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初めて顔を合わせたのは、春の新兵配属式だった。
大半の者の入軍ルートとして挙げられる士官学校卒や養成学校卒は、前年度の春卒業ため、その約一月後となる次年度の同春に入軍式が行われる。そこで初めて配属司令部が言い渡されるのが例年の流れとなっている。入軍の是非は卒業前の配属先希望書により意思を確認済みであり、卒業時に配属司令部のみ明かされる。配属班、隊が伏せられるのは、既存の隊員の人事が決定していない事が主な理由である。
一方、冬に行われる国家錬金術師試験での合格者に関しては、まず兵士としての入軍の是非を問い、入軍を希望する者はその他の者と同様春に配属司令部が決定される。入軍を希望しない者は、試験の姿勢から準兵士扱いとなるか、研究者という扱いになるかを審議されることとなる。ここで言う準兵士とほ、有事の際に出兵を要求されるも普段は固定の司令部に従軍することなく、研究成果もさほど要求されない戦闘向きの都合が良い国家錬金術師を指す。
今年度の国家錬金術師試験をパスしたのは若干1名で、筆記も実技も他の受験生と圧倒的な大差で合格点をたたき出したという話であった。この手の話は、春の各司令部では昼食時の話のネタとなっている。それはここ南方司令部も例外ではない。
「赤毛のかわいい女の子が入ってくれりゃあなぁ」と、どこぞの兵士は言った。事務方の兵士として、たまには可愛らしい女の子の姿を見ることもあるがそれは比率にすればほんの僅かなものだ。それでも、最近は戦火が下火になりつつとはいえいつお国のために命を抛てと命令が下るとも知れぬ準紛争地帯に従軍する兵士にとって、目の肥やしとなる娯楽はあって困るものではない。それは、慢性化した紛争というマラソンへの心の疲弊の表れであった。
「俺は黒髪が良いねぇ、上品な雰囲気の、蒼い目のさァ」と、他の兵が言った。
「女なんて来ねぇよ。それより、今年の国家錬金術師、新兵として入軍するらしいぜ」前半の言葉に内心で強く同意する。
「国家錬金術師ねぇ…」
その兵士は、あまり面白く無さそうな声で国家錬金術師と復唱した。噂によればその新国家錬金術師は、軍立中央士官学校卒と言うのだから、お家柄も宜しいのだろう。噂通りならばエリート街道まっしぐらの優秀な人材だ。従軍の意志も示しているそうであるから、大方、希望通り中央軍に少佐相当で入軍し、瞬く間に大佐まで上り詰めることだろう。
国家錬金術師の資格を持つものは、新兵にして少佐の地位を得る。士官学校を主席で卒業した者でさえ、最初に授かる階級は少尉である。そして出世のスピードに関してもそれなりの差が生まれていることは否定できない事実として存在している。錬金術という才能に依る部分も多い技術の力を軍に捧げ地位を手にした、自分より年若い上官というのは些か腹に据えかねるものがあるのだろう。養成学校を出ずに軍へ入った国家錬金術師は、その根幹が科学者ということもあってか集団主義である軍人の中では浮いた存在となることも多い。それが余計に鼻にかかる者も多くいると聞く。
南方司令部には、今年はどのような新兵が入るだろうかという話が賑わいの最高潮と達している中、待望の新兵配属式が行われた。
「――東A区トーマス・グラント隊配属、マイク・ゼメキス、リッキー・サンドリクス、以上2名」と、司令官は言った。西方司令部では、地域を東西南北のそれぞれA~D区に分けてそれぞれの分隊に管理させている。そうすることで、円滑な統治や警備の目の重複を防ぎ、全体的な犯罪検挙率の向上が行えることを理想としている。実際その通り、各管轄の隊がそれぞれの区域の警備に目を光らせているが、そうした分業は、限られた土地での点数稼ぎとなり縄張り意識へと変化を遂げた。1部の管轄同士は、ネタとなる情報の、意図的な秘匿も否定できないような状況となっている。
