男の子のお姫様
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~男の子のお姫様~
サークルの飲み会が終わり、急いで帰路につく。
駅のホームを抜けると、夜風が頬を撫でた。
時計の針は、思っていたよりもずっと遅い時間を指している。
「……あちゃ、完全に遅くなっちゃったな。仕方がない……」
早く帰りたい一心で、私は普段なら避けて通る近道を使うことにした。
街灯がなく、左右から生い茂る木々の揺れる葉音が、不気味に感じる。
こんなところ、早く通り抜けてしまおう……。
別にストーカーをされているワケでも、誰もが振り返るような美貌を持ち合わせているワケでもない。
ただの気持ちの問題だ。
私は鞄のストラップをギュッと握りしめ、アスファルトを叩く靴音を早めた。
その時だった。
「……何か、いる?」
前方、数メートル先に異質な塊が見えた。
大きなゴミ袋か、建物の影か。
目を凝らしながら歩みを進めると、それは少しずつ輪郭を露わにする。
1人の人間が膝を抱えてうずくまっている姿だと分かった。
引き返すべきか、迷いが足を鈍らせる。
だけど、もし怪我人だったら?
急病だったら?
葛藤している間に距離は縮まり、正体が判明する頃には、私の口は勝手に動いていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
不審者ではない、と確信したのは、その背中に見覚えのある校名があったからだ。
“伊達工業高校”
その男臭い学校のイメージとは裏腹に、そこにあったのは驚くほど華奢な背中だった。
「っ……」
微かな呻き声。
ゆっくりと顔を上げた少年の肌は、暗闇の中でもはっきりと分かるほど青白い。
額には汗が浮かび、呼吸も浅いようだ。
「え、どうしよう!具合、悪いの?」
慌てて駆け寄ったものの、どう介抱すればいいのか分からず、私はただ彼の周りで手を泳がせた。
「あ……そうだ、水!水飲める?」
鞄から、酔い覚ましに買っておいた未開封のペットボトルを引っ張り出す。
「これ、まだ口付けてないから。飲んで」
キャップを外して手渡すと、彼は震える手でそれを受け取り、半分ほどを一気に喉に流し込んだ。
「はぁ……はぁ……。すみません、ありがとうございます……助かりました」
少しだけ血色の戻った顔を見て、私はようやく深い息を吐き出した。
「いいのいいの。びっくりしたよ……道端でうずくまってるんだもん」
「……すみません。部活帰りで、ちょっと疲れたなと思ってしゃがんだら……急に視界がぐるぐるして、立てなくなっちゃって」
9月も終盤。
秋の気配はあっても、まだまだ暑さが続いている。
それに加え、こんな時間まで練習をしていれば、疲労と脱水で倒れてしまうのも頷ける。
「1人で帰れそう?」
「はい。もう少し休めば、歩けると思います。……本当に、お騒がせしました」
そう言って彼は控えめに微笑むけれど、その顔立ちは女子の私から見ても可愛らしかった。
高校生だろうけど、男の子にしては小柄で、放っておくには危なっかしすぎる。
最近は男だからといって、襲われないとも限らない。
「……やっぱり心配。良くなるまで、私も隣にいるよ」
「えっ、悪いですよ!」
「いいから、いいから。私の気が済まないの」
強引に隣に腰を下ろすと、彼との間にわずかな沈黙が生まれる。
急に気まずい空気が流れた。
場を繋ごうと、私は思いつくままに言葉を投げた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は◯◯●●。すぐそこの大学の2年生」
「……作並浩輔です。伊達工の1年生です」
「浩輔君ね。1年生でこんな時間まで練習なんて、大変だね」
「あ、僕……一応、スタメンなので」
謙虚にそう答える彼。
この小柄な体格で、激しい運動部のスタメンなんだ……。
私の頭の中に、いくつかのスポーツが浮かんだ。
野球、サッカー、それとも……。
「分かった!卓球部でしょ!」
「あ……いえ、バレー部です」
「えっ!?バレー!?」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
バレー部といえば、背の高い選手がやるイメージ。
スタメンとなれば尚更。
失礼だとは分かっていても、私の視線は彼の頭からつま先までを何度も往復してしまった。
「あはは……やっぱり、見えませんよね。バレー部にしては小さすぎるって」
浩輔君は困ったように笑った。
その笑顔に、どこか諦めのような色が混じっている気がして、胸の奥がチクリと痛む。
「……ごめん。変な反応しちゃった」
「……気にしないでください、慣れてますから」
伊達工の生徒はもっと荒っぽいイメージがあったけれど、こんなにも気を遣える子もいるんだ。
彼は立ち上がり、服についた砂を丁寧に払った。
「体調、だいぶ良くなりました。もう大丈夫です。色々とお世話していただいて、本当にありがとうございました」
深々とお辞儀をする彼を見て、不意に、もっとこの子と話してみたいという衝動に駆られた。
それは、可愛い弟ができたような感覚に近い。
「ねぇ、浩輔君。……連絡先、交換しない?」
口に出してから、自分の馴れ馴れしさに凍りついた。
初対面の、しかも夜道で助けられただけの年上女性から、いきなり連絡先を聞かれるなんて。
これじゃ、私がストーカー予備軍みたいじゃないか。
絶対引かれた……断られるに決まってる……!
心の中で反省と後悔をしていると、浩輔君はぱちくりと瞬きをして、それから今日1番の柔らかな笑みを浮かべた。
「いいですよ。ぜひ」
「……えっ、いいの!?」
「はい。今日は助けていただいたお礼もできていないですし、後日、改めてちゃんとお礼させてください」
落ち着いた声でそう言う彼は、さっきまでの守ってあげたくなる少年ではなく、男の顔をしていた。
街灯のない暗い夜道。
だけど、連絡先を交換しようと取り出したスマホの光に照らされたその横顔は、やはり可愛らしく見えた。
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