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side story

【うちの貴銃士の顔が良すぎる問題】



12月24日のクリスマス・イヴ。
帝都の夜は賑わっている。
ピアノ・レセプションの行われる会場へ足を運ぶと、約束をしていた貴銃士が、入口で待っていてくれた。
「あら」彼女は一瞬驚いてから、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。
「……遅ぇ」
慣れない格好への照れ隠しなのだろうか。
スーツ姿の89が、そうぶっきら棒に呟いた。


「なんてハイカラなおサムライ様」
89の全身を頭から爪先まで眺めた彼女は、戯けて笑う。
彼の服装は、上下に黒のスーツ、ジャケットの下にはグレーのベスト。白のワイシャツの首元に、ストライプの入った深緑のネクタイ。
そして髪型は、緩く後ろへ流したオールバック。日本人らしい額に、後れ毛が少々垂れている。前髪がなく視界が開けるせいか、いつもより眩しそうな目をして、彼女を見た。
「見違えたわ」彼女は声を弾ませる。
「惚れ直したか?」言ってみたかった台詞とともに、89は珍しく微笑んでみせた。
せっかくの演奏会なのだから、今夜はらしくもなく粧し込んできた。普段の軍服姿とは違うフォーマルなスタイルなのだから、多少は自信がある。
「ええ」間髪入れずに、彼女は答えた。「とっても素敵」
やられた、と89は思った。この女は、恥じらいというものを知らない。余裕綽々と微笑みやがって。
言ってしまった自分の方が恥ずかしくなり、赤面した。耳まで熱くなるのが分かる。
「今日は私をエスコートしてね。照れ屋な貴銃士さん」
そう言って腕を組んでくる彼女は、悪戯な視線を89に向ける。
「……おう」
心臓の鼓動を意識しながら、視線を逸らして何とか答える。
やっぱり俺は、こいつが苦手だ。



「ホクサイは一緒じゃなかったの?」
「あいつは先に行った。座って待ってるだと」
ふうん、と私は相槌を打つ。座って待ってる、か。あの子が大人しく座って待っていられるのだろうか。思えば、こういったフォーマルなイベントに参加するホクサイを見たことがない。隣を歩く89のように、彼も粧し込んでいるだろうか。
「ちょっと楽しみ」心の声を漏らして、くすっと笑った。
「あ?」独り言を呟いた私を、89が訝しげに見つめる。
演奏が行われるホールは、オペラハウスのような馬蹄形だった。係員に招待状を見せると、一階ではなく二階席に案内される。ミカエルが言うには、この会場は二階の方が音が良い、ということだった。
ぐるりと辺りを見回し、馴染みの貴銃士の姿を探す。
「いたぜ」89の方が早かった。獲物に狙いを定める銃である彼らの方が、私より視力は良い。顎で方角を示し、私に尋ねた。「近くまで行くか?」
「ちょっと待って」しれっとオペラグラスを取り出して、覗き見た。念のためホクサイの姿を確認したい。
「うわ……。何やってんだお前」89が露骨に引いている。
薄い鈍色から毛先へかかる青のグラデーションの髪色は、赤いビロードの座席によく映えた。確かにあれはホクサイだ。
彼は、いつもの重めなマッシュを七三のツーブロックに分け、緩くパーマをかけて左横へと流している。
上下に濃紺のスーツ、ジャケットの下は89と同じグレーのベスト。薄い水色のワイシャツの首には、紺青のネクタイ。
脚を組み、演奏会のプログラムを退屈そうに眺めている。作り物のような青い瞳は冷たく、大層クレバーな印象を与えた。
なんだあの理知的なイケメンは。
私の知ってるホクサイじゃない。


「無理…………」オペラグラスを仕舞った彼女が、絞り出した声を上げてサッと両手で顔を覆った。
「かっこいい……無理……ほんと腹立つ……。なんなのあれ……なんなの……」
お経のような一定のリズムで、何やらぶつくさ言っている。完全にトランス状態だ。面食いの最終形態である。
「テメェ、俺の時とえらい違いだな」
彼女が目を覆ってしまったので、再び腕を組んでエスコートしてやりながら、89は苦々しく溢した。
「顔面レベルが比じゃないもの」
すっと目元の手を下ろして、冷静な声と表情で彼女が答える。トランス状態から解脱したらしい。貴方何を言っているの、と言わんばかりの曇りなき瞳だった。
「悪かったな!」つい大きな声を出す。
イケメン様と比較されて、89のライフは削れまくっている。
「はあ……写メ撮っとこ」彼女はスマートフォンを取り出し、パシャーッと無遠慮にも音を立てて奴を隠し撮っていた。
「お前今日ほんと行儀悪いな……」
写真に収めたくなるほど、ホクサイの澄ました理知的な顔が彼女の心に刺さったらしい。俺は写真すら撮られてないんだが。
「つか、あんたが一番好きなのはファルの顔だろ」
浮気かよ、と嫌味ったらしく呟いてやる。
「一番とか順位をつけている時点で、貴方は何も分かっていない。イケメンにはね、それぞれの風情と趣があるものよ」ふんと彼女は隣でせせら笑った。
「どうせ貴方、胸のサイズで女子をランキングするタイプでしょ?」
だから童貞なのよ、と彼女が嫌味ったらしく呟く。1を投げたら10で返された。
これ以上の言い争いは不毛だ。俺はもう、何も言うまい。早くミカエルのピアノが聴きたい……この削れまくったライフを回復したい。
「マスター! 89クンも! 遅かったねぇ」
席に寄ってきた二人を見つけると、ホクサイはいつも通りの表情になる。こうして笑うと、急に子供っぽさが増す。大した百面相だ。
「なんかもう、いっそ殴りたいわね」
愛しみが爆発したのか、彼女は能面のままぼそりと平坦な声で囁く。
「え〜? マスターちゃんどうしちゃったの」
「俺が知るかよ」
黙れイケメン、と恨みを込めた瞳で睨みつけたが、青い貴銃士は相変わらず、呑気に笑うだけだった。


***



エフは、憧れのアインスお兄様とクリスマス・ディナーを楽しんでいた。
今頃マスターは演奏会かしら、と思い出す。
白いテーブルクロスの上のスマートフォンが、小さく震えた。
「お兄様、ごめんなさい。ちょっと携帯を確認してもいいかしら」
「別に構わねぇよ。マスターからの連絡かもしれねぇしな」
「お兄様ったら優しい……♡」
エフはナイフとフォークを皿に置き、スマートフォンをチェックする。素早くメッセージアプリを開き、その内容に目を細めた。
「あらあ、マスターってば。随分ご満悦みたいねぇ」
一枚の写真が送られている。そこには、真っ赤なビロードの座席に脚を組んで腰かける、インテリチックな貴銃士の姿が映っていた。
ホクサイちゃん、こんな表情かおもできるのねぇ、と感心する。

『うちの貴銃士の顔が良すぎる問題。』

写真に添えらた一文に、「今回ばかりは、ファルちゃんを上回っちゃったかしら?」とエフは笑った。





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