「東D区ボブ・イヴィロ隊配属―――」部下など小間使いとして、1人いれば十分である。あまりに多ければ連携や規律、戦闘力の教育に多くの時間を割かなくてはならない。そのような細々とした作業は自分の得意とする分野ではないという自覚があった。己が役割は、末端の戦士を育てることではなく、小が集まり群をなした、組織という生きた怪物の舵取りをする事、であったはずだ。
最近は前述の通り、比較的平和な日々が続くおかげで、本業の大仕事とは無縁の生活となっている。
「――西A区 リファ・フィオーレ隊配属」という司令官の声で我に返る。1名でも新兵の配属が決まっているから呼ばれたのだろう。どうせ名を聞いてもピンとくることは無いが、この後開催される分隊ごとのミーティングに新兵を呼ばなくてはならないため、名を聞き逃さないよう耳を傾ける。
「紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリー、以上1名」司令官の声は、やけに明瞭に鼓膜を打った。困惑した、と言う表現が正しいだろうか。
2つ名を呼び上げられたということは国家錬金術師の証であり、今年新兵として配属されるのは例のエリートと噂されていた1名のみである。それがまさか自分の隊に配属されるとは、現実はいつも想定を変に裏切る傾向にあるようだ。
僅かにざわめく空気は、ものの数秒で収まった。新兵席で起立し、在軍兵に向けて敬礼をした、男性にしては少し長めの黒髪の男を見つめる。屈強とは言いがたく、中肉中背といった出で立ちの肌の白い青年。これが、リファ・フィオーレにとってのゾルフ・J・キンブリーという青年の全てであった。
コツコツと軍指定の革靴が廊下を叩く音が響く。配属式終了後、皆配属先の隊でそれぞれに割り当てられた部屋でミーティングを行っている。現在の南方司令部では、国境付近の睨み合いは平常業務に含まれるため、取り立てて司令部全体での作戦は始動していない。そのため、ミーティングと名がついてはいるがその実ただの新兵歓迎会のようなものだ。道中通りがかった新館のいくつかの部屋では、やれ定時が来ればどこの酒屋に行くだの、どこの店の女の子が可愛いだのという話が漏れ聞こえていた。
「…」静かに後ろを付いてくる男の様子を伺う。遠目で見た通りシミや傷1つない綺麗な白い肌に漆黒の髪が特徴的な男だ。足音も大きくなく、扉を開ける所作からも何処となく上品さを感じさせられる。ついでに言えば、瞳の紺瑠璃はしんと深い海の底をたたえている。まるで彼を見ながら述べていたかのように、昼間の男の好みそのままな容姿に、何処と無く勝ち誇ったような気分になり小さく笑みが浮かぶ。如何せんあの兵士にとって最も重要であっただろう、性別という1点のみが外れていたようだが。
「ここだ」と、割り当てられている部屋の扉を開けると、彼は少し驚いた表情を浮かべた。それもそうだろう。他の同期は皆道中の比較的新しく小綺麗な新館へ散っていったのに、自分1人古さを滲ませる旧館の一室に案内されれば、誰だってハズレくじを引いたと感じるはずだ。
きっと中央司令部を志望しただろうに、地方司令部のそのまた隅っこから軍人人生の幕が開くとは。彼も私と同じように現実に変に裏切られた同士であるようだ。
部屋に入り座るよう促せば、「失礼します」と彼は言った。静かに椅子を引く所作に、噂から想像した良い家柄の子息という想像はあまり外れていないのだと確信が持てる。
「西A区を管轄している、国軍少将リファ・フィオーレだ」よろしく、と言って握手を求めると彼はにこりと笑った。
