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side story

【サンタクロースに譲れない】



「ついにこの時がやってきた」
マスターは、執務室の重厚な机上で手を組んで、神妙な面持ちで言い放つ。
「近々、大規模な戦闘でも始まるのか?」
「大規模な戦闘か〜! こんな時期に物騒だねぇ」
マスターに召集されたアインスとホクサイが雑談を交えると、「だったら良いんですがね」と同じく召集されたファルがウンザリした様子で応える。彼はどうやら何か知っているらしい。
右腕の只ならぬ気配を鑑みるに、マスターは碌でもない事を考えているな、とアインスは身構えた。ある意味、大規模戦闘よりも身が引き締まる思いだ。
「役者は揃った。これより私は、今年の最重要任務におまえ達を抜擢する」
「はあ」ファルが気の抜けた返事をする。このように勿体振った話し方が、マスターの碌でなしの前兆だ。
「さてホクサイ。おまえは先ほど、『こんな時期に』と言っていたが、それはどんな時期だね?」
「クリスマスに決まってるよ〜! 街中キラキラ輝いてるよね」
「ふむ。では、クリスマスと聞いて、おまえは何を思い浮かべる?」
「マロースおじさん」
「サンタクロースですね」ファルが意訳する。同時翻訳機のような男だ。
「さすがはホクサイ。青にとことん造詣が深い」マスターがううむと低く唸った。
ホクサイの言うマロースおじさんとは、ロシアの青いサンタクロースの事である。正しくは『ジェド・マロース』という冬の妖精で、ロシアのクリスマスのシンボルとなっている。
「そうだ。忌々しいサンタクロースめ。この私の永遠の宿敵……」
「え〜っ、マスターってばサンタくんと戦ってたの〜?」
ホクサイが頭上にはてなマークを浮かべて尋ねると、マスターはうむと頷いた。
「あやつは手強い。未だに倒せない」
「サンタクロースってのは戦士なのか?」ここへ来て馬鹿真面目を発揮したアインスが、言う。
「ああ。サンタは子どもたちに配るプレゼントを盗賊から守るため、服の下に武器を隠し持っている。膨よかに見えるが、武装のために着膨れているだけだ。実際は筋骨隆々で、動きも素早い。ソリを引いているトナカイもまるで軍馬だ。よく訓練されている」
「マスター。このおいたはいつまで続くので?」サンタクロースに関する嘘八百をつらつらと並べるマスターを、ファルが制止した。「貴方は、一体何を仰りたいのですか?」
「つまり、この私こそがサンタクロースなのだと、娘に知ってほしいのだよ」
「何が『つまり』なんですか?」キリッとした表情で述べられたマスターの決め台詞も、ファルの容赦の無いツッコミに打ち返された。「意味が分かりません」
「あの子が今年サンタクロースに願ったプレゼントは、カルティエ、もしくはティファニーのネックレスだと聞いた」
「露骨〜〜〜」高価なプレゼントの内容に、あはあはとホクサイはウケている。
「お嬢の奴、もうすっかり女だな……」アインスが呆れて溜め息をつく。
「ちょっと待ってください」何で私がいちいち口を挟まなければいけないのです、貴方たちは違和感に気づかないのですか、とファルは少々苛立った。「お嬢様はサンタクロースを信じる子どもの年齢ではありません」
「それが信じているのだよ。あの子は、クリスマスの夜に枕元に置かれるプレゼントを、サンタクロースからの贈り物だと、未だに信じて疑わないのだ」
純粋な子だからね、とマスターの頰がだらしなく緩む。愛娘に対してはとことん甘い男だった。
「しかし、サンタに成り済まして彼女へのプレゼントを用意しているのは、この私なのだよ。だから娘には、私こそが本当のサンタクロースなのだと伝えたい」
「マスター。普通、逆じゃねぇのか?」
気持ちは分かるが、とアインスが腕組みをする。気持ちは分かるんだ〜、とホクサイが面白がっている。
「親は子どもにサンタを信じてほしいもんだろ」
「じゃあじゃあ、サンタくんの格好をしたマスターが、『我が名はサンタクロース。このプレゼント欲しくば、私を父親と認知したまえ』って迫ればいいんじゃない〜?」
「脅迫するな」ホクサイの提案に、腕を組んだアインスが眉を顰める。「怖すぎるだろうが。色々と」
「あのですね。そんなの、マスターがサンタに成り済ますのをやめて、ティファニーもしくはカルティエの店舗に彼女を連れて行って、その場でプレゼントを買ってやれば済む話では?」
ファルの申し立てに、アインスとホクサイがうんうんと頷いている。
「貴様ら夢がないぞ」マスターは退屈そうに言った。
「そこで考えたのだが、おまえたちが古今東西のサンタクロースに成り済まして、就寝中の娘を襲い、サンタは暴漢だと娘の意識に植えつけたところで、アメコミヒーローのような私が颯爽と登場。おまえたち(サンタクロース)を退治して娘を助け、そこでプレゼントを渡す……というアメイジング展開はどうだろうか」
「サンタクロースが暴漢に成り果てているその展開のどこに夢があるのでしょうか」マスターの話し相手にファル氏はすっかり疲れてしまった。何が今年の最重要任務だ。「勝手にやってくださいよ」





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