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きみのことを教えて

【ジュラシックパーク】



「城内の広大な庭園には、巨大な爬虫類が出現するらしいですよ」
「アインスが血眼で探しているでしょうね」
爬虫類に花壇を荒らされたとなったら、あの貴銃士が黙っていまい。
ファルの淹れた紅茶を味わいながら、彼女は片眉を釣り上げて答える。彼の淹れる紅茶はなかなか美味しい。この男は、何をやらせても完璧で隙が無く、ついでに可愛げも無い。揶揄い甲斐がなくて困ったものだ。
「巨大な爬虫類という表現が気になるわ。一体どんな生き物なのかしら。イグアナ? それともワニ?」
「トカゲかもしれません。ホクサイが被験体として温め飼っていたものが逃げ出して、突然変異で巨大化した可能性も……」
ファルと彼女が巨大な爬虫類についてああでもない、こうでもないと議論している間、エフは庭園の丸テーブルに静かに鎮座していた。ファルの淹れた紅茶にも口を付けず、紫の瞳は虚ろげだ。
「どうしましたエフ。珍しく静かですね」
「ほんと。貴方が大人しいなんて、なんだか不気味ね。もしかして、調子悪い?」
「まあ、……そうね」エフは色の無い唇を動かし、ぼそぼそと元気の無い声で答えた。
「確かに、気分は良くないわ」
「診てあげましょうか?」
「いいえ、大丈夫。すぐに治ると思うから。その……アンタたちの話が終われば」
「どういう意味ですか」
ファルが憮然とした態度でエフを一瞥する。弟が体調不良だというのに、一片の優しさも見せようとしない。
「ねえ。なんだか向こうが騒がしくない?」
彼女は、庭園の奥の茂みへ視線を向ける。その方角から、見張りの兵士たちの騒めく声が聞こえた気がした。
「何かあったのかしら。ファル、確認なさい」
「どうでもいいです」ティーカップを音も無くソーサーに置いたファルは、彼女の指示に抵抗する。
「どうせナインティ絡みでしょう。放っておけばいいではありませんか」
「令呪をもって命ず。ファル、立ちなさい」
「はい」ファルは仕方なく立ち上がる。
「アンタ、こんな下らない事で令呪使うんじゃないわよ」
マスターはマスターでも、マスター違いね、とエフは肩をすくめた。
次の瞬間。
「ガオオオー!!」
奇妙な唸り声とともに、ガサガサと茂みの中から謎の生命体が姿を現す。
「キャアアアアッ!!」エフが大袈裟に叫び声を上げた。「何アレ!? ヤダッ!!」
「……もしかして、あれが噂の爬虫類?」その姿を眺めて、彼女はそっと溜息を漏らす。
「ホクサイの被験体どころか、本人じゃない」
噂では「巨大な爬虫類」と言われていたが、正しくは「頭だけ爬虫類の人型生物」だ。もっと突き詰めて言えば、「恐竜と思われるマスクを被ったホクサイ」である。首から下はいつもの青い迷彩服を着込んでいるので、すぐに分かった。
「ほほう…」令呪によって立ち上がっていたファルは、優雅に腰を下ろして噂の爬虫類をじいっと観察する。
「あれはホクサイノザウルスですね」
「ホクサイよね?」
「非常に獰猛な肉食恐竜です。鋭い鉤爪と時速50キロメートルで走行可能な高い瞬発力で獲物を逃がしません」
「だから、どう見てもホクサイよね?」
「お逃げなさいエフ。ホクサイノザウルスに捕食されますよ」
「言われなくても逃げるわよっ!!」
「別に逃げなくていいのよ?」
勢い良く席を立ち上がるエフの片腕を、彼女が掴んで引き止める。妙にノリがいいわねと感心していると、「引き止めるんじゃないわよ!」と鬼の形相で睨まれた。
「アタシ、爬虫類だけはほんっとにダメ。気持ち悪い!」
「貴方確か、ワニ革の財布使ってなかった?」
「革はいいのよ、革は!」
「あれも一応革だと思うのだけど……」なんせ恐竜のマスクなのだから。
「ふふっ。びっくりした〜?」
「喋ったあああああ!!」
ホクサイが恐竜のマスクを被ったまま小首を傾げて口を開くと、エフは全身に鳥肌を立てて全速力で逃げ出した。
「時速50キロメートルで追う?」
彼女がエフの背中を指差して尋ねると、「何のことだい?」とホクサイは爬虫類顔でキョトンと佇む。
「貴方こそ何なんですか。そんなヘンテコな被り物で庭を彷徨いて」
ファルの質問に、「それがね〜」と恐竜はマスクの中で声を響かせる。
「うちの敷地内に巨大な爬虫類が出るって聞いたから、仲間のふりをすれば出てきてくれるかなーって探してたんだ〜。ちょっと友達ひけんたいになってもらおうと思って」
「『友達』ですか……」
ルビがおかしな事になっていますね、という指摘をファルは呑み込む。この私がホクサイの趣味趣向に対して意見を述べるのはナンセンスだ、と彼は理解している。自身の歪みをきっちりと認識する節度ある大人なのだ。
「相変わらず素っ頓狂な事を言いますね」
「おまえ、友達が欲しいなんてキャラじゃないでしょう」
そう疑問符を浮かべるマスターは、ホクサイの言う『友達』の真意を理解できていないようだった。




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