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side story

【お揃い】



「何その髪」
私の切りっ放しな髪を見て、ライクツーは眼を見張った。
中途半端な長さがひどく不格好で、彼にこんな姿を見られるのは照れくさかった。
「切ったの」誤魔化すように、私は平気で微笑んだ。
「見れば分かる」彼は怖い顔だった。要領を得ない私の答えに苛ついている。「どうして」
冷静沈着な彼の前では、どんな誤魔化しも意味を成さない。
「さっきの接近戦で、相手に髪を掴まれて」私は、正直に答えることにした。「身動きができなかったから、ナイフで切ったの」
「マスターさんが、自分の髪を?」
「そうよ」
「馬鹿みたい」呆気にとられたライクツーは、深い溜め息。「だからそんな顔してるんだ」
「そんな顔?」私は小首を傾げてみせる。
「僕の前で、強がりはやめなよ」
私の下手なおとぼけ顔を見て、彼はますます険しい顔になる。仕方ないなあ、なんて低い声で呟いて、少し離れたところにいるラブワンを呼びつけていた。そうして、彼にこう言った。
「お兄ちゃん。僕の髪、これで切って」
ぶちぶち、と凄い音がした。
ライクツーにナイフを手渡されたラブワンが、弟の長髪をナイフで乱雑に切り刻む。
「何やってるの……!?」私はさっと血の気が引いた。
「何って……断髪式?」ライクツーは、いつもの冷静さを崩さずにさらりと答える。
鮮やかなつつじ色の髪が、雪の上にはらはらと散っていた。
「ライたん、どお?」弟同様に飄々とした調子のラブワンが、ナイフを片手に持ったままイエイと声を張る。「おいらと同じくらい短くしてみたよん★」
「頭が軽くなっていいね。身軽」
ライクツーは、短くなった毛先を物珍しそうに指に絡めつつ、似合う?などと私を見つめる。
「はい。これでマスターさんと僕はお揃いね」
だからそんな悲しそうな顔しないでよ、と彼は笑った。
「お揃い?」つられて私もくすりと笑えた。
そうか。
お揃いだ。


あの時止む無く切り捨てた髪は、すっかり元の長さに伸びている。
気がつけば私は、二挺の重たい銃器を雪山に埋めていた。それは、ラブワンとライクツーの本体だった。
両手で雪を掻き出し、穴を掘り、バラバラの鉄のカタマリとなった二挺を横たえる。
ラブワンは、敵の攻撃に敗れて壊れた。
ライクツーは、兄を庇おうと飛び出して、一緒に撃たれた。
私にはもう、彼らを再び召喚するほどの体力も、気力もない。だから、こうして弔うことしかできない。
じっと物静かに横たわる鉄屑に、上から雪を丁寧に被せてやる。
本当は、春のあたたかな土の下で眠らせてあげたい。けれど、こんな真冬に広がるのは、刺すほどにつめたい雪ばかり。
この身が引き裂かれるような思いだった。
あまりにも息が詰まって、ごめんなさいの言葉も出なかった。
私自身が召銃した、はじめての貴銃士。
私を本物のマスターにしてくれた英国銃。
ずる賢く、お調子者で、私のご機嫌をとるのが上手な、食えない兄弟。
二人は本当に仲が良くて、最期までお揃いだったのだ。
じっと、長いことその場所にうずくまっていた私は、寒さに耐えきれなくなり、立ち上がる。彼らは壊れて死んだも同然だというのに、この身体は平然と生きていた。
雪の上に残る足跡を頼りに引き返す。
その先では、あたたかそうな白いコートを靡かせた貴銃士が待っていた。
「マスター。お別れはできた?」彼はそっと、優しく微笑む。
いつか、これと同じ微笑みで、私は救われた気がした。
「エフ」彼を呼ぶ声が掠れていた。「ありがとう。待っていてくれて」
ま、と彼は目を見開いた。
白い息を吐きながら、私に顔を近づける。
「泣かないで」艶やかな唇から溢れ落ちる、雪溶け水のような優しさ。
「この寒さじゃ、涙も凍るわ」
私の睫毛に舌を這わせて、濡れた哀しみを舐めとるエフ。
舌のぬるい体温に、私は笑った。
ああ、あたたかい。


目を開くと、鮮やかなつつじ色の短髪が目に飛び込む。
「はい。これでマスターさんと僕はお揃いね」
だからそんな悲しそうな顔しないでよ、とライクツーは笑った。
「ほら。あんまり遅いと、あいつら心配するよ。早く戻ろ」
差し出された手を掴むと、その手の大きさに、少し驚く。
彼に手を引かれながら、私は雪の上を歩き出す。
「髪なんて、そのうち伸びてくるっしょ!」
弟の横を歩くラブワンが、私を励ますように明るく言った。
「あのねぇ、お兄ちゃん。大切に整えてきた髪を、いきなりバッサリ切られるなんて、レディにとっては大問題なの。そのうち伸びるとか、そういう問題じゃないから」
「え〜っ? そういうもん??」
「分かってないなぁ」
ラブワンの後姿と、その隣を歩くライクツーの後姿を、私は見上げた。お揃いの髪型をした兄弟は、とてもよく似ている。
「貴方は、平気なの?」
会話が止んだ。
私の言葉に、兄弟は同時に振り返る。
「平気って、何が」ライクツーが尋ねる。短髪の彼はとても精悍で、いつもよりずっとハンサムだった。
「だって。綺麗な長髪だったのに……」
「やだなぁ、マスターさん」短髪の彼は、心外だとでも言うように、にやりと悪戯に笑う。「僕、男だよ? 髪を切られたくらいで落ち込まないよ」
しばらくはウィッグで我慢するし、と最後に呟いたのが可笑しくて、私はまた泣けてきた。
彼の不器用な優しさが、切ないくらいに嬉しかった。


「……おい。なんだよその顔」
「うわああ! おねーちゃんっ、どーしちゃったわけ!?」
「あんさんら、何があったんや……」
「つーかマスターちゃん、泣いてね?」
「アハハッ! 泣かせた泣かせた〜」


他の貴銃士たちと合流すると、彼らの賑やかな声に包まれる。
私の手を引いてくれているエフは、振り返って微笑んだ。
その一瞬、つつじ色の髪が靡いたような気がして、私は心がしわっとした。


これでマスターさんと僕はお揃いね、とあの子は言った。
本当にそうなら、私も最期をお揃いにして欲しかった。





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