食べたい、食べられたい
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「ここの教室、空いてんで!誰もおらんでよかったな」
治君の声が、誰もいない静かな教室に少しだけ反響する。
「そうだね」
私は、心臓の音を悟られないように、努めて短く返した。
「ほら座って」
手慣れた様子で椅子を引いてくれる彼。
正直、彼がいなければもっと落ち着いて、小さなお弁当に向き合えるのに……。
こうなったら、気まずくなる前にパッと食べて、サッと教室に戻ろう。
そう決めて鞄からお弁当箱を取り出した、その時だった。
「ちょっと待ちい!●●ちゃんに、俺の作った弁当を食べてもらいたいんやけど」
「……え、なんで?」
唐突な申し出に固まる私を、彼は真っ直ぐに見つめて言った。
「俺が、●●ちゃんの美味しそうに食べる顔が好きやから」
まただ。
やたらむやみに“好き”なんて言葉を使ってくる。
舞い上がってはいけない。
これはきっと、もっと別の……。
「……動物に餌をやってる時の感情?」
「ちゃうちゃう。そんなんやのうて……俺の性癖?」
性癖……。
思わず箸を落としそうになった。
食べている姿を見るのが性癖って、治君はもしかして、とんでもなく変わった人なのではないだろうか。
引き気味な私の様子に気付いたのか、彼は眉を下げて、少しだけ拗ねたような顔をした。
「ほんで、食べてくれへんの?●●ちゃんに食べてもらいとうて、一生懸命作ったのになー」
「うっ……」
そこまで言われて断れるほど、私は鬼にはなれなかった。
「……分かったわよ」
満足そうに微笑んだ治君は、大きな保冷バッグから1つのお弁当箱を取り出した。
「●●ちゃんのお弁当は俺が代わりに食べるから。はい、こっちね」
「え、足りる?私の、すごく少ないよ」
「心配いらへん。自分用の弁当も持っとるからな」
なるほど、だから今日は保冷バッグが二回りも大きかったのか。
自分用と、私を餌付けするため用。
手渡されたお弁当箱を開けると、そこには男子高生が作ったとは思えないほど、彩り豊かなおかずが並んでいた。
てっきり、茶色一色だと思っていたのに……。
「……凄い。美味しそう」
「せやろ?さっ、食べてみい」
期待に満ちた視線を浴びながら、一口運ぶ。
見た目通り、味も絶品だった。
だけど……。
「……そんなに見られると、食べづらい。あっち向いてて」
「なんでや。そないしたら、食べとるところ見れへんやん」
だから、それを見られるのが恥ずかしいと言っているのに。
だけど、あまりの美味しさに箸は止まらず、気付けば綺麗に完食していた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
「お弁当箱、洗って返すね。本当に美味しかった」
「気にせんでええよ。明日も作ってくるし」
え、明日も……?
さすがに、それは申し訳なさが勝ってしまう。
「悪いよ、さすがに」
「俺がそうしたいからええんよ」
「それなら、何か代わりにお礼をさせて。……何がいい?」
私のその言葉を待っていたのだろう。治君の口角が、ニヤリと吊り上がった。
「せやったら、ハグさせてよ」
冗談だと思っていたあの言葉は、本気だったのか。
返事に詰まって固まっていると、彼は逃げ道を塞ぐように言葉を重ねた。
「俺の弁当、美味かったやろ?」
「……グッ」
拒否権など、最初からなかったのだ。
すっかり餌付けされてしまった自分を呪いたい。
「……無言は肯定と捉えるからな。ほな、試しに今日から」
緊張で全身がガチガチになる。
そんな私の様子を見て、彼は低く笑った。
「ははは、そない緊張せんでええよ。取って食おうなんてしぃひんから。……今はな」
今は、って……。
あっけに取られている間に、治君の逞しい腕が私の体を包み込んだ。
「……柔らかいな」
「っ……」
階段で助けてもらった時とは比べ物にならない密着感。
耳元で響く彼の鼓動と、少し低い声。
「あらら、顔真っ赤やん」
「そ、そりゃ、そうなるよ……!」
むしろ、どうしてそんなに平然としていられるの?