「お久しぶりですフィオーレ少将。紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーと申します」こちらこそお世話になります、と握手に応じたキンブリーをまじまじと見据えた。紳士めいた爽やかな笑みから喉元、胴部、つま先まで視線を一巡させ、何一つ記憶に引っかからないことを確認する。
「お久しぶりです、と言ったか」聞き間違いか。
「はい。と言っても、私を覚えてはいらっしゃらないでしょうねぇ」聞き間違いでは無いようだ。もう一度、記憶の引き出しを探す。
椅子に座ったまま見つめ合い、お世辞にも広いとは言えない一室の玉座に静寂という王が君臨した。それは、1分とも2分とも知れないが、きっとそれほど長くは無いだろう。換気のため開け放っていた窓から入り込んだ春風が、窓辺に吊るした小型の鐘鈴を揺らした音で、握手した手を握ったままであることに気づいた。
「すまないが、…何処で出会ったか教えてくれ」自然に手を離し、彼の用意してくれた逃げ道に甘えることとした。キンブリーは、態とらしく思い出す素振りを見せるためか、少しの間を置き口を開いた。
「何処だったか…今から3年ほど前でしたかね」何処かは覚えていない、と彼は言った。その言葉に、「そうか」と小さく返答を返す。
半分、はぐらかされた。
そこまで言われてもピンとこない自分にすべての責があるが、なぜ場所をはぐらかすのか。ここでは言えないような場所で遭遇したということだろうか。このようなエリート街道を歩いてきたような青年にも、火遊びの1つや2つあったって何らおかしいことはない。親でもあるまいし、余計な干渉をするものでもない上、いくら聞いたところで思い出せる兆しが見えないことから、追求を早々に打ち切ることとした。
「思い出せそうにない。改めて、よろしく頼む」便宜上、すまないなと添えてニコリと笑って見せると、お構いなく、とまた紳士的な笑みを見せた。
上品で能力の高い好青年の瞳が、やけに深さを示す理由が悪い方向で露呈しないことを祈りつつ、勤怠管理を行うシートへ記入を促した
大半の者の入軍ルートとして挙げられる士官学校卒や養成学校卒は、前年度の春卒業ため、その約一月後となる次年度の同春に入軍式が行われる。そこで初めて配属司令部が言い渡されるのが例年の流れとなっている。入軍の是非は卒業前の配属先希望書により意思を確認済みであり、卒業時に配属司令部のみ明かされる。配属班、隊が伏せられるのは、既存の隊員の人事が決定していない事が主な理由である。
一方、冬に行われる国家錬金術師試験での合格者に関しては、まず兵士としての入軍の是非を問い、入軍を希望する者はその他の者と同様春に配属司令部が決定される。入軍を希望しない者は、試験の姿勢から準兵士扱いとなるか、研究者という扱いになるかを審議されることとなる。ここで言う準兵士とほ、有事の際に出兵を要求されるも普段は固定の司令部に従軍することなく、研究成果もさほど要求されない戦闘向きの都合が良い国家錬金術師を指す。
今年度の国家錬金術師試験をパスしたのは若干1名で、筆記も実技も他の受験生と圧倒的な大差で合格点をたたき出したという話であった。この手の話は、春の各司令部では昼食時の話のネタとなっている。それはここ南方司令部も例外ではない。
「赤毛のかわいい女の子が入ってくれりゃあなぁ」と、どこぞの兵士は言った。事務方の兵士として、たまには可愛らしい女の子の姿を見ることもあるがそれは比率にすればほんの僅かなものだ。それでも、最近は戦火が下火になりつつとはいえいつお国のために命を抛てと命令が下るとも知れぬ準紛争地帯に従軍する兵士にとって、目の肥やしとなる娯楽はあって困るものではない。それは、慢性化した紛争というマラソンへの心の疲弊の表れであった。
「俺は黒髪が良いねぇ、上品な雰囲気の、蒼い目のさァ」と、他の兵が言った。
