side story
【真鍮のオーナメント】
「あんた……日本人か?」迷彩服姿のガスマスクを装着した男が、言った。「珍しいな」
「あ、あはは。よお言われます~」
(このガスマスク……もしかせんでも現代銃の貴銃士やんなぁ!?)
クニトモは、必死で笑顔を取り繕う。
(あかん、ボクが貴銃士やてバレへんようにせんと……!! ってか何で世界帝軍がこんなとこにおるん!?)
「こっちに住んでるのか?」ガスマスクの迷彩男は、クニトモをじっと見つめながらそう尋ねた。
(何なんその熱視線! なんでこの人ボクに興味津々なん!? もしやボクが古銃の貴銃士やて勘づいて……!?)
目の前のガスマスクに身が竦んでしまったクニトモは、質問に答えることができずに黙り込む。
「兄ちゃんあかんわ〜!」
すると、凍り付いたクニトモの背中に伸し掛かかって現れた店員が、ひとり。
「聖夜にウチの売り子ナンパせんでくれます〜?」
こいつは売りもんちゃいますねん、とトナカイの格好をしたサカイが、得意のドヤ顔で笑ってみせた。
誰が男なんてナンパするかよ、と89はガスマスクの下で顔を歪める。突然現れた二人目の店員も、日本人のように見受けられた。こんなところで日本人が三人揃うなんて奇遇だな、と思う。
「お客さん、何かお探しです?」トナカイ姿の陽気な店員は、あっと閃いた表情になった。
「もしかしてもしかしなくとも、カノジョさんへのプレゼント探しとか……!?」
「まーな」咄嗟に見栄を張ってしまう。
「っくう〜! 羨ましいわぁ〜。俺らクリスマスもバイトやもん。なぁ?」
「ああ……、うん」サンタ姿の店員が、控え目に応えた。「せやね」
「カノジョさん、どんな子です? そん子にぴったりのプレゼント、俺が選んでみせますわ!」
トナカイ姿の店員が、再びドヤる。
何だこの図々しい男は……。こんな面倒な事になるなら、詰まらない見栄など張るんじゃなかった。だが、今更正直になれるわけもない。
あー、もういいわ。とりあえず彼女 をカノジョってことにして、テキトーに話合わせよう。
「あいつは、何つーか、人をおちょくるのが好きなワガママお嬢様だな」
「ほうほう。お嬢様っちゅーことは、金持ちんとこの娘さん?」
「まあ、富裕層だな」
「っひゅう☆ 逆玉〜!!」トナカイの店員が口笛を吹き、チャラついた手つきで89を指差す。
いちいちうるせーな、コイツ。
「お上品そーなお嬢様には、こんなんどうです?」
そう言ってトナカイの店員が手に取ったのは、白くて丸い陶器製のオーナメントだ。つやつやな白地の表面に、羽の生えた西洋人らしい少女と、モミの木、星などが描かれている。上部に金の紐が付いていて、ツリーなどに引っ掛けて飾るものらしい。
「クリスマスツリーの妖精が描かれとるんやで。まわりの星の装飾とかも、ええですやろ?」
「妖精の絵柄が可愛らしいんで、女性の方に人気です〜」サンタの店員が柔和な笑みを浮かべる。
「おまけに信頼のドイツ製やで!」トナカイがそう付け加えた。
ドイツ製か。あいつの父親はドイツ人だから、ドイツの物なら喜ぶだろうか。
でもな、と89はううむと唸った。
「この店の品って、オーナメントだけか?」トナカイの店員ではなく、サンタの店員に話しかける。彼の方が話しやすいと感じたからだ。
「その金持ちお嬢様は、食い意地張ってる女なんだ。どーせなら食べ物の方がいい」
「あ〜、残念ながら、食べ物は……」
「そんならこれやでっ!!」
サンタの言葉を遮って、トナカイの店員がシュバッと別の商品を差し出してきた。客の反応を伺いながら、次々と違う品を持って出てくる鮮やかな身のこなし。生粋の商人だ。
「何だ? これ」トナカイに薦められた品を思わず手に取り、しげしげと眺める。
89の手に収まっているそれは、スプーンの形をした飾り物だった。持ち手の天辺に赤いリボンが結ばれており、赤い薔薇、松ぼっくり、緑の葉っぱなど、クリスマスらしい植物のデコレーションが施されている。
「真鍮製のオーナメントスプーンです」サンタの店員は答えた。
「しんちゅう?」聞きなれぬ言葉に、89は首を捻る。
「日本の通貨、五円玉の素材が真鍮です。ぴかぴかの金色が似てますやろ?」
そうか、この色は五円玉だ。言われてみれば確かに、と89は頷いた。
「このオーナメントは、『美味しく食事ができることへの感謝』の意味で、キッチンや食卓に飾られるんです」サンタの店員は、にっこりと微笑む。「食べることが大好きなカノジョさんに、ぴったりやと思います」
「へえ……。じゃ、これで」
