あやとりかけとり
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「楽しかったね、心操君!」
カフェを出ると、街はすっかり夕焼けに染まっていた。
並んだ2つの影が長く伸びる。
「ああ。……久々に、ちゃんと息抜きできた」
心操君は私の方を真っ直ぐ見ながら、柔らかく笑う。
並んで駅へと歩く帰り道。
決して言葉は多くなかった。
好きだとか、付き合おうとか、そんな明確な告白の言葉なんて、当たり前だけれどない。
だけど、歩くたびに微かに触れ合う手と手に、心臓が跳ね上がり、期待してしまう。
繋ぎたいのに勇気が出なくて、でも離れたくなくて。
何度も意識してしまうくらいには、私たちの距離は縮まっていた。
この時間が、ずっとずっと続けばいいのに……。
沈みゆく夕日を見つめながら、私は静かに願っていた。
だけど、その平穏な時間は、あまりにも唐突に崩れ去った。
隣を歩く心操君の横顔にばかり気を取られていて、私は全く気付いていなかった。
少し先の雑居ビル周辺で、悲鳴と怒号が上がり、煙が立ち込めていたことに。
「……っ、◯◯さん、ちょっと回り道しよう!」
状況を察した心操君が私の袖を引っ張ろうとしたその瞬間、パニックに陥った群衆の波が一気に押し寄せてきた。
押し寄せる人の流れに、私の身体は簡単に心操君から引き裂かれ、事件の渦中へと流されてしまった。
「えっ、あ……心操君……っ!?」
「◯◯さん!手を掴め!!」
遠ざかっていく人波の向こうで、心操君が叫び声を上げ、必死に手を伸ばしてくる。
私も突き出された彼の手に指先を伸ばした。
だけど、あと数cmのところで虚しく空を切り、彼の姿は人の波に飲まれて消えた。
ようやく揉みくちゃの人波からはじき出されたと思ったら、そこはビルを破壊した凶悪なヴィランの目の前だった。
「なんだ、コイツは……。まあ、ちょうどいい盾が増えたな。オラッ、立て!」
「きゃあぁッ!?」
言うが先か、太い腕が私の腕を強引に掴み上げた。
強い力で絞り上げられ、骨が軋むような激痛が走る。
「◯◯さん!!」
人混みを押し分けて駆けつけてきた心操君が、青ざめた顔で目を見開いた。
「動くな!動くとコイツの首をへし折るぞ!」
捕縛布を構えようとした心操君の動きが、ヴィランの怒号によって固まる。
首元に突きつけられたヴィランの鋭い爪。
皮膚に冷たい感覚が走り、死の恐怖が思考を支配した。
嫌だ、死にたくない……っ!
助けて、心操君……!
呼吸が浅くなり、死の絶望が全身を駆け巡った瞬間、脳裏に母の声が蘇った。
“この力はいざという時以外使ってはいけない”
いざという時……。
それは、今だ。
娘が理不尽に命を落とすよりは、犯罪者と惹かれ合いながらも生き延びた方が、きっと母だって許してくれるはずだ。
ごめんね、心操君……。
涙で視界が歪む中、私は必死の思いで心操君を見つめた。
彼は何かを察したのか、必死の形相で首を横に振っていた。
私は震える手でポケットに手を突っ込み、丸まった赤い毛糸を取り出した。
解いた糸の輪を素早く自分の右小指に巻きつけ、もう片方の端を、目の前のヴィランの小指へと這わせる。
お願い……届いて……っ!
「……っ!」
やっとのことでヴィランの指に結び付けた糸。
後は個性を発動させるだけだ。
縁結び……!
次の瞬間、赤い毛糸が微かに光ったかのように見えた。
「ぬ……ぐっ……!?」
ヴィランの手がピタリと止まった。
私を絞め上げていた力がスッと抜け、彼は拘束を解くと、まるで聖女でも見るかのようなうっとりとした眼差しで私を見つめ、その場にズドンと膝をついた。
「これは……なんだ……?運命の出会いだ……!お嬢さん、名前を!名前を教えてくれ……っ!」
「あ……っ……」
それまでの命の危機が嘘のように、ヴィランは私に激しい情熱をぶつけてくる。
そして、個性に従い、私自身の胸の奥からも、抗いがたい強力な感情が溢れ出してきた。
なんか……胸が、熱い……?
この人のことが……愛おしい……?
