分かりにくいんだよ
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立花がいないせいで自暴自棄になっているのか、あるいは、日中の張り詰めた銀行業務の緊張の糸がぷつりと切れてしまったのか。
国見君がお酒を煽るペースは、誰の目から見ても尋常ではない早さだった。
ジョッキやグラスが空になるたび、彼は間髪入れずに注文ボタンを押す。
気付けば、いつも涼し気な彼の顔は真っ赤に染まっていた。
お酒を持つ手もどこか不安定で、グラスが小刻みに揺れている。
目の前の優秀な後輩が、みるみるうちに崩れていく様を、私は目の当たりにしたのだ。
「ねえ、ちょっとペース早くない?国見君、大丈夫……?」
心配になって覗き込むと、彼はフラつく頭を片手で支えながら、私を睨むように見上げてきた。
「こ……んなの、余裕ですよ。お酒強いですし。……そもそも、◯◯さんはですねぇ……」
呂律が完全に回っていない。
それなのに、酔った勢いで、私の仕事に対する愚痴が溢れ出し始めた。
相当日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。
彼の唇はもう止まらない。
「もっと、周りを頼ってください。自己犠牲がすぎます。何でも抱え込むから、空回って、僕が二度手間に────」
「はい……すみません……」
一つ一つは耳の痛い愚痴だけれど、どれも彼が私をよく見ていないと出てこない言葉であり、それが私を想っての説教に感じられた。
何よりも、職場ではあんなに澄ましている国見君が、酔うとこんな風に感情を剥き出しにしてくる様が、なんだか無性に可愛らしく思えてきてしまう。
「ちょっと、◯◯さん、聞いてますか……?」
私の視線に気付いたのか、彼はまるで拗ねた子供のように口を尖らせた。
「あ、うん。ちゃんと聞いてるよ」
「てか……僕、いつも頑張ってるんですから。もっと褒めてくださいよ!」
「えっ?」
半ば強制的に求められた、後輩からの感謝の催促。
いや、実際、感謝はしているけれど、まさかこんなストレートにおねだりされるなんて思っても見なかった。
だけど、ここで何か言わないと、この拗ねた子犬のような国見君の気が済まないのは明白だ。
「い、いつも……本当に助かってるよ。国見君、ありがとう」
私はパッと脳裏に浮かんだ、当たり障りのない言葉を口にした。
「……それだけですか?後は?」
案の定、それでは足りないらしい。
国見君は持っていたグラスをテーブルに置くと、ズイッと上半身をこちら側に乗り出してきた。
「っ……!」
思わず息を呑む。
テーブルを挟んでいるとはいえ、目の前に彼の顔がある。
アルコールの匂いと、彼の髪から香るシャンプーの匂いまでが、感じられる距離。
控えめに言っても近すぎる。
「ええと、えっと……く、国見君にはいつも助けられてばかりで、教育係なのに不甲斐ない先輩でごめんなさい……!」
緊張と近すぎる距離感に脳がパニックを起こし、私は結局、適当な言葉しか出なかった。
すると、国見君はピタッと動きを止め、黙りこくってしまった。
「……国見君?」
「僕、褒めてって言ったんですよ?なんで謝るんですか?」
「ごめんね……」
「ほら、また」
「あっ……」
子供っぽく責め立てる彼に気圧されていると、国見君は視線を落とし、ポツポツと、思いがけない過去の記憶を語り始めた。
「……僕が入行して間もない頃、終わらなかった業務を、◯◯さんが残業してまでやってくれていたの、気付いていました」
「え……?あ、あれ、知ってたの……?」
驚きで目を見開く私に、国見君は少しだけ耳を赤くして、そっぽを向いた。
「気付きますよ。……だから、◯◯さんにこれ以上負担をかけたくなくて、僕、必死で頑張って仕事覚えたんです。……まあ、今では僕が◯◯さんの仕事の尻拭いをしてますけど」
「その節に関しては、本当に面目ないです……」
「いいですよ。だから、頑張った僕を、もっとちゃんと褒めてくださいって言ってるんです」
そう言って、彼は少しだけ上目遣いになりながら、まるで頭を撫でて欲しそうに、その頭をこちらへと傾けてきた。
サラサラとした、綺麗な黒髪。
こうしてみると、どれだけ仕事ができて、自分を追い越すほどに成長したと思っても、やっぱり彼は私の可愛い後輩なのだ。
素っ気なさの裏に、こんなにも承認欲求を抱えていたなんて。
本当に、分かりにくいなあ……。
愛しさが溢れて、私は自然と微笑んでいた。
「国見君、いつも本当にありがとう。頑張ってくれて、頼もしくなってくれて、嬉しいよ」
優しく彼の頭に手を伸ばし、柔らかな髪を撫でながら言った。
今度の「ありがとう」は、最初に言わされたときとは違う、正真正銘、私の口から出た想い。
「……はい。どういたしまして」
国見君は満足げな笑みを一瞬だけ浮かべた、と思った次の瞬間。
ゴンッ!
