脂肪=幸せの量
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〜脂肪=幸せの量〜
キッチンでは、炒めた野菜とお肉の甘じょっぱい香りが漂う。
私の個性『はかり』は、持った物の重さを1グラムの狂いもなく教えてくれる。
砂糖をひと掬いから、醤油をひと回しまで、その全てが、私の意のままに決まる。
調理専門学校を経て、飲食の道へ。
料理を作ることは、まさに私にとって天職だった。
そして恋人のツカサに腕を振るう時間こそが、私の個性が最も輝く瞬間のはずだった。
「はい、お待たせ。今日は肉じゃがだよ」
湯気を立てる皿をテーブルに置く。
だけど、いつもなら「待ってました!」と食らいつくはずのツカサの反応が鈍い。
それどころか、急に食べる手を止めて箸を置いた。
「……ツカサ?どうしたの、冷めちゃうよ」
怪訝に思い、私は自分の分の肉じゃがを口に運んだ。
舌の上でとろける玉ねぎ、ホクホクのじゃがいも、ほどよい脂身のお肉。
そのどれもが完璧だった。
「なあ、●●……」
ツカサはようやく口を開いた。
だけど、その声のトーンは低く重苦しかった。
「お前の作る飯なんだけどさ……」
「うん、口に合わなかった?」
「そうじゃない。……俺さ、お前と付き合い始めてから、もう10キロも太ったんだよ」
突きつけられたのは、予想だにしない言葉だった。
膨らんだ彼の腹部を見れば、確かに以前より体格が良くなっている。
だけど、それは彼が私の料理を喜んでくれた証ではないのか。
「それが何?私はツカサが太っても気にしないよ?」
私は精一杯のフォローを言葉にした。
見た目の変化なんて、積み重ねた時間に比べれば些細なこと。
だって、私は彼の中身に惚れたのだから。
だけど、ツカサの顔は怒りで赤く染まった。
「いや、俺が気にするんだよ!」
「?!」
怒号が狭いダイニングに響く。
「友達には太ったって言われるし、女にはモテなくなったし」
耳を疑った。
私という彼女がいながら、他の女性にモテる必要がどこにあるというのか。
呆然とする私を置き去りにして、ツカサは勝手な言い分を話し始める。
「今年から新入社員の指導係を頼まれてさ、その子がめちゃくちゃ可愛くて。やっぱり格好良いって思われたいじゃん」
ああ、なるほど。
あわよくば乗り換えたい、と……。
私の心の中で、何かが冷めていく音がした。
「はっきり言えばいいじゃん」
「あん?」
「私と別れたいって」
核心を突くと、ツカサは気まずそうに視線を逸らしたけれど、すぐに図々しい本音を漏らした。
「……だけどさ、お前の飯は本当に美味いだろ?手放すのは惜しいっていうか……」
胃の底からせり上がる吐き気を覚えた。
私はツカサの飯炊き係じゃない。
「それなら、その可愛い可愛い新入社員の子に作ってもらえばいいんじゃない?」
「それが、その子の昼飯がいつもコンビニ弁当でさ。自炊苦手っぽくて……」
ツカサは椅子を鳴らして立ち上がり、あろうことか私に両手を合わせた。
「だから、頼む!明日から俺のためにヘルシーなダイエット飯を作ってくれ! 」
その笑顔は、かつて私が愛しいと思ったものと同じだった。
だけど、今の私にはその笑顔ですら醜く見える。
「出てって……」
「え?」
ツカサはポカンと口を開けた後、信じられないものを見るような目で私を睨みつけた。
「そんなに怒ることかよ!だって、●●は飯を作るのが好きなんだろ?だったら、要望に応えるのが普通だろ!」
私は、好きな人に「美味しい」と笑って欲しくて作ってきたのであって、アナタの次の恋のために作りたいワケじゃない。
「人を馬鹿にするのも、いい加減にして!」
「ああ、そうかよ!お前がそんな薄情な女だとは思わなかったぜ!」
薄情……。
彼のために彼の好みのご飯を作り続けた私に向かって、アナタはその言葉を投げつけた。
「お望み通り別れてやるよ!クソッ、飯が美味いだけの女が!」
ツカサは乱暴に自分の荷物をひったくり、玄関の扉を壊れんばかりの勢いで閉めて出ていった。
静まり返った室内。
テーブルの上には、すっかり冷めた肉じゃがが残されている。
私は掌をそっと握りしめた。
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