食べたい、食べられたい
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お昼休み。
この日は「用事があるから先に空き教室で待っていて」と治君に言われた。
誰もいない静かな教室で、私はポツンと1人、扉が開く音を待っていた。
しばらくすると、いつもの大きな保冷バッグの他に、可愛くラッピングされたクッキーの袋を手にした治君が入ってきた。
「ごめんな、お待たせ」
「ううん。……そのクッキー、どうしたの?」
思わず視線がそこへ向かう。
「ああ、これな。1年生の後輩が調理実習で作ったから食べてくださいって、さっき受け取りに行っとったんや」
「ふーん……」
そういえば、私も去年の調理実習で作った気がする。
そうか、今の時期がちょうどそうなんだ。
なんとなく胸の奥がザワついたのを、彼は逃さなかった。
「あ、もしかして嫉妬してもおた?せやけど、食いもんに罪はないからな」
何も言っていないのに、勝手に人の気持ちを決めつけて。
「いいから、お昼食べよ? お腹空いちゃった」
「ほんまに食いしん坊やねんから」
「……」
「嘘、嘘!そない怖い顔せんと」
怖い顔って……。
元々こういう顔だし、と心の中で毒づく。
罰として、私もそのクッキーを食べてやろう。
そんな小さな復讐心を抱きながら、いつものようにお弁当を食べ終えた後、私はひょいと袋の中のクッキーを摘んだ。
「……美味しい」
「せやな!」
サクサクとした食感と共に、甘みが広がる。
だけど、考えないようにしても、どんな子が作ったんだろう、という疑問が頭を離れない。
1年生の後輩。
部活のマネージャー。
それとも委員会の子だろうか。
その子は、治君のことが好きなんだろうか。
私みたいに、クッキーをきっかけに彼の胃袋を掴もうとしているのだろうか。
そんな考えも他所に、治君は「うまいうまい」と、次々にクッキーを頬張っている。
「あ、……口元にカスが付いてるよ」
「本当 ?」
舌で取ろうとしているけれど、全然届いていない。
「ここだよ」
私は思わず、自分のハンカチで彼の口元をそっと拭いてあげた。
「おおきに」
ニヘラっと笑う治君。
もし、彼がそのクッキーの子と付き合ってしまったら。
もうこんな風に、2人きりでお弁当を食べる時間はやってこないのかもしれない。
なんか、嫌だ……。
告白もしないまま、突然彼に彼女ができてしまったら。
そんなの、考えるまでもなく後悔するに決まっている。
どうして気持ちを伝えなかったの?
なんで素直にならなかったの?
きっとその思いは、ずっと凝りとして心に残るだろう。
それなら、今こそ勇気を振り絞るべきなんじゃないだろうか。
いきなりこんなことを言って引かれないだろうか。
対抗して私もクッキーを焼いてからの方がいいんじゃないか……。
自分を奮い立たせたばかりなのに、不安が駆け巡って挫けそうになる。
だけど、しない後悔より、する後悔。
私は勢いのまま、震える声で気持ちをぶつけた。
「ねえ、治君」
喉がキュッと締まる。
「私、治君のことが好き。……ハグ友達なんかじゃなくて、本当の彼女になりたい……です」
「ありがとう。せやけど、俺……」
治君の顔を見ると、困っているように見えた。
心臓が冷たくなる。
なんだ、やっぱり私の勘違いだったんだ。
下の名前で呼んでくれるのも、お弁当を作ってくれるのも、ただ私が太っていて抱き心地が良かったから、食べているところを見るのが面白かったから……。
恥ずかしい。消えてしまいたい。
この場から逃げ出そうとした、その時だった。
「とうに●●ちゃんと付き合うてるつもりやった」
「え……いつから」
「いつからって、●●ちゃんが俺に彼女がおるって勘違いしとったとき。俺、好きだって告白したやんな?」
あれは、あれが告白だったの?
確かに好きだとは言われたけれど、「付き合おう」という言葉はなかったから、私も返事をしていない。
だけど治君にとっては、あの時から私はもう、彼女だったのだ。
「もしかして、伝わっとらへんかった?」
「……ごめん」
「なんや俺、1人で舞い上がっとったみたいで恥ずいやん」
彼は顔を真っ赤にして、あちゃーと頭を抱えた。
「それやったら、改めまして。……俺と付き合うてくれへんか?」
「いいの……?」
「ええも何も、お願いしとるんやけど」
そう言って、彼は溶けるような優しい顔をした。
断る理由なんて、どこにもない。
私は俯きながら、小さな声で頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
やっと繋がった心。
安堵と喜びで胸がいっぱいになったのも束の間、彼は私の腰を抱き寄せながら、どこか不敵な笑みを浮かべて囁いた。
「そうと決まれば、そのうち俺のアレも食べてもらわへんとな」
「え……」
……アレって、何?
