乱暴で優しい拳
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〜乱暴で優しい拳〜
高くそびえ立つビルに隠れた裏路地。
太陽の光すらも遮るそこは、排気ガスの臭いと、ゴミの腐敗臭が漂っている。
ここでは、ヒーローなんて意味を持たない無法地帯だった。
「お腹空いたな……」
私は、段ボールを重ねただけの簡素な家の中で、ガタガタと震える手で体を擦った。
物心付いたころから、私はこのスラム街で生活を送っている。
最初こそ、哀れに思った通りすがりの大人が食べ物を分け与えてくれたり、同じ境遇の子どもたちが助けてくれたりもした。
だけど、日が経つにつれそれも途絶え、私は自分の足で立ち上がらなければならなくなった。
家どころか、教養を受けていない私を雇ってくれるところなんてない。
周りの子供たちは、器用に大人たちの隙を突いて財布を抜き取り、生活を凌いでいた。
ただ、私はどうしてもそれができなかった。
盗みを働けば、私の心は本当に人間で居られなくなってしまう気がしたから。
だから、私は体を売ることにした。
体と言っても性的なことではない。
「1発、100円……5発なら、400円でいいよ」
泥で汚れた段ボールに炭で書いたお品書き。
それを掲げながら、私は路地裏の暗い空気の中、客を待った。
「おい、1発頼む」
最初に足を止めたのは、どこにでもいるような、くたびれたスーツ姿の男だった。
目は血走り、仕事か家庭か、何かに追い詰められたような暗い目をしている。
男はおもむろにシャツの袖を捲ると、勢いよく私の顔面目掛けて1発拳を入れた。
それは、まるで、サンドバッグのように。
「……っ、ぐ、あぁっ!!」
殴られた場所が熱い。
脳が揺れ、骨が軋む嫌な音が聞こえる。
歪んだ顔の私とは正反対に、男はスッキリとした顔をしながら、浅い呼吸を繰り返す。
「はあ……はあ……。また頼むよ」
そして、ポケットから小銭を取り出すと、乱雑に私の足元へ放り投げ、何事もないようにその場を去っていった。
コツンと100円玉が地面に跳ねる。
「あっ……!」
私は側溝に転がり落ちそうになった100円玉を慌てて拾い上げた。
この瞬間が、殴られたとき以上に惨めだった。
彼らにとっては、たかが100円なのかもしれない。
だけど、私にとってはその日生きられるかどうかがかかっている、大切な100円なのだ。
私はよろよろと立ち上がり、指先で自分の顔をなぞる。
“
個性を発動させた瞬間、腫れ上がった頬も、切れた口端も、魔法のように消えていく。
傷1つない肌。
だけど、それは表面上のこと。
皮膚の下では、絶え間なく激痛が脈打っている。
私は、個性で怪我を隠しているに過ぎない。
「さて……もうひと仕事しないと」
痛みを我慢し、私は新たな客が来るのを待った。