殺されかけた相手であるはずなのに。
恐ろしい顔をした犯罪者であるはずなのに。
『縁結び』の個性が強制的に私の脳と感情を書き換え、目の前のヴィランに対して強烈な愛情を抱かせていく。
それと同時に、私の胸の奥で大切に育まれていた本当の恋心が、音を立てて消え去った。
誰かの温かい手、落ち着いた低い声、フッと柔らかく笑う顔。
思い出そうとしても、記憶に靄がかかったように曖昧になる。
歪んだ好意に満たされた私は、フラフラとヴィランの方へ引き寄せられそうになった。
「そこまでだ、ヴィラン!」
駆けつけたプロヒーローたちによって、事態は一気に収束へと向かった。
「おい、お前大人しくしろ!」
「放せ!俺の恋路を邪魔するな!好きだ!好きだお嬢さん!愛してるんだ!」
ヒーロー数人に取り押さえられ、手錠をかけられながらも、ヴィランは最後まで私に向かって叫び続けていた。
「あ……待って……っ」
引き離されていくヴィランを見て、私の胸は引きちぎられるような痛みに襲われた。
頭では恐ろしいと理解しているはずなのに、心が彼を愛おしいと叫んでいる。
「◯◯さん……!無事か!?」
呼ばれて振り返ると、肩を激しく上下させ、駆け寄ってきた心操君がいた。
その顔は、見たこともないほど必死で、激しく歪んでいる。
彼は私の無事を目で確かめると、ぎこちなく私の手をギュッと握りしめた。
「……よかった。無事で……本当に、よかった……」
絞り出すような彼の安堵の声。
だけど、ヴィランへ心が向いている私には、彼のその悲痛な表情の意味が、全く理解できなかった。
「……ごめん、心操君。手、放してもらってもいい?」
「……っ」
ただのクラスメイトである彼に、なぜそこまで深刻に心配されなければならないのだろう。
そう思いながら冷たく言葉を吐き捨てたはずなのに、彼の傷ついたような瞳を見た瞬間、なぜか胸の奥が痛くなった。
不意に、私の右小指に結ばれていた赤い毛糸がするりと抜け落ちた。
「あっ……」
拾い上げようと屈みかけた私の前に、心操君の大きな手がスッと伸びた。
彼は無言で糸を拾い上げると、手慣れた手つきで、輪っか状に結び直した。
「……はい、◯◯さん」
差し出された赤い糸。
心操君の指先から手渡されたそれを受け取ると、なんだか懐かしい気持ちになった。
「ありがとう……」
私はぽつりと呟き、手元に残った糸を見つめる。
「◯◯さんって……あやとりが得意なんだよな?」
彼の声は、どこか優しかった。
「うん……。でも、私……1人あやとりしか分からないんだよね」
感情を失ったかのように淡々と答える私に、心操君は少しだけ目を細め、フッと柔らかく微笑んだ。
「……教えてやるよ。2人あやとり」
日が沈み始め、夕闇が2人を包み込んでいく。
失ったものは大きいのかもしれない。
だけど、彼と一緒なら、それが何なのかを思い出せる気がした。
ーーFinーー
カフェを出ると、街はすっかり夕焼けに染まっていた。
並んだ2つの影が長く伸びる。
「ああ。……久々に、ちゃんと息抜きできた」
心操君は私の方を真っ直ぐ見ながら、柔らかく笑う。
並んで駅へと歩く帰り道。
決して言葉は多くなかった。
好きだとか、付き合おうとか、そんな明確な告白の言葉なんて、当たり前だけれどない。
だけど、歩くたびに微かに触れ合う手と手に、心臓が跳ね上がり、期待してしまう。
繋ぎたいのに勇気が出なくて、でも離れたくなくて。
何度も意識してしまうくらいには、私たちの距離は縮まっていた。
この時間が、ずっとずっと続けばいいのに……。
沈みゆく夕日を見つめながら、私は静かに願っていた。
だけど、その平穏な時間は、あまりにも唐突に崩れ去った。
隣を歩く心操君の横顔にばかり気を取られていて、私は全く気付いていなかった。
少し先の雑居ビル周辺で、悲鳴と怒号が上がり、煙が立ち込めていたことに。
「……っ、◯◯さん、ちょっと回り道しよう!」
状況を察した心操君が私の袖を引っ張ろうとしたその瞬間、パニックに陥った群衆の波が一気に押し寄せてきた。
押し寄せる人の流れに、私の身体は簡単に心操君から引き裂かれ、事件の渦中へと流されてしまった。
「えっ、あ……心操君……っ!?」
「◯◯さん!手を掴め!!」
遠ざかっていく人波の向こうで、心操君が叫び声を上げ、必死に手を伸ばしてくる。
私も突き出された彼の手に指先を伸ばした。
だけど、あと数cmのところで虚しく空を切り、彼の姿は人の波に飲まれて消えた。
ようやく揉みくちゃの人波からはじき出されたと思ったら、そこはビルを破壊した凶悪なヴィランの目の前だった。
「なんだ、コイツは……。まあ、ちょうどいい盾が増えたな。オラッ、立て!」
「きゃあぁッ!?」
言うが先か、太い腕が私の腕を強引に掴み上げた。
強い力で絞り上げられ、骨が軋むような激痛が走る。
「◯◯さん!!」
人混みを押し分けて駆けつけてきた心操君が、青ざめた顔で目を見開いた。
「動くな!動くとコイツの首をへし折るぞ!」
捕縛布を構えようとした心操君の動きが、ヴィランの怒号によって固まる。
首元に突きつけられたヴィランの鋭い爪。
皮膚に冷たい感覚が走り、死の恐怖が思考を支配した。
嫌だ、死にたくない……っ!
