分かりにくいんだよ
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国見君からお誘いの付箋を貰ってから、早数日。
私たちの関係は劇的に変わるかと思いきや、未だにあの約束すら果たされていない。
運悪く銀行は繁忙期へと突入してしまったのだ。
連日の残業、鳴り止まない電話、押し寄せる書類の山。
「今度、お茶に行きませんか」という彼の文字を思い返しては、頭の片隅で「いつ行けるんだろう」とソワソワしている私を余所に、国見君本人は驚くほどいつも通りだった。
淡々と仕事をこなしていく彼を見ていると、焦っているのは私だけなのだと少し気恥ずかしくなる。
だけど、いつまでもそんなことばかり考えていては、また彼に呆れられ、仕事で迷惑をかけてしまう。
特に、今日はいつも以上に気を引き締めなければならなかった。
他行との合同ミーティング会議。
若手に経験を積ませるという目的もあり、私と一緒に国見君も同席する予定だ。
先輩として、今日ばかりは情けない姿を見せるワケにはいかない。
会議室には、長机とパイプ椅子が並び、各席には緑茶のペットボトルが置かれていた。
部屋の隅に設置されている大型エアコンからは、凍えるほどの冷風が吹き出しており、室内は冷え切っている。
参加メンバーが揃うと、重苦しい空気の中で会議が始まった。
パッと部屋の照明が落とされ、プロジェクターの明かりが灯る。
スクリーンに映し出されたグラフを指差しながら、課長の淡々とした声が室内に響き渡った。
「当行としては、今年度の融資目標を────。これは決して無理な数字ではないと考えております」
私は課長の言葉を聞きながら、手元の資料を真剣に辿った。
ふと、隣に座る国見君の様子が気になり、視線だけで彼の横顔を盗み見た。
彼はいつもと変わらない、涼しげな顔をして資料を捲っている。
大きな会議だというのに、相変わらず肝が据わっている。
その堂々とした姿が、少しだけ羨ましかった。
……。
…………。
会議も中盤を過ぎた頃、エアコンの冷風が直に頭上から当たっているせいか、それとも緊張感のせいか、急に喉が渇いていくのを感じた。
私は机の上に置かれていた緑茶のペットボトルへと手を伸ばした。
「……っ!」
指先に力を込めるも、キャップはビクともしなかった。
室内の乾燥のせいか滑ってしまい、ラベルが虚しくクルクルと回るだけ。
静まり返った会議室で、カサカサと雑音が響く。
どうしよう、全然開かない……。
一瞬、隣に座る国見君がこちらに視線を向けた気がした。
きっと彼のことだ、心の中で呆れているに違いない。
もう諦めて、会議が終わるまで我慢しようかな……。
ペットボトルから手を離した、その時だった。
横から国見君の手がスッと伸びてきた。
彼の視線を手元の資料に落としたまま。
だけど、私の手からペットボトルを奪うと、パキッと軽い音を立てて簡単にキャップを回した。
「……あ」
お礼を言う暇さえなかった。
国見君はボトルの口を少しだけ緩めた状態にしたまま、何事もなかったかのように私の机の上へとそれを戻したのだ。
横顔は相変わらず淡々としていて、全くこちらを見ていない。
私は慌ててペットボトルを手に取り、口を付けた。
冷たい緑茶が渇いた喉を潤す。
「……ありがとう」
会議の妨げにならないよう、私は隣の国見君にだけ届くような、小さな声で囁いた。
それでも、やっぱり国見君はこちらを振り向きもしない。
ただ、資料を捲ろうとしていた彼の指先が、ほんの一瞬だけ止まった。
その後、会議は何事もなく無事に終了した。
他行のメンバーを見送り、片付けをしながら私は改めて彼に向き直った。
「国見君、さっきはありがとうね」
感謝を伝えると、国見君は資料をまとめならフイッと顔を背けた。
「……別に。ガサガサ煩くて集中できなかっただけです」
相変わらずぶっきらぼうな言い方。
だけど、彼の耳がほんの少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
