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血は争えない

【あの人の娘】



「ワイがこう動いて敵さんを牽制するやろ。したらそこで……」
「ゴーストクンの色仕掛け?」
「阿呆か」笑顔でボケてきたホクサイに、ゴーストは困惑顔で応えた。「真面目に聞け」
「新妻エプロンで誘惑とかどうかな」
「誰が裸エプロンなんてするか」
「ボクちゃんそんな事ひと言も言ってないよ」ふふ、と楽しそうにホクサイが目を細めた。「キミ、そういうのが好きなんだ?」
「続けるで」
「あ〜! ゴーストクンしらばっくれた!」
「うっさいわボケ。ええか、よう聞けや。ワイが敵さんを牽制したら、お次はあんさんお得意の……」
「パイ投げ?」
「ちゃうねん」
「なんで? ボクちゃん得意だよ。パイ投げるの」
「フツーにあんさんの鉛玉くれてやれや」
ゴーストとホクサイのやりとりを目の前にして、米神に青筋を浮かべた89は作戦の資料をぐしゃりと握り潰す。
「マスター。作戦会議中にそこのクソ銃どもがくっちゃべっててイラつくんだが」そう隣に座る彼女に被害を訴える。
「……そうね」
彼女は、手にしたボールペンで顎をとんとん突き、難しい顔で資料と睨めっこをしている。何かを真剣に考えているようで、89の苦情には上の空で返事をしていた。
「マスターちゃ〜ん。ゴーストクンが新妻エプロンで誘惑するのと、ボクちゃんがパイ投げするのと、どっちがあいつらの戦意を喪失させられると思う?」
「いい加減にしろよ」ホクサイの馬鹿げた質問に、89が呆れ顔を向けた。「マスターが真剣に考え込んでんのに、おめーらはふざけ倒しやがって……」
「整いました」彼女は手にしていたボールペンをころんとテーブルの上に放り、机上で手を組んでにこりと微笑む。
「新妻エプロンのホクサイに、ゴーストがパイ投げするのが最善だと思うわ」
「なんで混ぜた」彼女のエキセントリックな発案に、89が顔を顰める。「全然整ってねぇよ」
「それ採用」ゴーストが即決した。「ホクサイくんサンドバッグな。ワイの積もりに積もった日頃の恨みを、パイ投げ連投で発散したるわ」
「ボクちゃんは犠牲になったのだ……」
自分でそう呟いて、「ヒドイよマスタ〜」とホクサイが彼女に泣きつく。くっそベタベタしやがって、と89は胸中で毒づいた。マスターはお前だけのマスターじゃねぇんだぞ。
「ホクサイ。全て私に委ねなさい」
赤子をあやすようにその背中をぽんぽん叩きながら、彼女はホクサイの新妻エプロン姿を想像する。「メイド服でも悪くないわね」とぼそりと呟いていた。
「せめて新妻エプロンでお願いします!!」ホクサイが懇願し始める。
「すまん。俺には捌ききれねぇ」
89は、ついに突っ込み役を放り投げた。
マスターである彼女は、個性豊かな現代銃たちに比べたらマトモな部類に入るはずのお人なのだが、時折こうして彼らのおふざけに全力で応える事がある。暴走する貴銃士たちを制御できるのは彼女だけなのに、その彼女まで暴徒と化したらもうお手上げだ。貴銃士はマスターが乗り気である限りふざけ通し、彼女も疲労するまで延々と彼らに付き合う。
前任のマスターはもう少しマトモな感じだったよな、と89は考えた。彼女の父親にあたる人だ。
「…………」
改めて思い出を振り返ってみると、涼しい顔でしれっと現代銃たちを困惑させるふざけたマスターの姿が、次々と浮かんでは消える。
やっぱ思い違いだわ、と思い出にそっと蓋をした。
今の彼女は、まぎれもなくあの人の娘だ。
「89。貴方、メイド服着る?」
「……アンタの好きにしてくれよ」
まさかの飛び火に、89は抵抗する気力もなかった。





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