助けて、心操君……!
呼吸が浅くなり、死の絶望が全身を駆け巡った瞬間、脳裏に母の声が蘇った。
“この力はいざという時以外使ってはいけない”
いざという時……。
それは、今だ。
娘が理不尽に命を落とすよりは、犯罪者と惹かれ合いながらも生き延びた方が、きっと母だって許してくれるはずだ。
ごめんね、心操君……。
涙で視界が歪む中、私は必死の思いで心操君を見つめた。
彼は何かを察したのか、必死の形相で首を横に振っていた。
私は震える手でポケットに手を突っ込み、丸まった赤い毛糸を取り出した。
解いた糸の輪を素早く自分の右小指に巻きつけ、もう片方の端を、目の前のヴィランの小指へと這わせる。
お願い……届いて……っ!
「……っ!」
やっとのことでヴィランの指に結び付けた糸。
後は個性を発動させるだけだ。
縁結び……!
次の瞬間、赤い毛糸が微かに光ったかのように見えた。
「ぬ……ぐっ……!?」
ヴィランの手がピタリと止まった。
私を絞め上げていた力がスッと抜け、彼は拘束を解くと、まるで聖女でも見るかのようなうっとりとした眼差しで私を見つめ、その場にズドンと膝をついた。
「これは……なんだ……?運命の出会いだ……!お嬢さん、名前を!名前を教えてくれ……っ!」
「あ……っ……」
それまでの命の危機が嘘のように、ヴィランは私に激しい情熱をぶつけてくる。
そして、個性に従い、私自身の胸の奥からも、抗いがたい強力な感情が溢れ出してきた。
なんか……胸が、熱い……?
この人のことが……愛おしい……?
殺されかけた相手であるはずなのに。
恐ろしい顔をした犯罪者であるはずなのに。
『縁結び』の個性が強制的に私の脳と感情を書き換え、目の前のヴィランに対して強烈な愛情を抱かせていく。
それと同時に、私の胸の奥で大切に育まれていた本当の恋心が、音を立てて消え去った。
誰かの温かい手、落ち着いた低い声、フッと柔らかく笑う顔。
思い出そうとしても、記憶に靄がかかったように曖昧になる。
歪んだ好意に満たされた私は、フラフラとヴィランの方へ引き寄せられそうになった。
「そこまでだ、ヴィラン!」
駆けつけたプロヒーローたちによって、事態は一気に収束へと向かった。
「おい、お前大人しくしろ!」
「放せ!俺の恋路を邪魔するな!好きだ!好きだお嬢さん!愛してるんだ!」
ヒーロー数人に取り押さえられ、手錠をかけられながらも、ヴィランは最後まで私に向かって叫び続けていた。
「あ……待って……っ」
引き離されていくヴィランを見て、私の胸は引きちぎられるような痛みに襲われた。
頭では恐ろしいと理解しているはずなのに、心が彼を愛おしいと叫んでいる。
「◯◯さん……!無事か!?」
呼ばれて振り返ると、肩を激しく上下させ、駆け寄ってきた心操君がいた。
その顔は、見たこともないほど必死で、激しく歪んでいる。
彼は私の無事を目で確かめると、ぎこちなく私の手をギュッと握りしめた。
「……よかった。無事で……本当に、よかった……」
絞り出すような彼の安堵の声。
だけど、ヴィランへ心が向いている私には、彼のその悲痛な表情の意味が、全く理解できなかった。
「……ごめん、心操君。手、放してもらってもいい?」
「……っ」
ただのクラスメイトである彼に、なぜそこまで深刻に心配されなければならないのだろう。
そう思いながら冷たく言葉を吐き捨てたはずなのに、彼の傷ついたような瞳を見た瞬間、なぜか胸の奥が痛くなった。
不意に、私の右小指に結ばれていた赤い毛糸がするりと抜け落ちた。
「あっ……」
拾い上げようと屈みかけた私の前に、心操君の大きな手がスッと伸びた。
彼は無言で糸を拾い上げると、手慣れた手つきで、輪っか状に結び直した。
「……はい、◯◯さん」
差し出された赤い糸。
心操君の指先から手渡されたそれを受け取ると、なんだか懐かしい気持ちになった。
「ありがとう……」
私はぽつりと呟き、手元に残った糸を見つめる。
「◯◯さんって……あやとりが得意なんだよな?」
彼の声は、どこか優しかった。
「うん……。でも、私……1人あやとりしか分からないんだよね」
感情を失ったかのように淡々と答える私に、心操君は少しだけ目を細め、フッと柔らかく微笑んだ。
「……教えてやるよ。2人あやとり」
日が沈み始め、夕闇が2人を包み込んでいく。
失ったものは大きいのかもしれない。
だけど、彼と一緒なら、それが何なのかを思い出せる気がした。
ーーFinーー
