あやとりかけとり
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「ただいま」
重い玄関の扉を閉めると、台所の方から夕食の匂いが漂ってきた。
いつもと変わらない我が家の空気。
靴を脱いで上がろうとすると、奥からパタパタとスリッパを鳴らして母が顔を出した。
「おかえり、●●。アレ……今日もちゃんと持ってるわよね?」
出迎えの挨拶もほどほどに、投げかけられたその言葉が私の気分を沈める。
母の言葉の意図を察して、私は制服のポケットに深く手を突っ込んだ。
指先に触れる柔らかい感触。
それを引き抜き、小さく丸まった赤い毛糸を母に見せた。
「持ってるよ。……ほら」
「よかった……。これからも、ちゃんと肌身離さず持っていなさいね。何かあってからじゃ遅いんだから」
私の返答を聞いて、母は安堵したような息を吐いた。
そのまま夕飯の準備に戻っていく母の背中を見送りながら、私は唇を噛み締める。
「……分かってるよ」
届くか届かないかほどの小さな呟きを残し、私は母から逃げるように階段を駆け上がった。
自室に入り、パタンとドアを閉める。
部屋の中は、窓から差し込む西日でオレンジ色に染まっていた。
私は鞄を床へ無造作に放り投げると、そのままベッドへ倒れ込んだ。
ギシッと弾むマットレスの上で仰向けになり、手のひらの上の赤い毛糸を見つめる。
その糸を強く握ると、壁に向かってブンッと投げてみた。
だけど、軽すぎる毛糸は空中で頼りなく舞っただけで、壁に届くこともなく、虚しく床へポトンと落ちた。
「……分かってなかったら、こんなの持ち歩かないよ」
誰に言うでもない言葉が、静かな部屋に響く。
母が私にこの赤い毛糸を持たせるようになったのは、個性が発現した幼少期だった。
“いい、●●?何があっても、この糸は肌身離さず持っていなさい”
幼かった私はその意味も分からず、ただ母の言いつけを守り、毛糸の両端を結んで1人であやとりをして遊んでいた。
だけど、高校生になった今ならその理由が分かる。
私の個性『縁結び』。
これは赤い糸で互いの小指を結べば、互いに惹かれ合ってしまう。
それは私にも例外ではないらしい。
だからこそ、母は続けてこう言ったのだ。
“個性を明かすのは結婚を決めた相手だけに。そして、この力はいざという時以外使ってはいけない”
それ以来、毎日のように糸を持っているか確認してくるようになったのだ。
学校で持ち物検査があるたび、ポケットから出てくるあやとりの糸を友達にからかわれた。
“まだそんな子どもっぽいことやってるの?”
“◯◯さんって、ひとり遊びが得意なんだね!”
悪気のない笑い声が、刃物のように私の心臓を刺す。
この糸には、嫌な思い出しかなかった。
好きで持ち歩いているワケじゃないのに。
だけど……。
床に転がった赤い糸に、ゆっくりと手を伸ばす。
指先で拾い上げると、まだほんのりと心操君の指先のぬくもりが残っているような気がした。
何度も触れそうになった指先、重なる視線、あの時間。
「2人あやとり、楽しかったな……」
ずっと嫌いだったはずの赤い糸。
だけど、今日だけはこの糸を持っていて本当に良かったと思えた。
手のひらの中で毛糸をギュッと優しく握りしめる。
私は静かに目を閉じ、昼間の出来事を何度も思い返していた。
重い玄関の扉を閉めると、台所の方から夕食の匂いが漂ってきた。
いつもと変わらない我が家の空気。
靴を脱いで上がろうとすると、奥からパタパタとスリッパを鳴らして母が顔を出した。
「おかえり、●●。アレ……今日もちゃんと持ってるわよね?」
出迎えの挨拶もほどほどに、投げかけられたその言葉が私の気分を沈める。
母の言葉の意図を察して、私は制服のポケットに深く手を突っ込んだ。
指先に触れる柔らかい感触。
それを引き抜き、小さく丸まった赤い毛糸を母に見せた。
「持ってるよ。……ほら」
「よかった……。これからも、ちゃんと肌身離さず持っていなさいね。何かあってからじゃ遅いんだから」
私の返答を聞いて、母は安堵したような息を吐いた。
そのまま夕飯の準備に戻っていく母の背中を見送りながら、私は唇を噛み締める。
「……分かってるよ」
届くか届かないかほどの小さな呟きを残し、私は母から逃げるように階段を駆け上がった。
自室に入り、パタンとドアを閉める。
部屋の中は、窓から差し込む西日でオレンジ色に染まっていた。
私は鞄を床へ無造作に放り投げると、そのままベッドへ倒れ込んだ。
ギシッと弾むマットレスの上で仰向けになり、手のひらの上の赤い毛糸を見つめる。
その糸を強く握ると、壁に向かってブンッと投げてみた。
だけど、軽すぎる毛糸は空中で頼りなく舞っただけで、壁に届くこともなく、虚しく床へポトンと落ちた。
「……分かってなかったら、こんなの持ち歩かないよ」
誰に言うでもない言葉が、静かな部屋に響く。
母が私にこの赤い毛糸を持たせるようになったのは、個性が発現した幼少期だった。
“いい、●●?何があっても、この糸は肌身離さず持っていなさい”
幼かった私はその意味も分からず、ただ母の言いつけを守り、毛糸の両端を結んで1人であやとりをして遊んでいた。
だけど、高校生になった今ならその理由が分かる。
私の個性『縁結び』。
これは赤い糸で互いの小指を結べば、互いに惹かれ合ってしまう。
それは私にも例外ではないらしい。
だからこそ、母は続けてこう言ったのだ。
“個性を明かすのは結婚を決めた相手だけに。そして、この力はいざという時以外使ってはいけない”
それ以来、毎日のように糸を持っているか確認してくるようになったのだ。
学校で持ち物検査があるたび、ポケットから出てくるあやとりの糸を友達にからかわれた。
“まだそんな子どもっぽいことやってるの?”
“◯◯さんって、ひとり遊びが得意なんだね!”
悪気のない笑い声が、刃物のように私の心臓を刺す。
この糸には、嫌な思い出しかなかった。
好きで持ち歩いているワケじゃないのに。
だけど……。
床に転がった赤い糸に、ゆっくりと手を伸ばす。
指先で拾い上げると、まだほんのりと心操君の指先のぬくもりが残っているような気がした。
何度も触れそうになった指先、重なる視線、あの時間。
「2人あやとり、楽しかったな……」
ずっと嫌いだったはずの赤い糸。
だけど、今日だけはこの糸を持っていて本当に良かったと思えた。
手のひらの中で毛糸をギュッと優しく握りしめる。
私は静かに目を閉じ、昼間の出来事を何度も思い返していた。