彼は糸が切れたように、頭を派手にテーブルへと打ち付け、そのまま突っ伏してしまった。
「く、国見君?!」
「酔いました。……もう無理です」
「だ、大丈夫?!」
その後は怒涛の展開だった。
なんとか彼を支えながらお会計を済ませ、意識が朦朧としている彼をタクシーに乗せた。
「帰ったら、絶対一言連絡してね!」
そう言いながら扉を閉め、遠ざかるタクシーを見送ること数十分後。
私のスマホが小さく震えた。
画面を開くと、そこには陽気なキャラクターのスタンプがぽつんと1つ、送られてきていた。
これは、ちゃんと家に着いた、ってことでいいのかな……?
画面を見つめながら、思わずフッと笑みがこぼれてしまう。
それにしても、スタンプのセンスにしろ、酔った時の豹変っぷりにしろ、そして彼が抱えていた想いにしろ。
今日は国見君の、意外な一面をたくさん知ることができた。
立花の作戦は強引だったけれど、明日、お礼くらいは言ってもいいと思った。
国見君がお酒を煽るペースは、誰の目から見ても尋常ではない早さだった。
ジョッキやグラスが空になるたび、彼は間髪入れずに注文ボタンを押す。
気付けば、いつも涼し気な彼の顔は真っ赤に染まっていた。
お酒を持つ手もどこか不安定で、グラスが小刻みに揺れている。
目の前の優秀な後輩が、みるみるうちに崩れていく様を、私は目の当たりにしたのだ。
「ねえ、ちょっとペース早くない?国見君、大丈夫……?」
心配になって覗き込むと、彼はフラつく頭を片手で支えながら、私を睨むように見上げてきた。
「こ……んなの、余裕ですよ。お酒強いですし。……そもそも、◯◯さんはですねぇ……」
呂律が完全に回っていない。
それなのに、酔った勢いで、私の仕事に対する愚痴が溢れ出し始めた。
相当日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。
彼の唇はもう止まらない。
「もっと、周りを頼ってください。自己犠牲がすぎます。何でも抱え込むから、空回って、僕が二度手間に────」
「はい……すみません……」
一つ一つは耳の痛い愚痴だけれど、どれも彼が私をよく見ていないと出てこない言葉であり、それが私を想っての説教に感じられた。
何よりも、職場ではあんなに澄ましている国見君が、酔うとこんな風に感情を剥き出しにしてくる様が、なんだか無性に可愛らしく思えてきてしまう。
「ちょっと、◯◯さん、聞いてますか……?」
私の視線に気付いたのか、彼はまるで拗ねた子供のように口を尖らせた。
「あ、うん。ちゃんと聞いてるよ」
「てか……僕、いつも頑張ってるんですから。もっと褒めてくださいよ!」
「えっ?」
半ば強制的に求められた、後輩からの感謝の催促。
いや、実際、感謝はしているけれど、まさかこんなストレートにおねだりされるなんて思っても見なかった。
だけど、ここで何か言わないと、この拗ねた子犬のような国見君の気が済まないのは明白だ。
「い、いつも……本当に助かってるよ。国見君、ありがとう」
私はパッと脳裏に浮かんだ、当たり障りのない言葉を口にした。
「……それだけですか?後は?」
案の定、それでは足りないらしい。
国見君は持っていたグラスをテーブルに置くと、ズイッと上半身をこちら側に乗り出してきた。