「女なんて来ねぇよ。それより、今年の国家錬金術師、新兵として入軍するらしいぜ」前半の言葉に内心で強く同意する。
「国家錬金術師ねぇ…」
その兵士は、あまり面白く無さそうな声で国家錬金術師と復唱した。噂によればその新国家錬金術師は、軍立中央士官学校卒と言うのだから、お家柄も宜しいのだろう。噂通りならばエリート街道まっしぐらの優秀な人材だ。従軍の意志も示しているそうであるから、大方、希望通り中央軍に少佐相当で入軍し、瞬く間に大佐まで上り詰めることだろう。
国家錬金術師の資格を持つものは、新兵にして少佐の地位を得る。士官学校を主席で卒業した者でさえ、最初に授かる階級は少尉である。そして出世のスピードに関してもそれなりの差が生まれていることは否定できない事実として存在している。錬金術という才能に依る部分も多い技術の力を軍に捧げ地位を手にした、自分より年若い上官というのは些か腹に据えかねるものがあるのだろう。養成学校を出ずに軍へ入った国家錬金術師は、その根幹が科学者ということもあってか集団主義である軍人の中では浮いた存在となることも多い。それが余計に鼻にかかる者も多くいると聞く。
南方司令部には、今年はどのような新兵が入るだろうかという話が賑わいの最高潮と達している中、待望の新兵配属式が行われた。
「――東A区トーマス・グラント隊配属、マイク・ゼメキス、リッキー・サンドリクス、以上2名」と、司令官は言った。西方司令部では、地域を東西南北のそれぞれA~D区に分けてそれぞれの分隊に管理させている。そうすることで、円滑な統治や警備の目の重複を防ぎ、全体的な犯罪検挙率の向上が行えることを理想としている。実際その通り、各管轄の隊がそれぞれの区域の警備に目を光らせているが、そうした分業は、限られた土地での点数稼ぎとなり縄張り意識へと変化を遂げた。1部の管轄同士は、ネタとなる情報の、意図的な秘匿も否定できないような状況となっている。
「東D区ボブ・イヴィロ隊配属―――」部下など小間使いとして、1人いれば十分である。あまりに多ければ連携や規律、戦闘力の教育に多くの時間を割かなくてはならない。そのような細々とした作業は自分の得意とする分野ではないという自覚があった。己が役割は、末端の戦士を育てることではなく、小が集まり群をなした、組織という生きた怪物の舵取りをする事、であったはずだ。
最近は前述の通り、比較的平和な日々が続くおかげで、本業の大仕事とは無縁の生活となっている。
「――西A区 リファ・フィオーレ隊配属」という司令官の声で我に返る。1名でも新兵の配属が決まっているから呼ばれたのだろう。どうせ名を聞いてもピンとくることは無いが、この後開催される分隊ごとのミーティングに新兵を呼ばなくてはならないため、名を聞き逃さないよう耳を傾ける。
「紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリー、以上1名」司令官の声は、やけに明瞭に鼓膜を打った。困惑した、と言う表現が正しいだろうか。
2つ名を呼び上げられたということは国家錬金術師の証であり、今年新兵として配属されるのは例のエリートと噂されていた1名のみである。それがまさか自分の隊に配属されるとは、現実はいつも想定を変に裏切る傾向にあるようだ。
僅かにざわめく空気は、ものの数秒で収まった。新兵席で起立し、在軍兵に向けて敬礼をした、男性にしては少し長めの黒髪の男を見つめる。屈強とは言いがたく、中肉中背といった出で立ちの肌の白い青年。これが、リファ・フィオーレにとってのゾルフ・J・キンブリーという青年の全てであった。