口では冷たいことを言いながら、いつも手を差し伸べてくれる。
やっぱり国見君は、分かりにくいけど優しい。
私たちの関係は劇的に変わるかと思いきや、未だにあの約束すら果たされていない。
運悪く銀行は繁忙期へと突入してしまったのだ。
連日の残業、鳴り止まない電話、押し寄せる書類の山。
「今度、お茶に行きませんか」という彼の文字を思い返しては、頭の片隅で「いつ行けるんだろう」とソワソワしている私を余所に、国見君本人は驚くほどいつも通りだった。
淡々と仕事をこなしていく彼を見ていると、焦っているのは私だけなのだと少し気恥ずかしくなる。
だけど、いつまでもそんなことばかり考えていては、また彼に呆れられ、仕事で迷惑をかけてしまう。
特に、今日はいつも以上に気を引き締めなければならなかった。
他行との合同ミーティング会議。
若手に経験を積ませるという目的もあり、私と一緒に国見君も同席する予定だ。
先輩として、今日ばかりは情けない姿を見せるワケにはいかない。
会議室には、長机とパイプ椅子が並び、各席には緑茶のペットボトルが置かれていた。
部屋の隅に設置されている大型エアコンからは、凍えるほどの冷風が吹き出しており、室内は冷え切っている。
参加メンバーが揃うと、重苦しい空気の中で会議が始まった。
パッと部屋の照明が落とされ、プロジェクターの明かりが灯る。
スクリーンに映し出されたグラフを指差しながら、課長の淡々とした声が室内に響き渡った。
「当行としては、今年度の融資目標を────。これは決して無理な数字ではないと考えております」
私は課長の言葉を聞きながら、手元の資料を真剣に辿った。
ふと、隣に座る国見君の様子が気になり、視線だけで彼の横顔を盗み見た。
彼はいつもと変わらない、涼しげな顔をして資料を捲っている。
大きな会議だというのに、相変わらず肝が据わっている。
その堂々とした姿が、少しだけ羨ましかった。
……。
…………。
会議も中盤を過ぎた頃、エアコンの冷風が直に頭上から当たっているせいか、それとも緊張感のせいか、急に喉が渇いていくのを感じた。
私は机の上に置かれていた緑茶のペットボトルへと手を伸ばした。
「……っ!」
指先に力を込めるも、キャップはビクともしなかった。
室内の乾燥のせいか滑ってしまい、ラベルが虚しくクルクルと回るだけ。
静まり返った会議室で、カサカサと雑音が響く。
どうしよう、全然開かない……。
一瞬、隣に座る国見君がこちらに視線を向けた気がした。
きっと彼のことだ、心の中で呆れているに違いない。
もう諦めて、会議が終わるまで我慢しようかな……。
ペットボトルから手を離した、その時だった。
横から国見君の手がスッと伸びてきた。
彼の視線を手元の資料に落としたまま。
だけど、私の手からペットボトルを奪うと、パキッと軽い音を立てて簡単にキャップを回した。
「……あ」
お礼を言う暇さえなかった。
国見君はボトルの口を少しだけ緩めた状態にしたまま、何事もなかったかのように私の机の上へとそれを戻したのだ。
横顔は相変わらず淡々としていて、全くこちらを見ていない。
私は慌ててペットボトルを手に取り、口を付けた。
冷たい緑茶が渇いた喉を潤す。
「……ありがとう」
会議の妨げにならないよう、私は隣の国見君にだけ届くような、小さな声で囁いた。
それでも、やっぱり国見君はこちらを振り向きもしない。
ただ、資料を捲ろうとしていた彼の指先が、ほんの一瞬だけ止まった。
その後、会議は何事もなく無事に終了した。
他行のメンバーを見送り、片付けをしながら私は改めて彼に向き直った。
「国見君、さっきはありがとうね」
感謝を伝えると、国見君は資料をまとめならフイッと顔を背けた。
「……別に。ガサガサ煩くて集中できなかっただけです」
相変わらずぶっきらぼうな言い方。
だけど、彼の耳がほんの少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
口では冷たいことを言いながら、いつも手を差し伸べてくれる。
やっぱり国見君は、分かりにくいけど優しい。
