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ツン甘貴銃士

【そんな今更なこと言えるかよ。】



「89。ちょっといい?」
「ん」
「今日の作戦、配置時間が一時間早まることになったから」
「了解」
「兵たちにも伝達よろしくね」
「おう」


「………ちょっとアンタ」
「なあにエフ」
「何なのさっきの会話。アイツほぼ相槌だけじゃないの。マスターであるアンタに対する態度とは思えないわね」
「89のこと? でもあの人、いっつもあんな感じよ」
「『好きだよ♡』とかないわけ?」
「他の貴銃士ともそんなやりとりないわよ。むしろそれどのタイミングで使うの」
「何言ってんの。みんなアンタに全力で愛情表現してるじゃない」
「……そうなの?」
確かに、ベルガーやきゅるちゅは見かければ必ず寄ってきて激しくスキンシップをとってくるし、ホクサイは嬉しそうに実験の成果を報告する様が尻尾を振って戯れてくる犬のようだ。ナインティなんかまさに犬のように従順で聞き分けが良い。反対に、ゴーストは気まぐれな猫のようで、自分からは寄ってこないくせにこちらから構うと、待ってましたと言わんばかりに擦り寄ってくる節がある。
彼らのそれは愛情表現と言えなくもないが、他の面々は………よく分からない。
「とにかく、マスターに対する『好きだよ♡』なんて、もはや挨拶よ」
はあ、と彼女は気の抜けた返事をする。
「もはや挨拶ね……」
そんな重たい挨拶、十人も受けられません。



(そういえば私、この人に好意を伝えた事ってないかもしれない)
彼女は先日のエフとの会話を思い出して、自分自身を振り返る。
「………89」
「んー?」
猫背になりながらテレビゲームに熱中している彼に、彼女は呟いた。
「好きよ」
ガチャガチャと喧しかったコントローラーの音がやむ。
「は」
言葉にならない空気の抜けたような声を上げ、89は目を見開いた。
「私の貴銃士でいてくれて、ありがとう」
「………何だそれ。今更だろ、そんなこと」
そっぽを向いてぼそぼそと囁くように口を開く彼は、耳まで真っ赤になっている。
(今更だろ、だって)
ふふっと笑って、彼女は89の片腕にぎゅっと抱きついた。
「ちょっ…、オイ。邪魔だどけ」
ゲームできねぇだろ、と照れを誤魔化そうとする彼に、今更でしょ、と彼女は笑った。


後日


「好きって言われて好きって言える貴銃士になりてぇ………」
テーブルに肘をつき口元で両手を組んでいる89は、ひどく落ち込んだ様子でそう言った。
「練習してごらんよ」
向かいで優雅にハーブティーを味わうミカエルが、くすりと微笑む。
「………す」
たった二文字の最初の一文字を口にしただけで、彼の顔はみるみる赤くなってゆく。
「す……す……すっ……クッソ!!!!!」
何やってんだ俺!!と自分に苛立ったようにガシガシと頭を掻く89に、ミカエルは心底不思議そうに呟いた。
「一体、何をそんなに躊躇うんだい? 女性に愛の言葉を贈るのは、挨拶みたいなものじゃないか」
「うるせぇ。文化の違いだよ」
89は苦々しい表情で、向かいの物腰柔らかな紳士にそう吐き捨てた。
彼は、ミカエルの余裕が心底羨ましい。





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