89は、そのオーナメントスプーンを購入することにした。見栄っ張りを隠すために話を合わせていただけが、同郷の店員たちと会話をするうちに彼らに親近感が湧き、買ってやってもいいかな、という気になったのだ。
「まいどおおきに〜!」
トナカイの店員がそう嬉しそうに笑い、オーナメントスプーンのラッピングをし始めた。
「カノジョさん、喜んでくれると良いですねぇ」
サンタ姿の店員は、和やかな雰囲気でラッピング済みの商品を89に手渡す。
「同じ日本人として、兄さんのこと応援しとります。お幸せに〜!」
「……ああ」サンタの店員の、無邪気な笑顔が心にグッサリきた。
イヴの前夜、架空のカノジョにクリスマスプレゼントを選び、そして律儀に買ってしまう俺……。
すげえ虚しい。
「89? 僕の買い物は済んだよ」他の店舗で買い物を続けていたミカエルが戻ってきた。「ホクサイは寒いからって車に戻った。僕もそろそろ城へ帰るのだけれど……、君は?」
「おう。俺も帰る」購入したオーナメントスプーンをズボンのポケットに突っ込んで、89は答える。
「そうだね、それがいい。……ところで、君たち」
ミカエルは、サンタ姿とトナカイ姿の二人の店員に顔を向け、淡々とした声でこう尋ねた。
「『貴銃士』かい?」
「は……」凍りつくサンタ。
「きじゅーし?」トナカイの店員は、はて何のことやらと首を傾げた。「何ですのん、それ」
「ミカエル。古銃どもがこんなとこで呑気にアルバイトしてるなんて、ありえねーよ」
二人の店員に掛けられた嫌疑を、何の疑いもなく89は否定した。そんな彼の発言に、ミカエルはそっと嘆息する。
「君は、相手が日本人となると、途端に甘くなる。そんなに故郷が恋しいのかな」
「はあ? 何だよそれ……」
「明日は大切なレセプションを控えているから、ここで争うのは賢明じゃない」ミカエルは言った。
「今日のところは、見逃してあげよう」
「サカイは、ようあんなウソがつけるな……。ボクは心臓が飛び出るかと思たわ」
雪の中に遠ざかる二人の現代銃の背中を見つめ、クニトモはほっと胸を撫で下ろす。認めたくはないが、今回はサカイの度胸に救われた。自分一人では、誤魔化しようが無かったに違いない。
「今の俺は貴銃士でも何でもない! 売って売って売りまくる、伝説の商人や!!」
何が伝説だ阿呆、とサカイを肘で小突きながら、今日のバイトがコイツと一緒で良かったと、クニトモは思った。
「あんた……日本人か?」迷彩服姿のガスマスクを装着した男が、言った。「珍しいな」
「あ、あはは。よお言われます~」
(このガスマスク……もしかせんでも現代銃の貴銃士やんなぁ!?)
クニトモは、必死で笑顔を取り繕う。
(あかん、ボクが貴銃士やてバレへんようにせんと……!! ってか何で世界帝軍がこんなとこにおるん!?)
「こっちに住んでるのか?」ガスマスクの迷彩男は、クニトモをじっと見つめながらそう尋ねた。
(何なんその熱視線! なんでこの人ボクに興味津々なん!? もしやボクが古銃の貴銃士やて勘づいて……!?)
目の前のガスマスクに身が竦んでしまったクニトモは、質問に答えることができずに黙り込む。
「兄ちゃんあかんわ〜!」
すると、凍り付いたクニトモの背中に伸し掛かかって現れた店員が、ひとり。
「聖夜にウチの売り子ナンパせんでくれます〜?」
こいつは売りもんちゃいますねん、とトナカイの格好をしたサカイが、得意のドヤ顔で笑ってみせた。
誰が男なんてナンパするかよ、と89はガスマスクの下で顔を歪める。突然現れた二人目の店員も、日本人のように見受けられた。こんなところで日本人が三人揃うなんて奇遇だな、と思う。
「お客さん、何かお探しです?」トナカイ姿の陽気な店員は、あっと閃いた表情になった。
「もしかしてもしかしなくとも、カノジョさんへのプレゼント探しとか……!?」
「まーな」咄嗟に見栄を張ってしまう。
「っくう〜! 羨ましいわぁ〜。俺らクリスマスもバイトやもん。なぁ?」
「ああ……、うん」サンタ姿の店員が、控え目に応えた。「せやね」
「カノジョさん、どんな子です? そん子にぴったりのプレゼント、俺が選んでみせますわ!」
トナカイ姿の店員が、再びドヤる。
何だこの図々しい男は……。こんな面倒な事になるなら、詰まらない見栄など張るんじゃなかった。だが、今更正直になれるわけもない。
あー、もういいわ。とりあえず
「あいつは、何つーか、人をおちょくるのが好きなワガママお嬢様だな」
「ほうほう。お嬢様っちゅーことは、金持ちんとこの娘さん?」
「まあ、富裕層だな」
「っひゅう☆ 逆玉〜!!」トナカイの店員が口笛を吹き、チャラついた手つきで89を指差す。
