熟年夫婦初心者
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彼が去った後も、私はその場から動けず、立ち尽くしてしまった。
視界がじんわりと滲む。
地面にはポタポタと落ちた涙によって、ところどころ色が変わった。
改めて突きつけられた私と松川の関係。
「……他人に言われると、こんなにキツいんだ」
私はこんなにも松川のことが好きなのに。
震える手でスマホを取り出し、メッセージの履歴を遡った。
最近のやり取りは「了解」「分かった」そんな無機質な文字ばかり。
それらを見て見ぬフリをし、画面をスライドさせて数年前まで戻ると、そこには今よりずっとお喋りだった私たちがいた。
初めて彼の試合を見に行った時の写真。
絶妙な距離感を保って並ぶ2人は、幼くて、ぎこちない。
くっつきたくても勇気が出なくて、ただ制服の袖が触れるだけで舞い上がっていたあの頃。
……戻れるなら、戻りたいな。
最初からちゃんと「寂しい」も「会いたい」も言えていたら。
松川に好かれようとクールなフリなんてしなければ。
もう少しまともな関係を築けていたのだろうか。
いや、きっと彼は「面倒くさい」と、私を一蹴りしただろう。
「はは……。松川に好いてもらうのって、難しいや」
自嘲気味な笑いがこぼれた、その時。
「……なに、ポツンと立ってるの」
「え!?」
聞き間違えるはずのない声。
顔を上げると、体育館の入り口から松川がこちらを見つめていた。
ミーティングは体育館だったのか。
私は慌てて、涙を隠すように袖で目を擦った。
「あーあー、そんなにゴシゴシしたら赤くなるよ」
呆れたような、でもどこか焦ったような足音。
松川が私の側に寄り、逃げる間もなく私の腕を掴んだ。
「……っ!」
「ほら赤くなってる」
「手、離して」
「離さない」
掴まれている腕に力が入るのが分かった。
彼はじっと私の瞳を覗き込んできた。
「さっきの男に何言われたの?」
どこから見ていたのか、彼の声には少しの尖りが混じっていた。
「何も……」
「何もないワケないよね。そんな顔して」
いっそ、全部言ってしまった方が楽になるのかもしれない。
「周りからはもう別れそうに見えてるんだって」と。
でも、それを聞いた松川が「じゃあ、本当にそうするか」なんて言い出したら……。
嫌だな……。
別れたくないな……。
怖くて声が出ない。
「……」
黙り込む私を急かすこともせず、彼は私の震える肩を見つめていた。
そして、諦めたように、重い口を開いた。
「俺、アイツに◯◯を取られると思った」
予想もしなかった言葉に、思考が停止する。
取られる……?私が?
それは、初めて聞いた松川の嫉妬だった。
「松川?」
「アイツのことが好きなのか?」
「そんなワケないよ!私が好きなのは松川だもん!」
我慢していた涙が、また決壊した。
嗚咽を漏らす私の頬に、松川の指が優しく触れる。
彼は愛おしそうに、溢れる涙を掬い上げた。
「俺も……俺も◯◯のことが好き」
真っ直ぐに私を射抜く瞳。
そこには、私がずっと求めていた独占欲が宿っていた。
周りは勝手に熟年夫婦なんて呼ぶけれど。
本当の私たちは、相手の気持ち1つに怯えて、うまく言葉も伝えられない。
私たちは、まだ始まったばかりの。
誰よりも不器用な、熟年夫婦初心者だ。
ーーFinーー
視界がじんわりと滲む。
地面にはポタポタと落ちた涙によって、ところどころ色が変わった。
改めて突きつけられた私と松川の関係。
「……他人に言われると、こんなにキツいんだ」
私はこんなにも松川のことが好きなのに。
震える手でスマホを取り出し、メッセージの履歴を遡った。
最近のやり取りは「了解」「分かった」そんな無機質な文字ばかり。
それらを見て見ぬフリをし、画面をスライドさせて数年前まで戻ると、そこには今よりずっとお喋りだった私たちがいた。
初めて彼の試合を見に行った時の写真。
絶妙な距離感を保って並ぶ2人は、幼くて、ぎこちない。
くっつきたくても勇気が出なくて、ただ制服の袖が触れるだけで舞い上がっていたあの頃。
……戻れるなら、戻りたいな。
最初からちゃんと「寂しい」も「会いたい」も言えていたら。
松川に好かれようとクールなフリなんてしなければ。
もう少しまともな関係を築けていたのだろうか。
いや、きっと彼は「面倒くさい」と、私を一蹴りしただろう。
「はは……。松川に好いてもらうのって、難しいや」
自嘲気味な笑いがこぼれた、その時。
「……なに、ポツンと立ってるの」
「え!?」
聞き間違えるはずのない声。
顔を上げると、体育館の入り口から松川がこちらを見つめていた。
ミーティングは体育館だったのか。
私は慌てて、涙を隠すように袖で目を擦った。
「あーあー、そんなにゴシゴシしたら赤くなるよ」
呆れたような、でもどこか焦ったような足音。
松川が私の側に寄り、逃げる間もなく私の腕を掴んだ。
「……っ!」
「ほら赤くなってる」
「手、離して」
「離さない」
掴まれている腕に力が入るのが分かった。
彼はじっと私の瞳を覗き込んできた。
「さっきの男に何言われたの?」
どこから見ていたのか、彼の声には少しの尖りが混じっていた。
「何も……」
「何もないワケないよね。そんな顔して」
いっそ、全部言ってしまった方が楽になるのかもしれない。
「周りからはもう別れそうに見えてるんだって」と。
でも、それを聞いた松川が「じゃあ、本当にそうするか」なんて言い出したら……。
嫌だな……。
別れたくないな……。
怖くて声が出ない。
「……」
黙り込む私を急かすこともせず、彼は私の震える肩を見つめていた。
そして、諦めたように、重い口を開いた。
「俺、アイツに◯◯を取られると思った」
予想もしなかった言葉に、思考が停止する。
取られる……?私が?
それは、初めて聞いた松川の嫉妬だった。
「松川?」
「アイツのことが好きなのか?」
「そんなワケないよ!私が好きなのは松川だもん!」
我慢していた涙が、また決壊した。
嗚咽を漏らす私の頬に、松川の指が優しく触れる。
彼は愛おしそうに、溢れる涙を掬い上げた。
「俺も……俺も◯◯のことが好き」
真っ直ぐに私を射抜く瞳。
そこには、私がずっと求めていた独占欲が宿っていた。
周りは勝手に熟年夫婦なんて呼ぶけれど。
本当の私たちは、相手の気持ち1つに怯えて、うまく言葉も伝えられない。
私たちは、まだ始まったばかりの。
誰よりも不器用な、熟年夫婦初心者だ。
ーーFinーー
