男の子のお姫様
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待ちに待った週末。
駅のロータリーで待ち合わせていると、制服姿の小柄な学生が近付いてきた。
「●●さん!」
「あ、浩輔君!……って、えっ、制服?」
現れた彼は、深い緑のブレザーに鮮やかなオレンジのネクタイ、そしてグレーのスラックス。
休日に制服というのは予想外だった。
「今日、授業だったの?」
「あ、いえ。文化祭が近いので、さっきまで学校で準備をしていたんです。着替える時間がなくて……この格好で、すみません」
申し訳なさそうに頭を掻く彼。
文化祭、という響きに私の胸が少し躍る。
工業高校の文化祭、どんな雰囲気なんだろう……。
部外者行っていいんだっけ?
そんなことを考えながら、予約していたパンケーキのお店へと向かった。
……。
…………。
「あ、お店、ここですね」
ドアベルと共にやってきた店員さんに案内され、席へ着く。
店内は甘い香りに満ちていて、客層のほとんどが女性。
だけど、中性的な可愛らしさを持つ浩輔君が制服姿で座っていても、驚くほど違和感なく溶け込んでいた。
「何にしますか?」
「んーとね……。定番も捨てがたいけど、この季節限定のも美味しそうだし……あっ」
メニューを覗き込もうとして、差し出された彼の手の甲に目が止まった。
そこには、マジックペンでびっしりと書き込まれた文字の羅列。
持ち物リストのような可愛い量ではない。
例えるなら、お経だ。
汗のせいか全体的に滲んでいるけれど、それは何かのセリフのように見えた。
「ねぇ、浩輔君。これ……何が書いてあるの?」
「ああっ!」
私が指を差すと、浩輔君は驚いたように手の甲をもう片方の手で覆い、顔を真っ赤にして隠してしまった。
その焦りように、逆にこちらが恐縮してしまう。
「ごめんね!ジロジロ見るつもりじゃなかったの。文字までは読んでないから!」
「……いえ、その。文化祭で、僕のクラスは演劇をやることになって。これ、そのカンペなんです」
「演劇!へぇ、工業高校でもそういうことやるんだ」
工業高校だから勝手なイメージで、巨大なロボットや機械制作をやるものばかりだと思っていた。
案外、普通科の高校と変わらないらしい。
「それで、浩輔君は何の役をやるの?」
「えっ!……言いたくないです」
「えー、気になる!もしかして……主役?」
「絶対に言えません……」
頑なに拒む姿に、余計に好奇心がくすぐられる。
言えない役……。
木とか村人Bの役?
いや、手の甲を埋め尽くすほどのセリフの量。
これはきっと、脇役ではない。
「隠されると気になるなー。文化祭行っちゃおうかな」
冷やかし半分のつもりで言った言葉だったけれど、彼の反応は予想外に切実だった。
「……来てほしくないですけど。でも、僕に拒否する権利はないので……」
視線は落とされ、あからさまな拒絶をみせる。
そんなに嫌なんだ……。
今日まで楽しくメッセージをやり取りしていたはずなのに、急に突き放されたような気がして、胸の奥がズキッと痛んだ。
気まずさを引きずりながらも、注文を済ませた。
しばらくして、運ばれてきたパンケーキは、甘い香りを漂わせていた。
たっぷりの生クリームに、色鮮やかなベリーが散りばめられている。
「凄いボリューム……!写真、撮ってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
私は彼に断りを入れてから、スマホで何枚かパンケーキの写真を撮った。
だけど、撮り終わった後も、私はしばらくスマホを構えたままだった。
レンズ越しに見えるのは、パンケーキをそっと口に運ぶ浩輔君。
「美味しい……」と呟いて、幸せそうに頬張るその姿は、小動物のようでたまらなく愛らしい。
気付かれないように、こっそりと1枚だけその姿を写真に収めた。
「さて、私も食べようかなー!」
自分も食べようとしたその時、彼の顔を見て、思わずクスリと笑みが漏れた。
「あ、浩輔君。口元に生クリーム、付いてるよ」
「えっ」
浩輔君は慌てて舌でペロッと舐め取ろうとしたけれど、クリームは絶妙に届かない位置に付いている。
「ふふ、そこじゃないよ。……じっとしてて」
私は机の上のナプキンを手に取り、少し身を乗り出して、彼の口元を優しく拭ってあげた。
指先から伝わる彼の体温。
ほんの一瞬、だけど確かな接触。
「……す、すみません」
浩輔君の頬が真っ赤に染まっていく。
最初こそ、可愛い弟ができたみたいだと思っていた。
だけど、こうして向かい合って、恥ずかしそうにこちらを見つめる彼を見ていると、なんだか男の子を意識せずにはいられない。
それはまるで、本当のデートをしているような、甘くて少し切ない時間だった。
駅のロータリーで待ち合わせていると、制服姿の小柄な学生が近付いてきた。
「●●さん!」
「あ、浩輔君!……って、えっ、制服?」
現れた彼は、深い緑のブレザーに鮮やかなオレンジのネクタイ、そしてグレーのスラックス。
休日に制服というのは予想外だった。
「今日、授業だったの?」
「あ、いえ。文化祭が近いので、さっきまで学校で準備をしていたんです。着替える時間がなくて……この格好で、すみません」
申し訳なさそうに頭を掻く彼。
文化祭、という響きに私の胸が少し躍る。
工業高校の文化祭、どんな雰囲気なんだろう……。
部外者行っていいんだっけ?
