分かりにくいんだよ
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「予約はもう入れてあるから。悪いけど◯◯、国見と先に店行ってて。俺はこの仕事だけ片付けてから向かうからさ」
定時の少し前。
立花は私のデスクに歩み寄ると、手際よく居酒屋の地図データを私のスマホに転送してきた。
普段ならどんな仕事も定時内に完璧に終わらせる立花が、珍しく残業なんて。
私は小さな違和感を覚えつつも、その地図を頼りに、少し後ろを歩く国見君と居酒屋へ向かった。
駅から少し離れた、薄暗い路地裏。
そこに、ひっそりと佇む趣のある居酒屋があった。
「予約していた……えっと、立花です」
暖簾をくぐり、店の入り口で遠慮がちに告げると、着物姿の店員さんは直ぐに奥の席へ案内してくれた。
「立花様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは完全個室だった。
引き戸を開けると、温かみのある間接照明に照らされた、掘りごたつタイプの落ち着いた空間が広がっている。
だけど、その室内へと足を踏み入れた瞬間、私の視線はある一点で釘付けになった。
四角い木製テーブルの上。
そこには「予約席」と書かれたプレートとともに、どう見ても2人分しか用意されていない箸とお絞り、そして小皿が並んでいたのだ。
3人で予約しているはずなのに、どうして……?
私は通り過ぎようとする店員さんを慌てて引き留めた。
「あの、すみません。今日の予約の人数って、何名になってますか……?」
店員さんは手元の予約伝票を確認し、不思議そうに首を傾げた。
「はい、立花様より2名様でとお伺いしておりますが……」
「えっ……」
そこで、ようやく立花の魂胆に気が付いた。
残業なんて、真っ赤な嘘だ。
立花は最初から来るつもりなんて微塵もなかった。
私と国見君を2人きりにさせるために、仕組まれたのだ。
昼間、彼の自信満々な表情が脳裏に浮かぶ。
「……お客様?どうかされましたか?」
呆然と立ち尽くす私を、店員さんが心配そうに覗き込んでくる。
「あ、いえ……なんでも、ないです。大丈夫です……」
絞り出した声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。
「では、ご注文がお決まりになりましたら、こちらの呼び出しボタンでお呼びくださいね」
店員さんは静かに一礼し、引き戸をパタンと閉めて出て行ってしまった。
静寂が戻った密室。
国見君に視線を向けると、彼は露骨に眉をひそめながらも、私の向かい側の席へと滑り込むように座った。
心なしか、どこか居心地が悪そうに見える。
国見君はテーブルの上で組んだ指先に力を込めると、絞り出すような声で私に問いかけてきた。
「なんで、◯◯さんと2人きりなんですか?立花さんも来るって言うから、僕は……」
彼の声には、困惑とわずかな警戒心が混じっているように聞こえた。
やっぱり、そうだ。
立花という仕事のデキる先輩が同席するからこそ、彼はこの誘いに応じたのだ。
私と2人きりだと分かっていれば、今朝のように拒絶していたに違いない。
その事実に、私の胸にチクリとした痛みが走った。
「な、なんでだろうね……あはは……」
私は引き攣った笑みを浮かべ、曖昧に言葉を濁した。
「私も聞かされていなくて……」
言い訳がましく言葉を重ねる私を、国見君は半目のままじっと見つめている。
彼にとって、この状況がどれほど不本意なものであるかは想像に難くなかった。
せっかくの仕事終わりの時間を、よりによってこんな先輩と2人きりで過ごす羽目になるなんて。
「ご、ごめんね……。本当に知らなかったの」
気付けば、反射的に謝罪の言葉が出ていた。
悪いのは立花の勝手な行動だけれど、私の存在が不本意の要因なら、謝らずにはいられなかった。
国見君は少しだけ眉間に力を入れ、すぐにフッと息を吐いて表情を緩めた。
それは、半ば諦めにも似た表情だった。
「……まあ、いいですよ。来ちゃったものはしょうがないですし。取りあえず、何か頼みましょう。お腹空きました」
彼はそう言うと、気怠げにテーブルの脇に置かれていたメニュー表へと手を伸ばした。
ひとまず、彼が怒ってその場で立ち去り、私がこの広い個室で1人寂しく食事をするという最悪のシチュエーションだけは避けられたみたいだ。
「そうだね、何にしようか……」
私は安堵のため息を漏らしながら、もう1冊用意されていたメニュー表を手に取った。
定時の少し前。
立花は私のデスクに歩み寄ると、手際よく居酒屋の地図データを私のスマホに転送してきた。
普段ならどんな仕事も定時内に完璧に終わらせる立花が、珍しく残業なんて。
私は小さな違和感を覚えつつも、その地図を頼りに、少し後ろを歩く国見君と居酒屋へ向かった。
駅から少し離れた、薄暗い路地裏。
そこに、ひっそりと佇む趣のある居酒屋があった。
「予約していた……えっと、立花です」
暖簾をくぐり、店の入り口で遠慮がちに告げると、着物姿の店員さんは直ぐに奥の席へ案内してくれた。
「立花様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内されたのは完全個室だった。
引き戸を開けると、温かみのある間接照明に照らされた、掘りごたつタイプの落ち着いた空間が広がっている。
だけど、その室内へと足を踏み入れた瞬間、私の視線はある一点で釘付けになった。
四角い木製テーブルの上。
そこには「予約席」と書かれたプレートとともに、どう見ても2人分しか用意されていない箸とお絞り、そして小皿が並んでいたのだ。
3人で予約しているはずなのに、どうして……?