コツコツと軍指定の革靴が廊下を叩く音が響く。配属式終了後、皆配属先の隊でそれぞれに割り当てられた部屋でミーティングを行っている。現在の南方司令部では、国境付近の睨み合いは平常業務に含まれるため、取り立てて司令部全体での作戦は始動していない。そのため、ミーティングと名がついてはいるがその実ただの新兵歓迎会のようなものだ。道中通りがかった新館のいくつかの部屋では、やれ定時が来ればどこの酒屋に行くだの、どこの店の女の子が可愛いだのという話が漏れ聞こえていた。
「…」静かに後ろを付いてくる男の様子を伺う。遠目で見た通りシミや傷1つない綺麗な白い肌に漆黒の髪が特徴的な男だ。足音も大きくなく、扉を開ける所作からも何処となく上品さを感じさせられる。ついでに言えば、瞳の紺瑠璃はしんと深い海の底をたたえている。まるで彼を見ながら述べていたかのように、昼間の男の好みそのままな容姿に、何処と無く勝ち誇ったような気分になり小さく笑みが浮かぶ。如何せんあの兵士にとって最も重要であっただろう、性別という1点のみが外れていたようだが。
「ここだ」と、割り当てられている部屋の扉を開けると、彼は少し驚いた表情を浮かべた。それもそうだろう。他の同期は皆道中の比較的新しく小綺麗な新館へ散っていったのに、自分1人古さを滲ませる旧館の一室に案内されれば、誰だってハズレくじを引いたと感じるはずだ。
きっと中央司令部を志望しただろうに、地方司令部のそのまた隅っこから軍人人生の幕が開くとは。彼も私と同じように現実に変に裏切られた同士であるようだ。
部屋に入り座るよう促せば、「失礼します」と彼は言った。静かに椅子を引く所作に、噂から想像した良い家柄の子息という想像はあまり外れていないのだと確信が持てる。
「西A区を管轄している、国軍少将リファ・フィオーレだ」よろしく、と言って握手を求めると彼はにこりと笑った。
「お久しぶりですフィオーレ少将。紅蓮の錬金術師ゾルフ・J・キンブリーと申します」こちらこそお世話になります、と握手に応じたキンブリーをまじまじと見据えた。紳士めいた爽やかな笑みから喉元、胴部、つま先まで視線を一巡させ、何一つ記憶に引っかからないことを確認する。
「お久しぶりです、と言ったか」聞き間違いか。
「はい。と言っても、私を覚えてはいらっしゃらないでしょうねぇ」聞き間違いでは無いようだ。もう一度、記憶の引き出しを探す。
椅子に座ったまま見つめ合い、お世辞にも広いとは言えない一室の玉座に静寂という王が君臨した。それは、1分とも2分とも知れないが、きっとそれほど長くは無いだろう。換気のため開け放っていた窓から入り込んだ春風が、窓辺に吊るした小型の鐘鈴を揺らした音で、握手した手を握ったままであることに気づいた。
「すまないが、…何処で出会ったか教えてくれ」自然に手を離し、彼の用意してくれた逃げ道に甘えることとした。キンブリーは、態とらしく思い出す素振りを見せるためか、少しの間を置き口を開いた。
「何処だったか…今から3年ほど前でしたかね」何処かは覚えていない、と彼は言った。その言葉に、「そうか」と小さく返答を返す。
半分、はぐらかされた。
そこまで言われてもピンとこない自分にすべての責があるが、なぜ場所をはぐらかすのか。ここでは言えないような場所で遭遇したということだろうか。このようなエリート街道を歩いてきたような青年にも、火遊びの1つや2つあったって何らおかしいことはない。親でもあるまいし、余計な干渉をするものでもない上、いくら聞いたところで思い出せる兆しが見えないことから、追求を早々に打ち切ることとした。
「思い出せそうにない。改めて、よろしく頼む」便宜上、すまないなと添えてニコリと笑って見せると、お構いなく、とまた紳士的な笑みを見せた。
上品で能力の高い好青年の瞳が、やけに深さを示す理由が悪い方向で露呈しないことを祈りつつ、勤怠管理を行うシートへ記入を促した
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