思い出は思い出のままで
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〜思い出は思い出のままで〜
休日を利用して、久しぶりに帰郷した。
故郷の駅前は、都会の喧騒とは違う、ゆったりとした時間の流れを感じさせる。
懐かしい匂いを吸い込みながら、私は実家へと歩き始めた。
その時、目の前を横切った人物に私は意識を持っていかれた。
どこか懐かしい後ろ姿。
「もしかして、迫君?」
無意識にそう口にしていた。
名前を呼ぶと、彼は静かに反応し、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
よかった、人違いじゃなかった。
私は、一歩一歩、彼の元へ近付いた。
鼓動が微かに速くなっているのを感じる。
「覚えていないかな?私、小学校6年生の時に、迫君と同じクラスだった◯◯●●なんだけど……」
彼は一瞬、視線を彷徨わせた。
だけど、すぐに表情が和らいだ。
「……あぁー、◯◯さん。久しぶりだね」
その声は、記憶の中よりも大分低く、大人びていたけれど、確かに彼のものだった。
「元気?この辺に住んでるの?」
「ううん、今は地元から離れて就職したよ。迫君は?」
「俺も似たようなもん、かな」
「ねえ、迫君って今時間ある?よかったらそこの喫茶店でお茶でもしない?」
今日を逃したら、もう二度とこんな機会はやって来ないかもしれない。
そんな不安を抱えながら、彼の返事を待った。
「……まあ、少しだけなら」
彼の声はどこか控えめだったけれど、その言葉に安堵し、私は半ば強引に彼の手を引いた。
ーーーー
駅前の、古びたレンガ造りの喫茶店。
店頭のガラスケースに並ぶサンプルが、昭和の面影を残している。
カランコロン、とドアベルが鳴り、私たちは奥まったテーブル席に座った。
店内のBGMは耳慣れないクラシック音楽。
それが相まって、80年代に戻った感覚になる。
迫君は特殊なお仕事に就いているらしく、身の上話は言葉少なだった。
だから、私は率先して話し始めた。
この再会を、ただの偶然で終わらせたくなくて。
「そう言えば、6年生の時の給食費事件、覚えている?」
私は自分のコーヒーカップを両手で包み込みながら話し始めた。
「給食費事件?」
彼は、目の前の湯気の立つコーヒーを静かに啜りながら、少しだけ首を傾げる。
その仕草一つ一つが、どこか大人びて見えた。
「給食費が盗まれて、その日、体育の時間に保健室にいた私が疑われたんだけど、迫君が庇ってくれて……」
そう、あの時のことだ。
クラスの、あの重い空気、冷たい目つき。
あの時、誰もが私から離れていった中で、迫君だけが、ただ一人、静かに私の無実を主張してくれた。
それが、私の小学校時代の、最も鮮明で、最も大切な思い出になっていた。
卒業してから会うどころか連絡先すら知らない。
同窓会にも彼は来なかった。
このまま、あの時の記憶は、私の中だけで留めることになると思っていた矢先の、奇跡のような再会。
どうしても、この機会に改めて心からの感謝を伝えたかった。
「クラスのみんなは私のことを犯罪者を見るような目つきで睨みつけてきたけど、迫君だけは違ったんだよ」
その言葉は、思い出を懐かしむように、ゆっくりと口から出た。
「そうだったかな……」
迫君はそう呟き、遠い記憶を探るように、窓の外へと視線を向ける。
その横顔は、懐かしさよりも、どこか深い物思いに耽っているように見えた。
彼の記憶の中では、あの日の出来事は、私ほど大きな出来事ではないのかもしれない。
それでも、私に差し伸ばしてくれた一筋の光は事実だ。
「うん、だから、改めてあの時は庇ってくれてありがとう」
軽く頭を下げてから迫君の顔をうかがうと、何故か曇った表情を浮かべていた。
「◯◯さんの中では、俺はいつまで経ってもヒーローのままなんだな」
「そうだよ?」
「そっか……。まあ、久しぶりに懐かしい話が聞けて楽しかったよ。ありがとう」
そう言うと、迫君は2人分のコーヒー代を机に置き、立ち上がった。
このままでは彼が帰ってしまう。
だけど、私の手元には温かいコーヒーがまだ残っていた。
私は引き止めるために、咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「また会えるかな?」
「……俺が◯◯さんにとってヒーローのままなら、ね」
迫君は意味深な言葉を残してから、今度こそお店から出ていってしまった。
残された私と2つのコーヒーカップ。
私は自分のコーヒーに口を付けた。
「甘……」
砂糖もミルクも入っていない、ブラックコーヒー。
それなのに、やたら甘く感じたのは、私の味覚がおかしくなったのか、それとも彼への淡い想いが、コーヒーに溶け込んでいるからだろうか。
ーーFinーー
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