変わるモノ、変わらないモノ
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鋭児郎が黒髪になってから、何度目かのデート。
街路樹の緑が濃さを増していく初夏の午後、目的地へ向かって歩いていた。
待ち合わせの時から、やや曇りがちだった空が、歩き出してすぐに急に暗くなり始めた。
「うわ、降りそうだな」
鋭児郎が空を見上げるのと同時に、ポツポツと冷たいものが頬に落ちた。
「本当に降ってきちゃったー!」
「あそこで雨宿りしようぜ!」
私たちは顔を見合わせ、小走りで近くの商店の軒先に駆け込んだ。
道を行き交う人たちも、駆け足で屋根の下へと避難している。
シトシトと降る雨音の中、私たちは狭いスペースに並んで立つ。
濡れた肩がじんわり冷たい。
ふと横を見ると、鋭児郎の首すじから肩にかけて黒い液体が流れていた。
そんなに汚い雨が降っていただろうか。
自分の服を見るも、至って普通の雨だった。
じゃあ、なんで黒いの?
「鋭児郎、なんか黒いのが……」
指を指すと、鋭児郎も自分の肩に視線を落として指先で触れていた。
「あっ……やばっ」
心当たりがあるのか、鋭児郎はボソッと呟いた。
それと同時に、ふいに吹き込んだ風と雨で、彼の髪が前髪のあたりから赤くなり始めているのが見えた。
「……え?え、ちょっと待って、鋭児郎、髪が!?」
私の声に、彼はバツの悪そうな顔で苦笑いをした。
「はは……もう誤魔化せないか……。実は黒染めじゃなくて、即席の黒スプレーで染めてた」
雨で流れていく黒い色。
むき出しになった赤い髪が、どんどんいつもの“切島鋭児郎”の色にしていく。
「じゃあ……私とデートのときだけ……」
「おう……。その日だけ染めて、学校ではこの赤色」
鋭児郎は前髪をくるくると指に絡ませながら言った。
「なんでそんなこと……」
「そんなの、●●が赤髪嫌そうにしてたから……」
「……っ」
鋭児郎の言葉に返すことができず、しばし黙り込んでしまった。
確かに、私はずっと赤い髪の鋭児郎に戸惑いを感じていた。
見慣れない色、周りから浮いてしまう彼の姿に、心のどこかで不安や恥ずかしさを覚えていたのも事実だった。
だけど、それがまさか顔や態度に出ていただなんて。
「ごめん、鋭児郎……。私……赤髪の鋭児郎が、あんまり得意じゃなかった」
正直に伝えると、鋭児郎は一瞬、悲しそうに笑った。
でも、それでも彼はやっぱり優しい顔でこちらを見てくれていた。
「だよな……。正直に言ってくれて、ありがとう。だけど、これだけは言わせてくれ」
「何?」
「中学の時の俺は劣等感まみれのクソ野郎だった。それなのに、分け隔たりなく接してくれた●●に惹かれた……」
私は黙ったまま、雨に滲んでゆく鋭児郎の赤い髪の先を見つめた。
「高校に進学した今は、俺自身を好きでいられる自分になれた……」
鋭児郎は少し間を置き、意を決したように最後の言葉を振り絞った。
「そんな俺は嫌いか?」
「……」
変わったのは、鋭児郎じゃない。
変わったのは、私の方だった。
どうして私は、髪の色なんかで鋭児郎を否定しちゃったんだろう。
周りの目や常識、それに縛られて、大切な人の個性を見ようとしていなかった。
「……ねえ、鋭児郎」
私はようやく顔を上げ、彼の赤い髪をまっすぐ見つめた。
「私……自分が本当に情けない。鋭児郎が変わったみたいで嫌だったのに、実際に変わったのは私だったことに、今まで気付いていなかった。これからは目の前にいる鋭児郎をちゃんと見るから……だから……私のこと、嫌いにならないで……」
今にも消えそうな声で、私は鋭児郎に気持ちをぶつけた。
すると彼は、一瞬驚いたように目を見開き、それからゆっくりと、安堵したように笑った。
「嫌いになんてならないよ。俺はそんな●●のことが好きだから」
その言葉が、雨の中そっと心に沁みていった。
「鋭児郎……ありがとう……」
雨音と湿った空気の中、私は彼の赤い髪がこれまでよりもずっと鮮やかに、眩しく見えた。
赤い髪の切島鋭児郎。
今なら、誰よりも好きだと胸を張って言える気がした。
ーーFinーー
街路樹の緑が濃さを増していく初夏の午後、目的地へ向かって歩いていた。
待ち合わせの時から、やや曇りがちだった空が、歩き出してすぐに急に暗くなり始めた。
「うわ、降りそうだな」
鋭児郎が空を見上げるのと同時に、ポツポツと冷たいものが頬に落ちた。
「本当に降ってきちゃったー!」
「あそこで雨宿りしようぜ!」
私たちは顔を見合わせ、小走りで近くの商店の軒先に駆け込んだ。
道を行き交う人たちも、駆け足で屋根の下へと避難している。
シトシトと降る雨音の中、私たちは狭いスペースに並んで立つ。
濡れた肩がじんわり冷たい。
ふと横を見ると、鋭児郎の首すじから肩にかけて黒い液体が流れていた。
そんなに汚い雨が降っていただろうか。
自分の服を見るも、至って普通の雨だった。
じゃあ、なんで黒いの?