「っ……!」
思わず息を呑む。
テーブルを挟んでいるとはいえ、目の前に彼の顔がある。
アルコールの匂いと、彼の髪から香るシャンプーの匂いまでが、感じられる距離。
控えめに言っても近すぎる。
「ええと、えっと……く、国見君にはいつも助けられてばかりで、教育係なのに不甲斐ない先輩でごめんなさい……!」
緊張と近すぎる距離感に脳がパニックを起こし、私は結局、適当な言葉しか出なかった。
すると、国見君はピタッと動きを止め、黙りこくってしまった。
「……国見君?」
「僕、褒めてって言ったんですよ?なんで謝るんですか?」
「ごめんね……」
「ほら、また」
「あっ……」
子供っぽく責め立てる彼に気圧されていると、国見君は視線を落とし、ポツポツと、思いがけない過去の記憶を語り始めた。
「……僕が入行して間もない頃、終わらなかった業務を、◯◯さんが残業してまでやってくれていたの、気付いていました」
「え……?あ、あれ、知ってたの……?」
驚きで目を見開く私に、国見君は少しだけ耳を赤くして、そっぽを向いた。
「気付きますよ。……だから、◯◯さんにこれ以上負担をかけたくなくて、僕、必死で頑張って仕事覚えたんです。……まあ、今では僕が◯◯さんの仕事の尻拭いをしてますけど」
「その節に関しては、本当に面目ないです……」
「いいですよ。だから、頑張った僕を、もっとちゃんと褒めてくださいって言ってるんです」
そう言って、彼は少しだけ上目遣いになりながら、まるで頭を撫でて欲しそうに、その頭をこちらへと傾けてきた。
サラサラとした、綺麗な黒髪。
こうしてみると、どれだけ仕事ができて、自分を追い越すほどに成長したと思っても、やっぱり彼は私の可愛い後輩なのだ。
素っ気なさの裏に、こんなにも承認欲求を抱えていたなんて。
本当に、分かりにくいなあ……。
愛しさが溢れて、私は自然と微笑んでいた。
「国見君、いつも本当にありがとう。頑張ってくれて、頼もしくなってくれて、嬉しいよ」
優しく彼の頭に手を伸ばし、柔らかな髪を撫でながら言った。
今度の「ありがとう」は、最初に言わされたときとは違う、正真正銘、私の口から出た想い。
「……はい。どういたしまして」
国見君は満足げな笑みを一瞬だけ浮かべた、と思った次の瞬間。
ゴンッ!
彼は糸が切れたように、頭を派手にテーブルへと打ち付け、そのまま突っ伏してしまった。
「く、国見君?!」
「酔いました。……もう無理です」
「だ、大丈夫?!」
その後は怒涛の展開だった。
なんとか彼を支えながらお会計を済ませ、意識が朦朧としている彼をタクシーに乗せた。
「帰ったら、絶対一言連絡してね!」
そう言いながら扉を閉め、遠ざかるタクシーを見送ること数十分後。
私のスマホが小さく震えた。
画面を開くと、そこには陽気なキャラクターのスタンプがぽつんと1つ、送られてきていた。
これは、ちゃんと家に着いた、ってことでいいのかな……?
画面を見つめながら、思わずフッと笑みがこぼれてしまう。
それにしても、スタンプのセンスにしろ、酔った時の豹変っぷりにしろ、そして彼が抱えていた想いにしろ。
今日は国見君の、意外な一面をたくさん知ることができた。
立花の作戦は強引だったけれど、明日、お礼くらいは言ってもいいと思った。
