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side story

【ウチのマスターの親馬鹿加減は間違っている】



●世界帝軍裏事情(◯年◯月)
レプリカ銃を抱えた現代銃マスターのご息女に基地内で遭遇した場合、即刻退避されたし。
退路を確保できず、ご息女が銃で撃つフリをしてきた場合、こちらも全力で撃たれたフリをせねばならない。


***


「さて、先の掃討作戦の件だが……」
基地内の庭を散策するふりをして、アインスはマスターと先の大規模作戦について見解を述べるはずだった。しかしマスターの発した言葉は、目の前に現れた少女の存在によって堰き止められる。
少女は言わずもがな、マスターの一人娘である。特にここ最近は遊び盛りのおてんば姫だ。
「こら」愛娘を前にして、マスターはすっかり父親の顔だ。軍人らしい威厳を保っていた声は、柔く温かなものへと変化した。「私は今、アインスと大事な話をしている。おまえは向こうへ行きなさい」
「………」
少女はその幼さには相応しくない仁王立ちで、二人の行く手を阻んでいる。両手を背中の後ろに隠しているのは、何かを持っているからだろうか。
次の瞬間。
「っばん!!」
少女は素早く背後から銃を取り出し、引き金に指を添えて銃口を跳ね上げる。もちろん銃は本物ではない。ただし、ただの玩具でもない。あれは彼女が父親に我儘を言って作らせた、本物に酷似した銃のレプリカだ。聞けばマスターの特注品だと言う。この辺りに、マスターの親馬鹿加減というか、甘やかす所がズレているような、何とも言えない欠陥を感じる。しかし、そんなところも我がマスターの愛嬌なのだ。
「はは」
アインスは、少女がレプリカの銃を撃つ様に思わず笑ってしまった。なかなか可愛い。
「お嬢、そうじゃない」アインスは少女の目の前にしゃがみ込み、これまたマニアックなレクチャーを開始する。「この銃はな、こうやって持っーーー」
「っぐああああああーーーッッ!!!」
突如響き渡る野太い悲鳴。
「マスター!!?」主人の異変に血相を変え、アインスは少女を庇いながら振り返った。「敵襲か!?」
マスターは腹部を両手で抑え、がくんと大きく膝を折る。苦しそうに息をして、額に汗を滲ませていた。
「おのれ……この私が、こんな少女に……っーーーぐっはぁ」
そう呟いて、どさりと地面に倒れ込む。
「ふん」少女は銃口にふっと息を吹きかけ、「他愛もない」と舌ったらずに呟き、テケテケと茂みの影に隠れた。
「………マスター」死んだふりをしたままピクリとも動かない上司を見下ろし、アインスは戸惑いながら問いかける。
「これは一体……?」
「アインス。あとは頼んだ」マスターはむくりと起き上がり、土で汚れた軍服をぱたぱたと叩きながら、軍人の顔でそう言った。
「私は彼女に撃たれて死んだ。死人は二度死ぬことはできない」
「はい?」
「次に彼女に撃たれたら、おまえも全力で応えるのだ。私のようにな」
「…今のをやれと言うのか」
アインスは至極面倒そうに顔を顰める。なぜ自分が、あんな少女のお遊びに本気で付き合わねばならんのだ。理解しかねる。
「当然だろう。あの子を誰だと思っている。この私の娘だぞ」
「マスター。やられるフリをするのは良いけどよ、子供相手なんだから、あんな迫真じゃなくても……」
「やれ」
マスターは威厳溢れる声で、周囲の空気を震わせた。これは殺気というやつだ。たった二文字の短い命令に、これほど背筋が凍ったことはない。
「……承知した」
アインスは米神を押さえて、拒否権なしの命令に従うことにする。
頭痛で頭が割れそうだ。


