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血は争えない

【生まれたままの姿】



「ボクちゃんたちの衣装ってかっこいいよね〜。あれってマスターが用意してくれたの?」
「そうとも」
城内共用のランドリールームで、ゴウンゴウンと機械音を響かせながら洗濯機が稼働している。健気に働くその機械を見守りながら、休憩用のソファに隣り合って腰掛けたマスターとホクサイが雑談を交わしていた。
「というか、ボクちゃんたちってマスターに呼び醒まされた時からこの服着てたの?」
「おや。記憶にないのかね?」
「う〜ん、呼び醒まされた直後の記憶って曖昧でね〜。微睡みの中にいる感じ? これが人間の身体かーって、感動したのは覚えてるんだけど」
「そうか。私はハッキリと憶えているよ。なんせおまえたちは、生まれたままの姿だったのだからね」
「……ん?」
「つまり、全裸だ」
「何だって!!?」
全裸だ、とマスターが呟くタイミングで大量の洗濯物を抱えたベルガーがやって来て、真っ青な顔でそう叫ぶ。前の会話も聞いていたらしい。
「Oh Gott……」
両手で顔を覆ったホクサイが大きく項垂れ、絶望的な響きを含んだ感嘆詞を口ずさんだ。
「私はおまえたちの父親のようなものだから、そう落ち込む事はない。気にするな」
隣で深く落ち込むホクサイの肩を叩いて、マスターは朗らかに微笑む。いやいや、とベルガーが洗濯籠を抱えたまま首を横に振った。
「確かに俺、目醒めた直後すっげぇ身体がムズムズして、マスターに『きみ、トイレに行きたまえ』って言い放たれた記憶が鮮烈過ぎて服着てたのか全く憶えてねぇや……」
「はは。そんな事もあったな」マスターはやはり朗らかに微笑む。彼にとっては楽しい記憶のようだ。
「ベルガークンのそれは服云々の問題じゃないよね」項垂れたまま頭を抱えたホクサイは、会話ができるくらいの元気は取り戻したらしい。しかし精神的ダメージは大きいようで、声にはいつもの張りが無い。
「生まれてすぐに尿意を催すとか、キミってどれだけ自然体なの……」
「へへ。よせやい」
「褒めてないからね」
「おや珍しい」ベルガーの後ろに続き、同じく洗濯物を抱えたファルがやって来る。ランドリールームで顔を揃えたマスターと貴銃士たちの面子に、眼鏡の奥の瞳を僅かに見開かせる。「こんな所でお会いするなんて。奇遇ですね」
「……………」
「……………」
洗濯機に衣服を放り投げるファルの背中に、二人の貴銃士の視線が痛いほど突き刺さる。
「……何か?」
堪らずファルが振り返ると、「あ」とベルガーが間抜けな声を上げて気が付いた。
「ファルお前、今洗濯機の中にブラジャー入れてなかったか」
「なに?」ベルガーの発言に、マスターが過敏に反応する。「それは一体誰の下着だね」
「まさかお嬢ちゃんの……」うっわぁ、とホクサイは顔を顰める。「流石にボクちゃんでも、それは引くわ」
「気のせいです」ファルはバタンと素早く洗濯機の扉を閉じ、高速でボタンをプッシュしてすかさず洗濯を開始する。「ご冗談を」
「じゃあそれは、一体誰の女性用下着なのかね」マスターの声は相変わらず凄んだままだ。ファルと愛娘のけしからん関係をまだ疑っているらしい。
「もしかして……キミの?」名探偵ホクサイの推理。
「エフのです」
ファルはあっさりと弟の性癖を暴露した。
「なるほど…、エフにそんな趣味が」マスターは変に納得したようで、何度も頷いている。
どうやらファルは、エフの溜まりに溜まった洗濯物の山を見兼ねて、代わりにそれを洗濯しに来たらしい。ただの弟思いの兄だ。な〜んだ、とホクサイも肩をすくめた。先ほどの全裸ショックが強過ぎて、エフの性癖など些細な事に思えてしまうから不思議だ。
「そうだマスター。さっきの話なんだけど」元気を取り戻したホクサイが、隣で寛ぐマスターに問いただした。
「当然ファルクンも、目醒めた時は全裸だったんだよね?」
「脳みそかち割られたいんですか貴方」今度のファルは言葉を選ばない。ついに頭にきたらしい。
いいや、とマスターは神妙な面持ちで首を横に振った。
「実はな、貴銃士の中でも、ファルだけは着衣で出現したのだ」
「なにそれ逆に凄くね?」わあおとベルガーが戯けてみせる。
「驚いたことに、眼鏡も実装済みだった。生まれながらの眼鏡っ子だ」ふっと唇を緩ませて、可笑しそうにマスターは微笑む。「彼はどうあっても、自分の弱みは握らせたくないらしい。きっと根性で乗り切ったのだろう」
「ボクちゃん、もう二度と全裸で出現したくないから、壊されないように気をつけよう」
ぼそりと本気のトーンでホクサイが呟く。三人の会話を一通り聞いていたファルは、呆れを通り越してもはや感心してしまった。
「馬鹿な事を。全裸で出現するなんて、あるわけ無いでしょう。ホクサイもベルガーも、目醒めた時からあの派手な服を着ていましたよ」
「エッ、そうなの?」ホクサイがぽかんと口を開ける。
「何だよ嘘だったのか〜。いやでも、ギリギリセーフだわ!」
「目醒めた直後に尿意を催した貴方はギリギリアウトじゃないですかね」
「ちょっ、おまっ、どこで聞いて……」
全裸で出現していなかった事に安堵したベルガーだが、ファルの一言に追い撃ちをかけられている。
「でもさ〜、マスターがそう言って……」
ホクサイが隣を見ると、笑みを保ったままのマスターが、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「……マスター」笑いを堪えているような彼の姿に、ホクサイは怪訝な様子で尋ねる。「ボクちゃんのこと騙したの?」
「おっと。乾燥まで終わったようだ」ソファから立ち上がったマスターは、洗濯機の蓋を開けてほこほこに乾いた洗濯物を回収する。
「ちょっとマスター、ボクちゃんの話聞いてる?」
「聞いているとも」衣服を洗濯籠に詰め込んだマスターは、ホクサイの不満を宥めるように微笑みかけ、温かな声で挨拶した。
「私はこれで失礼する」
ランドリールームを歩き去る彼の足取りは、いつになく軽やかだ。
「なにあれ」ホクサイはぶすっと不貞腐れ顔で、低く呟く。マスターの後姿を恨めしそうに見つめていた。
「食えないお人ですねぇ」とファルも呟く。「桑原、桑原」
父親があれじゃ、我々がお嬢様に手を焼くのも無理はない、と彼は漏らした。




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