合鍵
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どこかのんびりした休日の朝、私の心は穏やかではなかった。
なぜなら、先生に異動のことを伝えられないまま、ズルズルと時間だけが過ぎ、今日まで来てしまったから。
だけど、先生が家にいる今こそ、絶対に話さなければいけない。
それなのに、いきなり伝える勇気は出なくて、結局いつも通りに家事を始めてしまった。
掃除機を掛けたり、洗濯物を干しながら、なんて話を切り出そうか、ブツブツと練習する。
先生は、そんな私をチラりとも見ずに、ソファで新聞を広げている。
時折ページをめくる音と、咳払いが聞こえてきた。
家事に一段落ついたころ、いつものようにキッチンに立った。
先生の横顔を見つめながら、意を決して声を掛ける。
「先生、お茶淹れますけど飲みますか?」
振り返った先生は、眠そうな顔で少しだけこちらを見る。
「ああ。頼む」
2人分の湯呑みを用意して、お茶を淹れる。
それを持って先生の前の机に置き、私も向かいのソファにゆっくりと腰掛ける。
先生は新聞越しに、
「悪いな」
と呟いた。
2人してお茶を啜る。
お茶が熱いからか、これから話すことで緊張しているからか、手のひらがじんわりと汗ばむ。
「先生……」
「なんだ?」
湯呑みを置いて、しっかりと先生を視界に捉える。
「私、そろそろここを出ていきますね」
先生の表情を必死に探る。
だけど、返ってきたのは思ったよりも素っ気ない声だった。
「そうか」
期待していないと言ったら嘘になるけれど、もう少し驚くなり、慌てて欲しかった。
やっぱり、寂しいと思っていたのは私だけだったんだ。
冷たい先生の視線に耐えきれず、俯きかけた。
次の瞬間、
「いつでも遊びに来い」
先程とは打って代わり、優しい声。
それと同時に、先生は手元から、鍵を1つ取り出して、ことりと机の上に置いた。
「これ……」
「この家の鍵だ」
湯呑みから出ている白い湯気。
その向こう側に見える先生の顔は、どこか照れくさそうで、細い笑みが浮かんでいた。
合鍵なんて、いつの間に用意していたんだろう。
まるで私が出ていくのを知っていたような……。
まさか、この間の独り言のとき、先生は起きていた?
全て聞こえていた?
ズルいよ、先生……。
「毎日行くかもしれないですよ?」
拗ねたように呟くと、先生がチラりと私を見た。
「ほどほどにな」
クッと笑って、その笑顔がぼんやり胸に残る。
もう会えなくなるワケじゃない。
だから、大丈夫。
私はチャンスをもらえたんだ。
机に置かれた鍵を大切にそっと抱きしめた。
ーーFinーー
なぜなら、先生に異動のことを伝えられないまま、ズルズルと時間だけが過ぎ、今日まで来てしまったから。
だけど、先生が家にいる今こそ、絶対に話さなければいけない。
それなのに、いきなり伝える勇気は出なくて、結局いつも通りに家事を始めてしまった。
掃除機を掛けたり、洗濯物を干しながら、なんて話を切り出そうか、ブツブツと練習する。
先生は、そんな私をチラりとも見ずに、ソファで新聞を広げている。
時折ページをめくる音と、咳払いが聞こえてきた。
家事に一段落ついたころ、いつものようにキッチンに立った。
先生の横顔を見つめながら、意を決して声を掛ける。
「先生、お茶淹れますけど飲みますか?」
振り返った先生は、眠そうな顔で少しだけこちらを見る。
「ああ。頼む」
2人分の湯呑みを用意して、お茶を淹れる。
それを持って先生の前の机に置き、私も向かいのソファにゆっくりと腰掛ける。
先生は新聞越しに、
「悪いな」
と呟いた。
2人してお茶を啜る。
お茶が熱いからか、これから話すことで緊張しているからか、手のひらがじんわりと汗ばむ。
「先生……」
「なんだ?」
湯呑みを置いて、しっかりと先生を視界に捉える。
「私、そろそろここを出ていきますね」
先生の表情を必死に探る。
だけど、返ってきたのは思ったよりも素っ気ない声だった。
「そうか」
期待していないと言ったら嘘になるけれど、もう少し驚くなり、慌てて欲しかった。
やっぱり、寂しいと思っていたのは私だけだったんだ。
冷たい先生の視線に耐えきれず、俯きかけた。
次の瞬間、
「いつでも遊びに来い」
先程とは打って代わり、優しい声。
それと同時に、先生は手元から、鍵を1つ取り出して、ことりと机の上に置いた。
「これ……」
「この家の鍵だ」
湯呑みから出ている白い湯気。
その向こう側に見える先生の顔は、どこか照れくさそうで、細い笑みが浮かんでいた。
合鍵なんて、いつの間に用意していたんだろう。
まるで私が出ていくのを知っていたような……。
まさか、この間の独り言のとき、先生は起きていた?
全て聞こえていた?
ズルいよ、先生……。
「毎日行くかもしれないですよ?」
拗ねたように呟くと、先生がチラりと私を見た。
「ほどほどにな」
クッと笑って、その笑顔がぼんやり胸に残る。
もう会えなくなるワケじゃない。
だから、大丈夫。
私はチャンスをもらえたんだ。
机に置かれた鍵を大切にそっと抱きしめた。
ーーFinーー
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