血は争えない
【支離滅裂】
「えーっと、今日ボクちゃんたちはレジスタンスの南方拠点に奇襲をかけたわけだけど、見事制圧したよ! でも古銃共は見当たらなくって、警戒を解除して凱旋してきたんだ〜。以上、報告終わり」
「………」
ホクサイの手短な報告に、現代銃マスターは思考を停止した。
まず、自分の理解力の悪さを疑った。彼の話している言語は分かる。文法も分かる。しかしよくよく内容を吟味してみると、行って帰ってきた、という事実しか分からない。
「マスター。真に受けなくていい」ホクサイの聞き苦しい報告に耐え切れず、アインスが口を挟む。「コイツの報告は矛盾と語弊だらけだ。説明が必要だろう」
「頼む」
アインスの補足説明によると、本日の南方拠点制圧作戦は失敗に終わったそうだ。拠点はあるにはあったのだが、反逆者達は逃げ果せたようで、既にもぬけの殻だった。着の身着のまま逃げたようで、生活用品と僅かな物資が散乱していたらしい。情報収集のため、兵士たちにそれらを回収し持ち帰らせた。
「いつ、どこで今回の作戦実行が奴らにバレたのか、情報漏洩の経路につき調査を要する。部下の中に奴らのスパイがいるかもしれない」
アインスは一呼吸置き、「俺からは以上だ」と締め括る。
「説明ご苦労」マスターは腕を組み、神妙な顔で頷いた。「アインスのお陰でよく分かった」
「まったく、失礼な人たちだ」ホクサイはぷんすこと機嫌を損ねている。
「お前の報告は要点を得ない。矛盾した言葉の羅列も聞き苦しいぞ。研究は結構だが、もう少し本を読むべきだ」
「本なら読んでるよ」アインスの忠告に、頰を膨らませてホクサイは答える。
「ほう。それはどんな話だ」
「相対性理論と量子力学を根本として」
「ちょっと待て、数理科学から離れろ。今お前に必要なのは言語力だ。小説を読むべきだろう」
アインスの助言に、「ええ〜」とホクサイは露骨に嫌そうな顔をする。文芸の類いには全くもって興味が無い。
「アインス。まあそう言うな」
見兼ねたマスターが助け舟を出すように、ホクサイを見てにっこりと笑った。
「ところでホクサイ。宇宙に終わりはあるのかね?」
「宇宙の終わり?」マスターの唐突な問い掛けに、アインスが怪訝な顔をする。一体何の話だ、と言わんばかりだ。
まあ見ていなさい、とマスターはアインスに目配せをする。
「素人の私にも理解できるように、説明を頼む」
するとホクサイは、眼の色を変えて矢継ぎ早に喋り始めた。
「質問と矛盾するようだけれど、宇宙空間は無限であって複数の宇宙が存在するから、終焉なんか無くて永遠に続くというエターナル・ユニバースが大前提なんだ。その大前提を無視した上での宇宙終焉論は、大きく3つに分けられるね」
「一つは、ビック・バンの真逆の現象による終焉。重力によって徐々に収縮していくビック・クランチ説、ビック・バウンス説、膨張に耐え切れず宇宙そのものが裂けてしまうビック・リップ説」
「二つめは熱的死。宇宙の拡大により惑星の熱量が尽きる説と、ブラックホールによって宇宙全体が呑み込まれて、ホーキング輻射だけが残る説のこと」
「三つめはある仮定上での可能性だよ。時が有限である場合は時の終わり。宇宙そのものが不安定な状態である場合はバキューム・メタスタビリティー事象による真の空間への相転移。多元宇宙論上でのタイムバリア」
「現時点で想定される宇宙の終焉は、まあそれくらいかな」
「以上、説明終わり」
全てを話し終えてから、満足げな表情を浮かべてホクサイは告げる。
「ありがとう。おまえは本当に賢い研究者だ。初心者の私にも、なんとなく理解できたよ」