感動の余韻を吹き飛ばすような、あまりに直球な下ネタ。
私はとんでもない人を好きになってしまったのではないかと、これからの日々に一抹の不安を覚えつつ、それでも繋がった手の温もりに、少しだけ口角を上げた。
ーーFinーー
この日は「用事があるから先に空き教室で待っていて」と治君に言われた。
誰もいない静かな教室で、私はポツンと1人、扉が開く音を待っていた。
しばらくすると、いつもの大きな保冷バッグの他に、可愛くラッピングされたクッキーの袋を手にした治君が入ってきた。
「ごめんな、お待たせ」
「ううん。……そのクッキー、どうしたの?」
思わず視線がそこへ向かう。
「ああ、これな。1年生の後輩が調理実習で作ったから食べてくださいって、さっき受け取りに行っとったんや」
「ふーん……」
そういえば、私も去年の調理実習で作った気がする。
そうか、今の時期がちょうどそうなんだ。
なんとなく胸の奥がザワついたのを、彼は逃さなかった。
「あ、もしかして嫉妬してもおた?せやけど、食いもんに罪はないからな」
何も言っていないのに、勝手に人の気持ちを決めつけて。
「いいから、お昼食べよ? お腹空いちゃった」
「ほんまに食いしん坊やねんから」
「……」
「嘘、嘘!そない怖い顔せんと」
怖い顔って……。
元々こういう顔だし、と心の中で毒づく。
罰として、私もそのクッキーを食べてやろう。
そんな小さな復讐心を抱きながら、いつものようにお弁当を食べ終えた後、私はひょいと袋の中のクッキーを摘んだ。
「……美味しい」
「せやな!」
サクサクとした食感と共に、甘みが広がる。
だけど、考えないようにしても、どんな子が作ったんだろう、という疑問が頭を離れない。
1年生の後輩。
部活のマネージャー。
それとも委員会の子だろうか。
その子は、治君のことが好きなんだろうか。
私みたいに、クッキーをきっかけに彼の胃袋を掴もうとしているのだろうか。
そんな考えも他所に、治君は「うまいうまい」と、次々にクッキーを頬張っている。
「あ、……口元にカスが付いてるよ」
「
舌で取ろうとしているけれど、全然届いていない。
「ここだよ」
私は思わず、自分のハンカチで彼の口元をそっと拭いてあげた。
「おおきに」
ニヘラっと笑う治君。
もし、彼がそのクッキーの子と付き合ってしまったら。
もうこんな風に、2人きりでお弁当を食べる時間はやってこないのかもしれない。
なんか、嫌だ……。
告白もしないまま、突然彼に彼女ができてしまったら。
そんなの、考えるまでもなく後悔するに決まっている。
どうして気持ちを伝えなかったの?
なんで素直にならなかったの?
きっとその思いは、ずっと凝りとして心に残るだろう。
それなら、今こそ勇気を振り絞るべきなんじゃないだろうか。
いきなりこんなことを言って引かれないだろうか。
対抗して私もクッキーを焼いてからの方がいいんじゃないか……。
自分を奮い立たせたばかりなのに、不安が駆け巡って挫けそうになる。
だけど、しない後悔より、する後悔。
私は勢いのまま、震える声で気持ちをぶつけた。
「ねえ、治君」
喉がキュッと締まる。
「私、治君のことが好き。……ハグ友達なんかじゃなくて、本当の彼女になりたい……です」
「ありがとう。せやけど、俺……」
治君の顔を見ると、困っているように見えた。
心臓が冷たくなる。
なんだ、やっぱり私の勘違いだったんだ。
下の名前で呼んでくれるのも、お弁当を作ってくれるのも、ただ私が太っていて抱き心地が良かったから、食べているところを見るのが面白かったから……。
恥ずかしい。消えてしまいたい。
この場から逃げ出そうとした、その時だった。
「とうに●●ちゃんと付き合うてるつもりやった」
「え……いつから」
「いつからって、●●ちゃんが俺に彼女がおるって勘違いしとったとき。俺、好きだって告白したやんな?」
あれは、あれが告白だったの?
確かに好きだとは言われたけれど、「付き合おう」という言葉はなかったから、私も返事をしていない。
だけど治君にとっては、あの時から私はもう、彼女だったのだ。
「もしかして、伝わっとらへんかった?」
「……ごめん」
「なんや俺、1人で舞い上がっとったみたいで恥ずいやん」
彼は顔を真っ赤にして、あちゃーと頭を抱えた。
「それやったら、改めまして。……俺と付き合うてくれへんか?」
「いいの……?」
「ええも何も、お願いしとるんやけど」
そう言って、彼は溶けるような優しい顔をした。
断る理由なんて、どこにもない。
私は俯きながら、小さな声で頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
やっと繋がった心。
安堵と喜びで胸がいっぱいになったのも束の間、彼は私の腰を抱き寄せながら、どこか不敵な笑みを浮かべて囁いた。
「そうと決まれば、そのうち俺のアレも食べてもらわへんとな」
「え……」
……アレって、何?
感動の余韻を吹き飛ばすような、あまりに直球な下ネタ。
私はとんでもない人を好きになってしまったのではないかと、これからの日々に一抹の不安を覚えつつ、それでも繋がった手の温もりに、少しだけ口角を上げた。
ーーFinーー
