食べると言う字
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
〜食べると言う字〜
大学で学ぶために上京した。
わずかながらの仕送りは貰っているけれど、足りない分は居酒屋のバイトで賄っている。
東京にあるわりにはリーズナブルな価格で料理を提供してくれると評判のお店だ。
そのバイトも春から始めて早半年。
仕事にも慣れてきて、常連さんの顔ぶれも覚えてきた。
中でも若手の芸人さんらしき人たちがよく利用する。
この近くに劇場があるからだろう。
今日もホールの仕事をしていると、先輩芸人さんにつれられて、数人の若手芸人さんが来店した。
「いらっしゃいませ〜」
席に案内してからお水とおしぼりを持っていくと、
「だから俺はな、もっとこう……ガッと勢いあるお笑いを────」
まだアルコールも入っていないのに、熱い理想論を語っていた。
大半の若手芸人さんはフムフムと熱心に聞いていたけれど、1人だけ済まし顔でメニューを眺めている。
猫背に猫目の男性。
彼も常連の1人で、度々顔を見かけるけれど、いつも先輩の声に耳を傾けずにメニューを見ている。
最初は先輩芸人さんのご飯会に参加すると言うことは、お笑いに熱心なんだと思っていたけれど、違うのかもしれない。
まあ、色々理由があるから、と気持ちを切り替えて注文を取っていく。
ーーーー
「いらっしゃいませ〜……ぁ」
あるお昼営業の時間に、例の猫背に猫目の若手芸人さんが1人で来店してきた。
いや、ダメと言うわけではないけれど、ただ単に珍しいと思っただけ。
「今日は1人なんですね」
そのせいか注文を伺いに行ったとき、ふと口に出てしまった。
「えっ」
三白眼の目が更に開かれる。
「あ、すみません」
慌てて謝ると、彼は静かに理由を話してくれた。
「今日はウケたから、自分へのご褒美」
ネタのことだろうか。
「ご褒美にうちのお店に食べに来てくれて、ありがとうございます」
彼は口角を少し上げた後、何事もなかったかのように注文を始めた。
「────以上で」
「お酒は飲まれないんですか?……あ、ほらいつもいらっしゃるとき飲まれないので、ご褒美のときくらいは……」
「俺、まだ19」
「え、あ、すみません!」
てっきり普段は運転手係だとか、酔うと醜態を晒すから控えているのだと思っていた。
「未成年にお酒を勧めたの、内緒にしてください!なんて、私もまだ未成年なんですけど、アハハ……。えっと、お料理、直ぐに用意しますね!」
私は深く頭を下げると、逃げるように厨房へと向かった。
他にお客さんがいなく、料理ができるのを眺めながら待つ。
「……ぁ、」
そうだ……。
失礼なことを言ったお詫びを兼ねて、賄いで食べる予定だったお刺身も持っていこうかな。
出来上がった料理と一緒にこっそりお盆にのせて、お客様の元へと運んだ。
「お待たせ致しました。ご注文のお品と……」
コトリとお刺身の入った小鉢を机に置く。
「さっき失礼なことを言っちゃったお詫びです」
「……」
「もしかしてお刺身ダメでした?!」
だけど、バイトを始めて半年の私には勝手にこれ以上のサービスは出来ない……。
しどろもどろしていると、
「大丈夫」
それだけ言うと、彼は割り箸を手に取った。
「ご、ごゆっくり」
いつまでも食べる様を見ているのは良くない。
私はまたしても深くお辞儀をしてその場を後にした。
しばらくすると、レジの呼び出しベルが鳴った。
「はーい!」
誰が鳴らしたのかは行かなくても分かる。
だって、お客様は彼しかいないのだから。
「伝票お預かりします」
レジに料理名を打ち込み、会計を済ませる。
「ありがとうございました〜」
「お刺身、ご馳走さま」
「!?」
去り際に言うものだから、私はいつも以上に大きな声で挨拶をした。
「またいらしてくださいね!」
大人しい人だと思っていたけれど、意外とお喋りできて嬉しかった。
また他のお客様がいないタイミングで来てくれないかな。
そんなことを思いながら、彼の後ろ姿を見送る。
1/10ページ