その日から、お昼休みは空き教室で治君の手作り弁当を食べ、その後は決まって数秒間のハグをする。
そんな、奇妙で甘いルーティンが始まってしまった。
治君の声が、誰もいない静かな教室に少しだけ反響する。
「そうだね」
私は、心臓の音を悟られないように、努めて短く返した。
「ほら座って」
手慣れた様子で椅子を引いてくれる彼。
正直、彼がいなければもっと落ち着いて、小さなお弁当に向き合えるのに……。
こうなったら、気まずくなる前にパッと食べて、サッと教室に戻ろう。
そう決めて鞄からお弁当箱を取り出した、その時だった。
「ちょっと待ちい!●●ちゃんに、俺の作った弁当を食べてもらいたいんやけど」
「……え、なんで?」
唐突な申し出に固まる私を、彼は真っ直ぐに見つめて言った。
「俺が、●●ちゃんの美味しそうに食べる顔が好きやから」
まただ。
やたらむやみに“好き”なんて言葉を使ってくる。
舞い上がってはいけない。
これはきっと、もっと別の……。
「……動物に餌をやってる時の感情?」
「ちゃうちゃう。そんなんやのうて……俺の性癖?」
性癖……。
思わず箸を落としそうになった。
食べている姿を見るのが性癖って、治君はもしかして、とんでもなく変わった人なのではないだろうか。
引き気味な私の様子に気付いたのか、彼は眉を下げて、少しだけ拗ねたような顔をした。
「ほんで、食べてくれへんの?●●ちゃんに食べてもらいとうて、一生懸命作ったのになー」
「うっ……」
そこまで言われて断れるほど、私は鬼にはなれなかった。
「……分かったわよ」
満足そうに微笑んだ治君は、大きな保冷バッグから1つのお弁当箱を取り出した。
「●●ちゃんのお弁当は俺が代わりに食べるから。はい、こっちね」
「え、足りる?私の、すごく少ないよ」
「心配いらへん。自分用の弁当も持っとるからな」
なるほど、だから今日は保冷バッグが二回りも大きかったのか。
自分用と、私を餌付けするため用。
手渡されたお弁当箱を開けると、そこには男子高生が作ったとは思えないほど、彩り豊かなおかずが並んでいた。
てっきり、茶色一色だと思っていたのに……。
「……凄い。美味しそう」
「せやろ?さっ、食べてみい」
期待に満ちた視線を浴びながら、一口運ぶ。
見た目通り、味も絶品だった。
だけど……。
「……そんなに見られると、食べづらい。あっち向いてて」
「なんでや。そないしたら、食べとるところ見れへんやん」
だから、それを見られるのが恥ずかしいと言っているのに。
だけど、あまりの美味しさに箸は止まらず、気付けば綺麗に完食していた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
「お弁当箱、洗って返すね。本当に美味しかった」
「気にせんでええよ。明日も作ってくるし」
え、明日も……?
さすがに、それは申し訳なさが勝ってしまう。
「悪いよ、さすがに」
「俺がそうしたいからええんよ」
「それなら、何か代わりにお礼をさせて。……何がいい?」
私のその言葉を待っていたのだろう。治君の口角が、ニヤリと吊り上がった。
「せやったら、ハグさせてよ」
冗談だと思っていたあの言葉は、本気だったのか。
返事に詰まって固まっていると、彼は逃げ道を塞ぐように言葉を重ねた。
「俺の弁当、美味かったやろ?」
「……グッ」
拒否権など、最初からなかったのだ。
すっかり餌付けされてしまった自分を呪いたい。
「……無言は肯定と捉えるからな。ほな、試しに今日から」
緊張で全身がガチガチになる。
そんな私の様子を見て、彼は低く笑った。
「ははは、そない緊張せんでええよ。取って食おうなんてしぃひんから。……今はな」
今は、って……。
あっけに取られている間に、治君の逞しい腕が私の体を包み込んだ。
「……柔らかいな」
「っ……」
階段で助けてもらった時とは比べ物にならない密着感。
耳元で響く彼の鼓動と、少し低い声。
「あらら、顔真っ赤やん」
「そ、そりゃ、そうなるよ……!」
むしろ、どうしてそんなに平然としていられるの?
その日から、お昼休みは空き教室で治君の手作り弁当を食べ、その後は決まって数秒間のハグをする。
そんな、奇妙で甘いルーティンが始まってしまった。