「そう、良かった。もう帰ってもいい?」
「ああ。研究に戻る事を許可する」マスターは机上で手を組み、ホクサイに向かって微笑んだ。
「説明ご苦労」
「あいつは数学的な話になると、途端に饒舌になるな」
あの能力を任務の報告にも活かせないものだろうか、とアインスは頭を抱える。
「実に結構。面白い子だ」
椅子の背もたれに体重をかけたマスターは、悩ましい様子のアインスの姿を見て、大いに笑った。そんなに悩むことではない、と。
「私の教育モットーは、個性を大事に、だ」
「教育か…」
アインスの脳裏に、マスターの娘である愛らしい少女の姿が過ぎる。
彼女は悪戯が過ぎたせいで、今ではファルに身の振り方や言葉遣いを矯正されている。この前など、花壇で作業をしていたら、「何をなさっているの?」と少女に話しかけられた。彼女はまだ7歳の子供である。いかにも令嬢らしい上品な言葉遣いであるが、いかんせん子供らしくない。しかしファルの事だから、このまま少女にお嬢様言葉を仕込んでいくのだろう。あれもなかなか個性的な娘に成長するに違いない。
「教育と言えば、兵士の人出不足はどうにかならないものかね」
マスターは、帝軍の慢性的人出不足に不平を漏らした。やんちゃが過ぎる特別幹部、つまり貴銃士たちのせいで、多くの兵士が潰される。兵の総数は多いのだが、問題はその内訳だ。使える優秀な人材はごく僅かなのである。
「実戦経験20年以上の、即戦力となる若き新兵。次の募集要項はこれに尽きる」
「マスター。支離滅裂じゃねぇか」
若さと経験を求めた結果だ、とマスターは苦笑した。
「欲張るのは良くないな。ホクサイの才能と同じだ。あの子は研究者としては優秀なのだから、報告下手の一つや二つ、許してやりなさい」
ただしその尻拭いをするのは俺なんだがな、とアインスは胸中で溜息を漏らした。
「えーっと、今日ボクちゃんたちはレジスタンスの南方拠点に奇襲をかけたわけだけど、見事制圧したよ! でも古銃共は見当たらなくって、警戒を解除して凱旋してきたんだ〜。以上、報告終わり」
「………」
ホクサイの手短な報告に、現代銃マスターは思考を停止した。
まず、自分の理解力の悪さを疑った。彼の話している言語は分かる。文法も分かる。しかしよくよく内容を吟味してみると、行って帰ってきた、という事実しか分からない。
「マスター。真に受けなくていい」ホクサイの聞き苦しい報告に耐え切れず、アインスが口を挟む。「コイツの報告は矛盾と語弊だらけだ。説明が必要だろう」
「頼む」
アインスの補足説明によると、本日の南方拠点制圧作戦は失敗に終わったそうだ。拠点はあるにはあったのだが、反逆者達は逃げ果せたようで、既にもぬけの殻だった。着の身着のまま逃げたようで、生活用品と僅かな物資が散乱していたらしい。情報収集のため、兵士たちにそれらを回収し持ち帰らせた。
「いつ、どこで今回の作戦実行が奴らにバレたのか、情報漏洩の経路につき調査を要する。部下の中に奴らのスパイがいるかもしれない」
アインスは一呼吸置き、「俺からは以上だ」と締め括る。
「説明ご苦労」マスターは腕を組み、神妙な顔で頷いた。「アインスのお陰でよく分かった」
「まったく、失礼な人たちだ」ホクサイはぷんすこと機嫌を損ねている。
「お前の報告は要点を得ない。矛盾した言葉の羅列も聞き苦しいぞ。研究は結構だが、もう少し本を読むべきだ」
「本なら読んでるよ」アインスの忠告に、頰を膨らませてホクサイは答える。
「ほう。それはどんな話だ」
「相対性理論と量子力学を根本として」
「ちょっと待て、数理科学から離れろ。今お前に必要なのは言語力だ。小説を読むべきだろう」