いちいちうるせーな、コイツ。
「お上品そーなお嬢様には、こんなんどうです?」
そう言ってトナカイの店員が手に取ったのは、白くて丸い陶器製のオーナメントだ。つやつやな白地の表面に、羽の生えた西洋人らしい少女と、モミの木、星などが描かれている。上部に金の紐が付いていて、ツリーなどに引っ掛けて飾るものらしい。
「クリスマスツリーの妖精が描かれとるんやで。まわりの星の装飾とかも、ええですやろ?」
「妖精の絵柄が可愛らしいんで、女性の方に人気です〜」サンタの店員が柔和な笑みを浮かべる。
「おまけに信頼のドイツ製やで!」トナカイがそう付け加えた。
ドイツ製か。あいつの父親はドイツ人だから、ドイツの物なら喜ぶだろうか。
でもな、と89はううむと唸った。
「この店の品って、オーナメントだけか?」トナカイの店員ではなく、サンタの店員に話しかける。彼の方が話しやすいと感じたからだ。
「その金持ちお嬢様は、食い意地張ってる女なんだ。どーせなら食べ物の方がいい」
「あ〜、残念ながら、食べ物は……」
「そんならこれやでっ!!」
サンタの言葉を遮って、トナカイの店員がシュバッと別の商品を差し出してきた。客の反応を伺いながら、次々と違う品を持って出てくる鮮やかな身のこなし。生粋の商人だ。
「何だ? これ」トナカイに薦められた品を思わず手に取り、しげしげと眺める。
89の手に収まっているそれは、スプーンの形をした飾り物だった。持ち手の天辺に赤いリボンが結ばれており、赤い薔薇、松ぼっくり、緑の葉っぱなど、クリスマスらしい植物のデコレーションが施されている。
「真鍮製のオーナメントスプーンです」サンタの店員は答えた。
「しんちゅう?」聞きなれぬ言葉に、89は首を捻る。
「日本の通貨、五円玉の素材が真鍮です。ぴかぴかの金色が似てますやろ?」
そうか、この色は五円玉だ。言われてみれば確かに、と89は頷いた。
「このオーナメントは、『美味しく食事ができることへの感謝』の意味で、キッチンや食卓に飾られるんです」サンタの店員は、にっこりと微笑む。「食べることが大好きなカノジョさんに、ぴったりやと思います」
「へえ……。じゃ、これで」
89は、そのオーナメントスプーンを購入することにした。見栄っ張りを隠すために話を合わせていただけが、同郷の店員たちと会話をするうちに彼らに親近感が湧き、買ってやってもいいかな、という気になったのだ。
「まいどおおきに〜!」
トナカイの店員がそう嬉しそうに笑い、オーナメントスプーンのラッピングをし始めた。
「カノジョさん、喜んでくれると良いですねぇ」
サンタ姿の店員は、和やかな雰囲気でラッピング済みの商品を89に手渡す。
「同じ日本人として、兄さんのこと応援しとります。お幸せに〜!」
「……ああ」サンタの店員の、無邪気な笑顔が心にグッサリきた。
イヴの前夜、架空のカノジョにクリスマスプレゼントを選び、そして律儀に買ってしまう俺……。
すげえ虚しい。
「89? 僕の買い物は済んだよ」他の店舗で買い物を続けていたミカエルが戻ってきた。「ホクサイは寒いからって車に戻った。僕もそろそろ城へ帰るのだけれど……、君は?」
「おう。俺も帰る」購入したオーナメントスプーンをズボンのポケットに突っ込んで、89は答える。
「そうだね、それがいい。……ところで、君たち」
ミカエルは、サンタ姿とトナカイ姿の二人の店員に顔を向け、淡々とした声でこう尋ねた。
「『貴銃士』かい?」
「は……」凍りつくサンタ。
「きじゅーし?」トナカイの店員は、はて何のことやらと首を傾げた。「何ですのん、それ」
「ミカエル。古銃どもがこんなとこで呑気にアルバイトしてるなんて、ありえねーよ」
二人の店員に掛けられた嫌疑を、何の疑いもなく89は否定した。そんな彼の発言に、ミカエルはそっと嘆息する。
「君は、相手が日本人となると、途端に甘くなる。そんなに故郷が恋しいのかな」
「はあ? 何だよそれ……」
「明日は大切なレセプションを控えているから、ここで争うのは賢明じゃない」ミカエルは言った。
「今日のところは、見逃してあげよう」
「サカイは、ようあんなウソがつけるな……。ボクは心臓が飛び出るかと思たわ」
雪の中に遠ざかる二人の現代銃の背中を見つめ、クニトモはほっと胸を撫で下ろす。認めたくはないが、今回はサカイの度胸に救われた。自分一人では、誤魔化しようが無かったに違いない。
「今の俺は貴銃士でも何でもない! 売って売って売りまくる、伝説の商人や!!」
何が伝説だ阿呆、とサカイを肘で小突きながら、今日のバイトがコイツと一緒で良かったと、クニトモは思った。