その男、盗賊につき
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〜その男、盗賊につき〜
今日も怒られてばかりの1日だった。
社会人になって、まだほんの数ヶ月。
慣れない仕事は思った以上に大変で、ミスばかりが目立つ。
その度に上司に注意され、自分がどんどん惨めになっていった。
だから、少しでも会社の役に立ちたくて、終業後にタイムカードを通してから残業をする。
……。
…………。
「そろそろ帰るか……」
オフィスに灯る最後の明かりを消し、私は職場を後にした。
時計を見ると終電はとうに過ぎている。
無人のビルから出ると、夜風が頬を撫でた。
いつもならすぐに帰って死んだように眠るけれど、なんだか家に帰る気にもなれず、途中の公園に立ち寄ることにした。
静かな公園。
誰もいないベンチに腰掛けて深いため息をつく。
ふと見上げれば、桜がまだ咲いていた。
意図せず夜桜を眺められて、少しだけ得をしたような気持ちになる。
そんなことを思っていると、
「やあやあ、お嬢さん。ずいぶんお疲れみたいだね」
「?!」
突然、聞き慣れない低い声が背後からした。
驚いて振り返ると、そこには黒いシルクハットを深くかぶった男性が立っていた。
顔は帽子の影でほとんど見えない。
「よければ、ちょっとしたマジックでも見ていかないかい?」
そう言って、彼は懐から1つのビー玉を取り出した。
淡い街灯の光により、キラキラ光って見えるビー玉。
それを指の間に挟み、巧みに指から指の間へ移動させる。
そうかと思えばいつの間にか2つ、3つと数が増えた。
さらにビー玉は彼の袖の中からも現れ、耳の裏からも現れ、ありえない場所から次々と現れた。
ただのマジックなのに見入ってしまう。
「凄い……」
「驚くのはまだ早いよ?」
「?」
「最後にキミの悩み、全部圧縮しちゃうぜ?」
彼が私の鞄に触れると、先ほどマジックに使っていたものと同じビー玉に変身した。
そして、それとは別のビー玉を取り出し、指を鳴らしたかと思えば、今度は花束に変身した。
「どうぞ、お嬢さん?」
「あ、ありがとうございます……」
花束を受け取ると、ふわりと良い香りが漂ってきた。
呆気に取られていた私の前で、彼は肩をすくめてにっと笑う。
そして、立ち去ろうと背を向ける。
そんな彼を、私は思わず引き止めた。
「あ、あの……!」
「お代は結構。こんな夜に大したことはできないからさ」
「そうじゃなくて、鞄……返してもらえませんか?」
「ああ、すまないね。てっきり仕事に行きたくなくて、不要だと思ったから」
そう言い、彼はポケットから取り出したビー玉を、鞄に戻してくれた。
「ありがとうございます。あの……アナタの名前は?」
「おじさんは名乗るほどの者じゃないよ。まあ……強いて言うなら、しがない紳士、かな?」
そう言いながら、男性はシルクハットのつばを軽く指でつまみ、公園を後にした。
「紳士さん……」
不思議な人だった。
でも、胸が少しだけ、軽くなったような気がした。
静かな夜風が、私の頬をやさしく撫でていく。
ーーFinーー
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