私は通り過ぎようとする店員さんを慌てて引き留めた。
「あの、すみません。今日の予約の人数って、何名になってますか……?」
店員さんは手元の予約伝票を確認し、不思議そうに首を傾げた。
「はい、立花様より2名様でとお伺いしておりますが……」
「えっ……」
そこで、ようやく立花の魂胆に気が付いた。
残業なんて、真っ赤な嘘だ。
立花は最初から来るつもりなんて微塵もなかった。
私と国見君を2人きりにさせるために、仕組まれたのだ。
昼間、彼の自信満々な表情が脳裏に浮かぶ。
「……お客様?どうかされましたか?」
呆然と立ち尽くす私を、店員さんが心配そうに覗き込んでくる。
「あ、いえ……なんでも、ないです。大丈夫です……」
絞り出した声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。
「では、ご注文がお決まりになりましたら、こちらの呼び出しボタンでお呼びくださいね」
店員さんは静かに一礼し、引き戸をパタンと閉めて出て行ってしまった。
静寂が戻った密室。
国見君に視線を向けると、彼は露骨に眉をひそめながらも、私の向かい側の席へと滑り込むように座った。
心なしか、どこか居心地が悪そうに見える。
国見君はテーブルの上で組んだ指先に力を込めると、絞り出すような声で私に問いかけてきた。
「なんで、◯◯さんと2人きりなんですか?立花さんも来るって言うから、僕は……」
彼の声には、困惑とわずかな警戒心が混じっているように聞こえた。
やっぱり、そうだ。
立花という仕事のデキる先輩が同席するからこそ、彼はこの誘いに応じたのだ。
私と2人きりだと分かっていれば、今朝のように拒絶していたに違いない。
その事実に、私の胸にチクリとした痛みが走った。
「な、なんでだろうね……あはは……」
私は引き攣った笑みを浮かべ、曖昧に言葉を濁した。
「私も聞かされていなくて……」
言い訳がましく言葉を重ねる私を、国見君は半目のままじっと見つめている。
彼にとって、この状況がどれほど不本意なものであるかは想像に難くなかった。
せっかくの仕事終わりの時間を、よりによってこんな先輩と2人きりで過ごす羽目になるなんて。
「ご、ごめんね……。本当に知らなかったの」
気付けば、反射的に謝罪の言葉が出ていた。
悪いのは立花の勝手な行動だけれど、私の存在が不本意の要因なら、謝らずにはいられなかった。
国見君は少しだけ眉間に力を入れ、すぐにフッと息を吐いて表情を緩めた。
それは、半ば諦めにも似た表情だった。
「……まあ、いいですよ。来ちゃったものはしょうがないですし。取りあえず、何か頼みましょう。お腹空きました」
彼はそう言うと、気怠げにテーブルの脇に置かれていたメニュー表へと手を伸ばした。
ひとまず、彼が怒ってその場で立ち去り、私がこの広い個室で1人寂しく食事をするという最悪のシチュエーションだけは避けられたみたいだ。
「そうだね、何にしようか……」
私は安堵のため息を漏らしながら、もう1冊用意されていたメニュー表を手に取った。
