side story
【あなたは悪友】
「マスターちゃーん!!」
勢い良く飛びかかってくるウサギ耳のフードの男をひらりとかわし、彼女は彼をトンと軽く突き飛ばす。
「ぐえっ」
ベルガーはみっともなく声を上げ、派手に床を転げ回る。「いってえええ!!」と床の上で身悶える彼に、「大袈裟ね」と彼女は冷たく声を掛けた。
「受け身くらい、ちゃんととりなさい」
「………」
「死んだ?」
彼女はハイヒールの先で、つんつんと男のフードを突く。すると彼はガバッと起き上がり、「死んでねーよっ!!」と生き返った。
「それで、一体何の用かしら」
ベルガーが出会い頭に飛びついてくるのはいつもの事だ。しかし、今日はどうやら用事があって来たらしい。彼の笑い方を見ていれば、それが分かる。
「やるよ! 」ベルガーはうししと満面の笑みで、ずいと片手を差し出した。
「マスターちゃん、花好きだろ?」
彼の手には、菊に似た形が愛らしいホワイトデイジーが握られている。ホワイトデイジーの花言葉は「無邪気」。まさに今の彼を表す言葉だ。
「……それって、アインスの花壇に咲いてた花じゃなくて?」
そうと分かった以上、まあ可愛い、今年も咲いたのね、などと手放しに喜べる状況ではない。
「えっ? あれ、兄貴の花壇なの?」
分かっているのかいないのか、きょとんと間抜けな顔で応える彼に、彼女は真顔で宣告した。
「殺されるわよ貴方」
「……ベルガー」
噂をすれば、である。
花を差し出すベルガーの背後に、これでもかと殺気を纏ったアインスが出現する。
「その花は何だ…?」
「ちっ…、違うぜ兄貴ィ!」ベルガーはさっと彼女の背中に隠れ、「俺は花壇の妖精だぜ〜」と甲高い声で言った。どうやら花壇の妖精の声真似らしい。実際に見たことがないから、似ているかどうかは分からない。というか、まだ何も言っていない時点で「花壇」などと口にする事自体が、罪の告白になっている。お馬鹿、と彼女は心の中で呟いた。
「この花は、マスターちゃんが勝手にむしってきたんだよ〜」
「ベルガー。そんな嘘でアインスの気が収まるとでも思ってる?」
「うう嘘じゃねーもん! 本当だもん!!」
「ふざけるな! マスターが花壇から花を毟るわけないだろう!」
彼女を巻き込んだことで余計にアインスを逆上させてしまったベルガーは、ぴゃっと顔を青くして彼女の後ろで震え出す。このままでは、アインスにこっ酷く叱られたベルガーに泣き付かれるのがオチだ。
「どうしよマスターちゃん…」弱々しい声を上げるベルガーに、彼女はそっと囁いた。
「アイスで手を打ってあげる」
「それのった」彼がぱちんと指を鳴らす。
「おいベルガー」こそこそと内緒話をする二人が気に食わないのか、アインスは苛立ちを露わにした。「いつまでマスターの背中に隠れてやがる」
すると、彼女が急に背後のベルガーをくるりと振り向き、「まあ、なんて愛らしい雛菊!」と声色を変えてにこりと微笑む。
「ありがとうベルガー。私、花は好きよ」
そう言って恭しくホワイトデイジーを受け取る彼女に、アインスは眉を顰めては呟いた。
「マスターからも言ってくれ。花は毟り取るものではないと…」
「アインス。おまえの育てた花は、特別に綺麗ね」
「……!」
「大事にするわ」
小さな花弁に鼻を押しあて、蜜の香りを味わうかのように、彼女はうっとりと目を細める。その可憐な姿に、現代銃たちはしばし見惚れてしまった。
「…大事にする、と言ってもな」アインスは腕組みをしてフイと顔を背け、ぼそぼそと無愛想に呟いた。「どうせすぐ枯れる」
(うわああ〜〜。兄貴が照れてる…)
お馬鹿なベルガーでも、声の抑揚や仕草だけで、それらしい事が読みとれた。
「枯れてしまうなら、また別の花を咲かせればいい。そうして特別に綺麗なものを選りすぐって、この私に頂戴ね」
ベルガーのようにね、と彼女は彼に目配せする。
(庇ったのだから、後でアイスを奢りなさい)
彼女の意図を汲んだベルガーが、にやりと含み笑いで応えた。
(ラジャー)
「マスターちゃんすっげーな」
「何が?」
麗しの微笑でアインスの怒りを宥め、ついでにベルガーの罪をうやむやにしてその場をおさめたマスターは、なんでもない風に首を傾げる。
「あんな風に兄貴を掌で転がせるのなんて、マスターちゃんくらいじゃね?」
「掌で転がす?」彼女は驚いたように目を見開いて、クスッと可笑しそうに肩をすくめた。
「面白い事言う」
ベルガーは、お馬鹿で可愛い。
意外な事に泣き虫で、ラブソングを聴いたり飼っていた魚が死んだ時もめそめそしていた。そういう感情表現豊かなところもまた憎めない。
何より、彼が叱られているところを見ると、昔の自分を思い出して、味方をしてやりたくなるのだ。同時に、一緒になって悪戯をしてみたくもなる。
そういう、不思議な魅力を持った貴銃士だ。
「助けてもらった礼に、コーク奢ってやるよ」
ベルガーは両手を頭の後ろで組み、フードのウサギ耳を機嫌良く弾ませている。
「コークよりアイスがいいって言ったでしょう?」
彼女の手元では、ベルガーの毟った無邪気の花が咲き誇っている。
