他より優っている。贔屓だわ、とエフは思った。
「ははあ。そのようなお遊びを」
「貴方が最後の一人だったの」
無事に会えて良かった、と謎の達成感を味わいながら彼女は微笑む。
「それで、私もマスターの容姿を褒めろと。そういうわけですか」
「別に、貴方はいいわ。どうせ貶してくるだけでしょう」
「そうですね」ファルはメガネを押し上げて一呼吸つくと、にっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。
「マスターといったら、明眸皓歯、容姿端麗、まさに閉月羞花です」
「四字熟語縛り?」エフが突っ込む。
「三つとも美女を表す言葉だけれど、絶妙に形容の仕方が異なるわ。こんな時でも卒がないのね」彼女も思わず感心する。
「はは」
朗らかに笑った後、無駄な労力を割いてしまいました、とファルは書類を抱えながら歩き去った。
既に18時を回っていたが、彼にとってはこれからが始業である。
【眉目秀麗】
容貌がすぐれて美しいこと。男性に用いる。
【明眸皓歯】めいぼうこうし
透き通った瞳(明眸)と綺麗に並んだ白い歯(皓歯)で美女の意。
【容姿端麗】
顔や姿が整い、美しいさま。女性に用いる。
【閉月羞花】へいげつしゅうか
月も恥じて隠れ、花も恥じるほどの美しい女性。
ファルを見つけるまでは絶対に帰らない、と彼女は言い張った。もともと彼の顔を見に行くつもりで始めた遊びた。あの人にもこの遊戯に付き合ってもらう、そしてハンサムの汚辱を晴らす、と彼女は忌々しそうに話した。
「アンタが言うほど、ファルちゃんはイケメンじゃないと思うんだけどねぇ」
エフは車椅子を押しながら、片手を頰に当てて小さく溜息を漏らした。
「ファルちゃんなんてねぇ、メガネとスーツで武装してるだけよ」
「そうなの?」
「メガネで二割、スーツで二割。合計四割増しね」
「そんなに盛ってる?」
「その二つを脱いだらただのリーマンよ。社畜感満載よ」
「しゃちく…??」
「優秀すぎるがゆえに、仕事が雨のように降ってくるってこと。ハイスペックも困りものよねぇ」
長い廊下を進んでいると、ガチャリと右のドアが開いて、メガネとスーツで四割増しのファルが突如姿を現す。
「お察しの通り仕事が雨のように降ってくるので、その無礼な口を閉じてもらってよろしいでしょうか」そう淡々と口を開く。
「きゃああ! ファルちゃんの地獄耳っ!!」
「貴方の甲高い声が耳障りで、つい聞こえてしまいました」
この愚弟は一体何を吹き込んでいるんでしょう、とファルは呆れた様子だ。いつもの笑顔は無く、心なしか疲れているようにも見える。エフの言う「しゃちく」とは、こういう状態の彼を言っているのだろうか。
「くたびれ加減がまたいい男ね」
彼女はつい本音を口にする。
「はあ。恐れ入ります」
彼にしては何ともしおらしい反応で、彼女はかえって心配になった。メンテナンスに出してあげた方がいいかしら。
「それよりマスター、愚弟に連れ回されて一体何をしておいでで?」
「逆よ。アタシがマスターに連れ回されてんのよ」
そう渋い表情で応えたエフを無視して、「またおいたですか?」とファルは深い溜息を漏らした。
「マスターである貴女が、いつまでもそのようでは困ります」
「眉目秀麗」
彼女は半紙を広げて、その四字熟語をファルによく見せてやる。
「………いきなり何です」
「え、ファルちゃんだけ何かおかしくない?」
言葉のセンスといい習字の達筆さといい、明らかに他より優っている。贔屓だわ、とエフは思った。
「ははあ。そのようなお遊びを」
「貴方が最後の一人だったの」
無事に会えて良かった、と謎の達成感を味わいながら彼女は微笑む。
「それで、私もマスターの容姿を褒めろと。そういうわけですか」
「別に、貴方はいいわ。どうせ貶してくるだけでしょう」
「そうですね」ファルはメガネを押し上げて一呼吸つくと、にっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。
「マスターといったら、明眸皓歯、容姿端麗、まさに閉月羞花です」
「四字熟語縛り?」エフが突っ込む。
「三つとも美女を表す言葉だけれど、絶妙に形容の仕方が異なるわ。こんな時でも卒がないのね」彼女も思わず感心する。
「はは」
朗らかに笑った後、無駄な労力を割いてしまいました、とファルは書類を抱えながら歩き去った。
既に18時を回っていたが、彼にとってはこれからが始業である。
【眉目秀麗】
容貌がすぐれて美しいこと。男性に用いる。
【明眸皓歯】めいぼうこうし
透き通った瞳(明眸)と綺麗に並んだ白い歯(皓歯)で美女の意。
【容姿端麗】
顔や姿が整い、美しいさま。女性に用いる。
【閉月羞花】へいげつしゅうか
月も恥じて隠れ、花も恥じるほどの美しい女性。