アインスの助言に、「ええ〜」とホクサイは露骨に嫌そうな顔をする。文芸の類いには全くもって興味が無い。
「アインス。まあそう言うな」
見兼ねたマスターが助け舟を出すように、ホクサイを見てにっこりと笑った。
「ところでホクサイ。宇宙に終わりはあるのかね?」
「宇宙の終わり?」マスターの唐突な問い掛けに、アインスが怪訝な顔をする。一体何の話だ、と言わんばかりだ。
まあ見ていなさい、とマスターはアインスに目配せをする。
「素人の私にも理解できるように、説明を頼む」
するとホクサイは、眼の色を変えて矢継ぎ早に喋り始めた。
「質問と矛盾するようだけれど、宇宙空間は無限であって複数の宇宙が存在するから、終焉なんか無くて永遠に続くというエターナル・ユニバースが大前提なんだ。その大前提を無視した上での宇宙終焉論は、大きく3つに分けられるね」
「一つは、ビック・バンの真逆の現象による終焉。重力によって徐々に収縮していくビック・クランチ説、ビック・バウンス説、膨張に耐え切れず宇宙そのものが裂けてしまうビック・リップ説」
「二つめは熱的死。宇宙の拡大により惑星の熱量が尽きる説と、ブラックホールによって宇宙全体が呑み込まれて、ホーキング輻射だけが残る説のこと」
「三つめはある仮定上での可能性だよ。時が有限である場合は時の終わり。宇宙そのものが不安定な状態である場合はバキューム・メタスタビリティー事象による真の空間への相転移。多元宇宙論上でのタイムバリア」
「現時点で想定される宇宙の終焉は、まあそれくらいかな」
「以上、説明終わり」
全てを話し終えてから、満足げな表情を浮かべてホクサイは告げる。
「ありがとう。おまえは本当に賢い研究者だ。初心者の私にも、なんとなく理解できたよ」
「そう、良かった。もう帰ってもいい?」
「ああ。研究に戻る事を許可する」マスターは机上で手を組み、ホクサイに向かって微笑んだ。
「説明ご苦労」
「あいつは数学的な話になると、途端に饒舌になるな」
あの能力を任務の報告にも活かせないものだろうか、とアインスは頭を抱える。
「実に結構。面白い子だ」
椅子の背もたれに体重をかけたマスターは、悩ましい様子のアインスの姿を見て、大いに笑った。そんなに悩むことではない、と。
「私の教育モットーは、個性を大事に、だ」
「教育か…」
アインスの脳裏に、マスターの娘である愛らしい少女の姿が過ぎる。
彼女は悪戯が過ぎたせいで、今ではファルに身の振り方や言葉遣いを矯正されている。この前など、花壇で作業をしていたら、「何をなさっているの?」と少女に話しかけられた。彼女はまだ7歳の子供である。いかにも令嬢らしい上品な言葉遣いであるが、いかんせん子供らしくない。しかしファルの事だから、このまま少女にお嬢様言葉を仕込んでいくのだろう。あれもなかなか個性的な娘に成長するに違いない。
「教育と言えば、兵士の人出不足はどうにかならないものかね」
マスターは、帝軍の慢性的人出不足に不平を漏らした。やんちゃが過ぎる特別幹部、つまり貴銃士たちのせいで、多くの兵士が潰される。兵の総数は多いのだが、問題はその内訳だ。使える優秀な人材はごく僅かなのである。
「実戦経験20年以上の、即戦力となる若き新兵。次の募集要項はこれに尽きる」
「マスター。支離滅裂じゃねぇか」
若さと経験を求めた結果だ、とマスターは苦笑した。
「欲張るのは良くないな。ホクサイの才能と同じだ。あの子は研究者としては優秀なのだから、報告下手の一つや二つ、許してやりなさい」
ただしその尻拭いをするのは俺なんだがな、とアインスは胸中で溜息を漏らした。