「マスターちゃーん!!」
勢い良く飛びかかってくるウサギ耳のフードの男をひらりとかわし、彼女は彼をトンと軽く突き飛ばす。
「ぐえっ」
ベルガーはみっともなく声を上げ、派手に床を転げ回る。「いってえええ!!」と床の上で身悶える彼に、「大袈裟ね」と彼女は冷たく声を掛けた。
「受け身くらい、ちゃんととりなさい」
「………」
「死んだ?」
彼女はハイヒールの先で、つんつんと男のフードを突く。すると彼はガバッと起き上がり、「死んでねーよっ!!」と生き返った。
「それで、一体何の用かしら」
ベルガーが出会い頭に飛びついてくるのはいつもの事だ。しかし、今日はどうやら用事があって来たらしい。彼の笑い方を見ていれば、それが分かる。
「やるよ! 」ベルガーはうししと満面の笑みで、ずいと片手を差し出した。
「マスターちゃん、花好きだろ?」
彼の手には、菊に似た形が愛らしいホワイトデイジーが握られている。ホワイトデイジーの花言葉は「無邪気」。まさに今の彼を表す言葉だ。
「……それって、アインスの花壇に咲いてた花じゃなくて?」
そうと分かった以上、まあ可愛い、今年も咲いたのね、などと手放しに喜べる状況ではない。
「えっ? あれ、兄貴の花壇なの?」
分かっているのかいないのか、きょとんと間抜けな顔で応える彼に、彼女は真顔で宣告した。
「殺されるわよ貴方」
「……ベルガー」
噂をすれば、である。
花を差し出すベルガーの背後に、これでもかと殺気を纏ったアインスが出現する。
「その花は何だ…?」
「ちっ…、違うぜ兄貴ィ!」ベルガーはさっと彼女の背中に隠れ、「俺は花壇の妖精だぜ〜」と甲高い声で言った。どうやら花壇の妖精の声真似らしい。実際に見たことがないから、似ているかどうかは分からない。というか、まだ何も言っていない時点で「花壇」などと口にする事自体が、罪の告白になっている。お馬鹿、と彼女は心の中で呟いた。
「この花は、マスターちゃんが勝手にむしってきたんだよ〜」
「ベルガー。そんな嘘でアインスの気が収まるとでも思ってる?」
「うう嘘じゃねーもん! 本当だもん!!」
「ふざけるな! マスターが花壇から花を毟るわけないだろう!」
彼女を巻き込んだことで余計にアインスを逆上させてしまったベルガーは、ぴゃっと顔を青くして彼女の後ろで震え出す。このままでは、アインスにこっ酷く叱られたベルガーに泣き付かれるのがオチだ。
「どうしよマスターちゃん…」弱々しい声を上げるベルガーに、彼女はそっと囁いた。
「アイスで手を打ってあげる」
「それのった」彼がぱちんと指を鳴らす。
「おいベルガー」こそこそと内緒話をする二人が気に食わないのか、アインスは苛立ちを露わにした。「いつまでマスターの背中に隠れてやがる」
すると、彼女が急に背後のベルガーをくるりと振り向き、「まあ、なんて愛らしい雛菊!」と声色を変えてにこりと微笑む。
「ありがとうベルガー。私、花は好きよ」
そう言って恭しくホワイトデイジーを受け取る彼女に、アインスは眉を顰めては呟いた。
「マスターからも言ってくれ。花は毟り取るものではないと…」
「アインス。おまえの育てた花は、特別に綺麗ね」
「……!」
「大事にするわ」
小さな花弁に鼻を押しあて、蜜の香りを味わうかのように、彼女はうっとりと目を細める。その可憐な姿に、現代銃たちはしばし見惚れてしまった。
「…大事にする、と言ってもな」アインスは腕組みをしてフイと顔を背け、ぼそぼそと無愛想に呟いた。「どうせすぐ枯れる」
(うわああ〜〜。兄貴が照れてる…)
お馬鹿なベルガーでも、声の抑揚や仕草だけで、それらしい事が読みとれた。
「枯れてしまうなら、また別の花を咲かせればいい。そうして特別に綺麗なものを選りすぐって、この私に頂戴ね」
ベルガーのようにね、と彼女は彼に目配せする。
(庇ったのだから、後でアイスを奢りなさい)
彼女の意図を汲んだベルガーが、にやりと含み笑いで応えた。
(ラジャー)
「マスターちゃんすっげーな」
「何が?」
麗しの微笑でアインスの怒りを宥め、ついでにベルガーの罪をうやむやにしてその場をおさめたマスターは、なんでもない風に首を傾げる。
「あんな風に兄貴を掌で転がせるのなんて、マスターちゃんくらいじゃね?」
「掌で転がす?」彼女は驚いたように目を見開いて、クスッと可笑しそうに肩をすくめた。
「面白い事言う」
ベルガーは、お馬鹿で可愛い。
意外な事に泣き虫で、ラブソングを聴いたり飼っていた魚が死んだ時もめそめそしていた。そういう感情表現豊かなところもまた憎めない。
何より、彼が叱られているところを見ると、昔の自分を思い出して、味方をしてやりたくなるのだ。同時に、一緒になって悪戯をしてみたくもなる。
そういう、不思議な魅力を持った貴銃士だ。
「助けてもらった礼に、コーク奢ってやるよ」
ベルガーは両手を頭の後ろで組み、フードのウサギ耳を機嫌良く弾ませている。
「コークよりアイスがいいって言ったでしょう?」
彼女の手元では、ベルガーの毟った無邪気の花が咲き誇っている。