「鋭児郎、なんか黒いのが……」
指を指すと、鋭児郎も自分の肩に視線を落として指先で触れていた。
「あっ……やばっ」
心当たりがあるのか、鋭児郎はボソッと呟いた。
それと同時に、ふいに吹き込んだ風と雨で、彼の髪が前髪のあたりから赤くなり始めているのが見えた。
「……え?え、ちょっと待って、鋭児郎、髪が!?」
私の声に、彼はバツの悪そうな顔で苦笑いをした。
「はは……もう誤魔化せないか……。実は黒染めじゃなくて、即席の黒スプレーで染めてた」
雨で流れていく黒い色。
むき出しになった赤い髪が、どんどんいつもの“切島鋭児郎”の色にしていく。
「じゃあ……私とデートのときだけ……」
「おう……。その日だけ染めて、学校ではこの赤色」
鋭児郎は前髪をくるくると指に絡ませながら言った。
「なんでそんなこと……」
「そんなの、●●が赤髪嫌そうにしてたから……」
「……っ」
鋭児郎の言葉に返すことができず、しばし黙り込んでしまった。
確かに、私はずっと赤い髪の鋭児郎に戸惑いを感じていた。
見慣れない色、周りから浮いてしまう彼の姿に、心のどこかで不安や恥ずかしさを覚えていたのも事実だった。
だけど、それがまさか顔や態度に出ていただなんて。
「ごめん、鋭児郎……。私……赤髪の鋭児郎が、あんまり得意じゃなかった」
正直に伝えると、鋭児郎は一瞬、悲しそうに笑った。
でも、それでも彼はやっぱり優しい顔でこちらを見てくれていた。
「だよな……。正直に言ってくれて、ありがとう。だけど、これだけは言わせてくれ」
「何?」
「中学の時の俺は劣等感まみれのクソ野郎だった。それなのに、分け隔たりなく接してくれた●●に惹かれた……」
私は黙ったまま、雨に滲んでゆく鋭児郎の赤い髪の先を見つめた。
「高校に進学した今は、俺自身を好きでいられる自分になれた……」
鋭児郎は少し間を置き、意を決したように最後の言葉を振り絞った。
「そんな俺は嫌いか?」
「……」
変わったのは、鋭児郎じゃない。
変わったのは、私の方だった。
どうして私は、髪の色なんかで鋭児郎を否定しちゃったんだろう。
周りの目や常識、それに縛られて、大切な人の個性を見ようとしていなかった。
「……ねえ、鋭児郎」
私はようやく顔を上げ、彼の赤い髪をまっすぐ見つめた。
「私……自分が本当に情けない。鋭児郎が変わったみたいで嫌だったのに、実際に変わったのは私だったことに、今まで気付いていなかった。これからは目の前にいる鋭児郎をちゃんと見るから……だから……私のこと、嫌いにならないで……」
今にも消えそうな声で、私は鋭児郎に気持ちをぶつけた。
すると彼は、一瞬驚いたように目を見開き、それからゆっくりと、安堵したように笑った。
「嫌いになんてならないよ。俺はそんな●●のことが好きだから」
その言葉が、雨の中そっと心に沁みていった。
「鋭児郎……ありがとう……」
雨音と湿った空気の中、私は彼の赤い髪がこれまでよりもずっと鮮やかに、眩しく見えた。
赤い髪の切島鋭児郎。
今なら、誰よりも好きだと胸を張って言える気がした。
ーーFinーー
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