***


「ウワアアアア」
「やられたああ」
ホクサイとベルガーは、両手を上げて床に崩れ落ちた。レプリカ銃を抱えた少女が、「おととい来やがれ」と呟いて、二人を踏み越えてタッタカ廊下を駆けてゆく。床に倒れたままの二人は、少女の捨て台詞がツボにハマったのか、ケラケラと可笑しそうに笑っていた。
「まったく、あのお嬢様。どこであんな台詞覚えて来るんですかね」
アインスと会議室から廊下に出たところで、偶然この茶番を見かけたファルは、そう言いつつも口元はにやにやと緩んでいる。お可愛らしい、と心にも無いことを口にして、黒い微笑みを浮かべていた。
「しかし、あんな子供に基地内をウロウロされると目障りですねぇ。ここは心を鬼にして少々お仕置きでも……」
ふふふと肩を揺らしながら、お仕置きの内容をあれやこれやと楽しげに吟味する。すると今まで黙り込んでいたアインスが、「全然なってねぇ」と苛立ったように声を荒げた。
「何だあの二人のやられ方は」
「…はい?」
ファルの頭で疑問符が飛び交う。
と、次の瞬間。
「っばん、ばん!!」
廊下の角からひょこっと顔を出した彼女が、二人目掛けて発砲するフリをする。すっかりどこかへ走り去ったと見せかけて、会議室からダラッと歩いて来る彼らを待ち伏せていたらしい。幼いながら大した忍耐力である。
「おっと」ファルは放たれた銃弾を華麗に避けるふりをして、少女の目の前に跪いた。
「お嬢様…、もっと女の子らしい遊びをなさっては?」
おままごとでも人形遊びでも、このファルはお付き合い致しますよ、と言いかけたその時。
「ぐおおおおおおっーーー……!!」
地の底から這い上がってくるような呻き声を上げ、アインスが床で転がり悶える。
「脚が…っ脚があああ!」
「………」
突然火が着いたように叫び出した彼を、ファルは思わず白い目で見下してしまった。
「安心しな」彼女は肩にレプリカ銃を担ぎ、背中を向けての決め台詞。
「急所は外したぜ…」
少女の台詞は、いちいち渋い。


「………」
急所を外されたにもかかわらず、しばらく死体を演じていたアインスは、ファルの刺すような視線に耐えられなくなり、むくりと無言で起き上がる。
「アインス、貴方……」うっと瞳に涙を浮かべて、ファルは先ほど壮絶な死を遂げたアインスの肩にそっと手を添えた。「私の分まで?」
「何の話だ」
「私がお嬢様の茶番に付き合わなかったから、貴方が私の分まで壮大にリアクションを返してあげたのですよね?」ええ、ええ、分かっていますよ、とファルは何度も頷いた。
「しかしその優しさは、もはや毒ですよ」
「悪いが、お前を庇ったわけじゃない。マスターの命令だ」アインスは頸に手を当てて、はあと深い溜め息を漏らした。
「お前にも教えてやるよ。お嬢に撃たれたら、全力で応えろ、だそうだ」
「ほほう。全力で、ですか」
「ファル。お前が子供の相手をするは好きじゃないのは知っているが…、今回ばかりは、力を貸してくれないか」
このままじゃ俺の身がもたない、と彼は珍しく弱音を吐く。それは貴方が美味しいリアクションをするからですよ、と心の底から思ったファルは、あえてそれは言わないでおいた。アインスの迫真の演技、実に滑稽でした。
「仕方ありませんね。貴方がそこまで言うなら、付き合いましょう」
「本当か?」
「ええ。私は貴方の補佐ですから」
「すまない…、恩に着る」
アインスはよほど荷が重かったらしい。ファルが承諾するや否や、安堵の表情を浮かべて見せる。
「ですが、本当によろしいので?」
「…? 何がだ」
「私はやるなら徹底的にやりますよ。ええ、それはもう……」
ファルは口元に片手を添えてふっふと不敵な笑みを浮かべる。
これで合法的にあのお嬢様を虐められる、と歓喜していた。


その数日後。


「アインスううううーーー!!」
「お兄様あああああーーー!!」
びいびい泣きじゃくる少女とエフが、二人同時に彼の背中目掛けて突進する。
「うおっ!」少女が左脚にしがみついて思わず躓きそうになり、さらに追い打ちをかけるようにエフが首に腕を回して抱きついてくる。
「どうしたお嬢。エフ、お前まで……」
突然背後から泣きつかれて、アインスは何事かと目を見開く。
「アクマだ!」涙と鼻水でグショグショになった顔面を上げ、少女は叫んだ。「ファルはアクマだから死なないんだ〜〜〜!!」
「どうしましょうお兄様! ファルちゃんが…ファルちゃんが死んじゃう〜〜〜!!」
「……はぁ?」
正反対な意見を口にする二人に挟まれて、アインスはちっとも状況が掴めない。一体ファルが何だと言うのか。
「こわい! ファルこわい!!」
「でもねお兄様、ファルちゃん死んじゃうのに生きてるのっ! ゾンビなの〜〜〜!!」
「とにかく落ち着け、二人とも…」
「おや。やっぱりアインスのところでしたか」
ひどく意地の悪い笑みを浮かべたファルが、どこからともなく颯爽と現れる。
「きゃあああーーーっ!!!」
「出たあああーーーっ!!!」
少女とエフはほぼ同時に叫んで、アインスの後ろにさっと素早く身を隠す。視界に入れるのも嫌なのか、ミナイミナイと目を瞑り、ぶるぶると恐怖に震えていた。
「ファル…」
とりあえず少女を宥めないとマスターが後で煩いので、とにかくエフだけでもこいつに預けよう、と彼が思ったのも束の間。
「お前どうした!!?」
おそらくこの日一番大きな声で突っ込みを入れる。
「どうした…と言いますと?」
全身血みどろのおぞましい怪物と成り果てたファルが、何とも清々しく美しい微笑みを浮かべて、首を傾げた。
「私は、お嬢様の銃撃に全力でお応えしただけです」