そんなことを考えながら、予約していたパンケーキのお店へと向かった。
……。
…………。
「あ、お店、ここですね」
ドアベルと共にやってきた店員さんに案内され、席へ着く。
店内は甘い香りに満ちていて、客層のほとんどが女性。
だけど、中性的な可愛らしさを持つ浩輔君が制服姿で座っていても、驚くほど違和感なく溶け込んでいた。
「何にしますか?」
「んーとね……。定番も捨てがたいけど、この季節限定のも美味しそうだし……あっ」
メニューを覗き込もうとして、差し出された彼の手の甲に目が止まった。
そこには、マジックペンでびっしりと書き込まれた文字の羅列。
持ち物リストのような可愛い量ではない。
例えるなら、お経だ。
汗のせいか全体的に滲んでいるけれど、それは何かのセリフのように見えた。
「ねぇ、浩輔君。これ……何が書いてあるの?」
「ああっ!」
私が指を差すと、浩輔君は驚いたように手の甲をもう片方の手で覆い、顔を真っ赤にして隠してしまった。
その焦りように、逆にこちらが恐縮してしまう。
「ごめんね!ジロジロ見るつもりじゃなかったの。文字までは読んでないから!」
「……いえ、その。文化祭で、僕のクラスは演劇をやることになって。これ、そのカンペなんです」
「演劇!へぇ、工業高校でもそういうことやるんだ」
工業高校だから勝手なイメージで、巨大なロボットや機械制作をやるものばかりだと思っていた。
案外、普通科の高校と変わらないらしい。
「それで、浩輔君は何の役をやるの?」
「えっ!……言いたくないです」
「えー、気になる!もしかして……主役?」
「絶対に言えません……」
頑なに拒む姿に、余計に好奇心がくすぐられる。
言えない役……。
木とか村人Bの役?
いや、手の甲を埋め尽くすほどのセリフの量。
これはきっと、脇役ではない。
「隠されると気になるなー。文化祭行っちゃおうかな」
冷やかし半分のつもりで言った言葉だったけれど、彼の反応は予想外に切実だった。
「……来てほしくないですけど。でも、僕に拒否する権利はないので……」
視線は落とされ、あからさまな拒絶をみせる。
そんなに嫌なんだ……。
今日まで楽しくメッセージをやり取りしていたはずなのに、急に突き放されたような気がして、胸の奥がズキッと痛んだ。
気まずさを引きずりながらも、注文を済ませた。
しばらくして、運ばれてきたパンケーキは、甘い香りを漂わせていた。
たっぷりの生クリームに、色鮮やかなベリーが散りばめられている。
「凄いボリューム……!写真、撮ってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
私は彼に断りを入れてから、スマホで何枚かパンケーキの写真を撮った。
だけど、撮り終わった後も、私はしばらくスマホを構えたままだった。
レンズ越しに見えるのは、パンケーキをそっと口に運ぶ浩輔君。
「美味しい……」と呟いて、幸せそうに頬張るその姿は、小動物のようでたまらなく愛らしい。
気付かれないように、こっそりと1枚だけその姿を写真に収めた。
「さて、私も食べようかなー!」
自分も食べようとしたその時、彼の顔を見て、思わずクスリと笑みが漏れた。
「あ、浩輔君。口元に生クリーム、付いてるよ」
「えっ」
浩輔君は慌てて舌でペロッと舐め取ろうとしたけれど、クリームは絶妙に届かない位置に付いている。
「ふふ、そこじゃないよ。……じっとしてて」
私は机の上のナプキンを手に取り、少し身を乗り出して、彼の口元を優しく拭ってあげた。
指先から伝わる彼の体温。
ほんの一瞬、だけど確かな接触。
「……す、すみません」
浩輔君の頬が真っ赤に染まっていく。
最初こそ、可愛い弟ができたみたいだと思っていた。
だけど、こうして向かい合って、恥ずかしそうにこちらを見つめる彼を見ていると、なんだか男の子を意識せずにはいられない。
それはまるで、本当のデートをしているような、甘くて少し切ない時間だった。