後でエフから聞いた話では、少女がファルに向けてレプリカ銃を発砲した瞬間、大量の血糊をぶちまけて、出血を表現したのだという。その色といい粘度といい、あまりにもリアリティーがあり過ぎて、戦場を経験しているエフでさえ、本物の血と勘違いしたらしい。「あの子が本物の銃でファルちゃんを撃ち殺しちゃったのかと思って、身の毛もよだつ光景だったわ」とエフは語った。

「………やり過ぎだ」
「そうですか?」
アインスから受け取ったタオルで顔の血糊を拭ったファルは、ああ楽しい、これぞ生き甲斐、と嬉々とした表情で、まったく反省していなかったという。
「ごべんなざい……」
その足元では、元凶のマスター娘が泣き腫らした目で謝っていた。


***


少女はファルの出血大サービスがトラウマとなったのか、その日以来、レプリカ銃での銃撃ごっこをしなくなった。
代わりに、少女を怯え泣かすことに味を占めたファルが、手製の血糊をふんだんに使って、彼女の目の前で死んだふりをするのが流行ったという。


●世界帝軍裏事情(〆年〆月現在)
細身のスーツ男がマスターのご息女の目の前で血塗れになって倒れた場合、即刻退避されたし。
退路を確保できず、ご息女が泣き叫ぶ場面に遭遇しても、心を鬼にして無視するべし。
彼女を泣かせる事がスーツ男の楽しみであるから、決して止めに入ってはならない。



___

●おまけ
あの命令の効力が今でも有効なアインスお兄様。


テレビに映ったチャンネルでは、巷で人気のアイドルが歌と踊りを披露していた。
彼女は目を輝かせて、曲に合わせて小刻みに体を揺らす。鼻歌を奏で、たまに歌詞を口ずさむ。こういう流行りモノに目がないところは、やはり普通の女子高生だ。
(やれやれ…)
アインスはDVDをケースに仕舞い、さて次は何を観ようかと思ったところで。
「バン、バンっ☆」
歌って踊るアイドルの真似をした彼女が、そう言った。

グワッシャーーーーァアンッッ!!

物凄い破滅音と共に、アインスの身体は椅子ごと床に倒れこむ。
「………」
彼女は片手の親指と人差し指を立てたポーズのまま、目を丸くして固まった。
「………」
「……アインス」彼女は床に膝をつき、そろそろと彼の顔を覗き込む。「大丈夫?」
「問題ない」彼は天井を見上げたまま、真顔でそう呟いた。「条件反射だ」
「ごめんなさい…、わざとじゃないの」
「ああ」
「忘れていただけ」
「俺も忘れていた」アインスはやっと上体を起こし、後頭部に手を当てた。実は相当強く床に打ち付けたため、かなり痛い。
「まだ治ってなかったのね…」彼女は片手を頰に当て、はあと悩ましそうに溜め息を吐く。
「それって、マスターであるお父様の命令のせいなのでしょう? だったら、その命令を解除する命令をいただければ、条件反射も治るんじゃなくて?」
「その案は数年前、既にマスターに報告済みだ」
「じゃあ、解除してもらえたの?」
「いや…」アインスは首を横に振り、苦悶の表情を浮かべる。
「面白いからこのままにしておこう、と笑われた」
「………」
「お嬢からも言ってくれ。この可笑しな命令を解除してくれと……」
「いいえ」
彼女はゆっくりと首を横に振る。聖女のように清廉な微笑みで、彼の頼みを跳ね除けた。
「面白いから、このままにしておきましょう」
「…やっぱりファルに似てきたな」
溜め息混じりに呟かれた感想に、彼女はもう反論しない。「お黙り」と茶化すように、彼の腕を肘で小突いた。
「ファルにはこんな姿、見せられねぇな」


●おまけのおまけ
同じく条件反射が治らないファルの場合。


彼女が上記のように撃つ真似をすると、彼はスーツのあらゆるポケットから血糊を取り出そうと変な動きをする。
その間合いが地味にウケる。





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