面影
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「……家、来る?」
その問いに、彼は答えなかった。
ただ、深く被ったフードの奥で赤い瞳がわずかに揺れただけだ。
断られるか、あるいは無視されるかと思ったけれど、私が歩き出すと、彼は一定の距離を保ったまま、私の後ろをついてきた。
それはまるで、飼い主に付き従う忠実な動物のようでもあり、獲物の隙を伺う野獣のようでもあった。
そのまま、私は初めて会った得体の知れない男性を家へと上げた。
「どうぞ、狭いけど」
本来なら恐怖を感じるべきシチュエーションなのに、鍵を閉める私の指先に震えはなかった。
「……」
招き入れた彼は、玄関で置物のように立ち尽くしていた。
相変わらず、顔に張り付いた手の装飾の隙間から、私を鋭く睨みつけている。
「警戒していても、信用していなくてもいいから。……とりあえず、そのままだと風邪引いちゃうよ」
私は努めて明るく振る舞いながら、彼を浴室へと案内した。
「シャワーの使い方は分かる?タオルと着替えはコレね」
バスタオルと、ゆったりしたシルエットの部屋着を差し出す。
私よりも頭1つ分背が高いけれど、濡れて服が張り付いたその体格は、驚くほど細いため、問題ないだろう。
男性用の下着がないのは申し訳ないけれど、今は背に腹は代えられない
彼はそれを、無言のまま素直に受け取った。
「私、あっちの部屋にいるから。終わったら声かけて」
脱衣所のドアを閉め、私はリビングへと戻った。
ソファに座り、温かいココアを淹れながら考える。
彼は、シャワーの間もあの不気味な装飾を着けているのだろうか。
それとも……。
自分の着替えを済ませ、髪をタオルで拭いていると、しばらくしてリビングのドアが静かに開いた。
「あ、出た?」
振り向いた瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、体から白い湯気を立ち昇らせた、1人の青年が立っていた。
顔を覆っていたあの手はない。
露わになった素顔は、病的なほどに白く、そして驚くほど整っていた。
少しだけ幼さの残る、けれど完成された美貌。
濡れた白い髪が肌に張り付き、赤い瞳が熱を帯びたように潤んでいる。
「風呂、助かった……」
「どういたしまして。なんだ、ちゃんとお礼が言えるんだね」
見惚れていたのを誤魔化すように微笑むと、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「髪、乾かしてあげるからこっちに来て」
私はドライヤーを準備し、ソファの前の床をポンポンと叩く。
彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、拒絶することなく、大きな体を折りたたむようにして私の足元に座り込んだ。
スイッチを入れると、ドライヤーの熱い風が彼の白い髪を舞わせる。
指先で触れる彼の髪は、見た目以上に細く、少し傷んでいた。
「……こんなこと、してもらったことない」
「あはは、そうなの? 私も、自分以外を乾かすのは初めてだよ」
嘘だ。
本当は、数日前までやっていた。
ドライヤーを遠くから当てて、あの子の柔らかい毛を丁寧に、丁寧に。
彼の髪は私とは全く違った。
癖っ毛で傷んでいる髪。
脱色の跡を探そうと生え際を覗き込むけれど、どこまでも綺麗な白だ。
これが地毛なのだとしたら、彼は本当に……。
「はい、終わり」
ドライヤーを止めると、急に部屋が静まり返る。
彼はそっと自分の髪に触れ、不思議そうな顔をした。
「ありがとう。アンタは風呂に入らないのか」
「うーん……」
私が入っている間に、彼が消えてしまうのではないか。
そんな不安がよぎり、言葉を濁す。
「……出るまで待っている」
彼は私の不安を見透かしたように、低い声でそう言った。
「!……それじゃあ、すぐ出るから!そこで待っててね」
私は急いで立ち上がり、浴室へと向かった。
あの子が、散歩の後にリビングの真ん中で待っていてくれた、あの時と同じ期待を胸に抱きながら。
その問いに、彼は答えなかった。
ただ、深く被ったフードの奥で赤い瞳がわずかに揺れただけだ。
断られるか、あるいは無視されるかと思ったけれど、私が歩き出すと、彼は一定の距離を保ったまま、私の後ろをついてきた。
それはまるで、飼い主に付き従う忠実な動物のようでもあり、獲物の隙を伺う野獣のようでもあった。
そのまま、私は初めて会った得体の知れない男性を家へと上げた。
「どうぞ、狭いけど」
本来なら恐怖を感じるべきシチュエーションなのに、鍵を閉める私の指先に震えはなかった。
「……」
招き入れた彼は、玄関で置物のように立ち尽くしていた。
相変わらず、顔に張り付いた手の装飾の隙間から、私を鋭く睨みつけている。
「警戒していても、信用していなくてもいいから。……とりあえず、そのままだと風邪引いちゃうよ」
私は努めて明るく振る舞いながら、彼を浴室へと案内した。
「シャワーの使い方は分かる?タオルと着替えはコレね」
バスタオルと、ゆったりしたシルエットの部屋着を差し出す。
私よりも頭1つ分背が高いけれど、濡れて服が張り付いたその体格は、驚くほど細いため、問題ないだろう。
男性用の下着がないのは申し訳ないけれど、今は背に腹は代えられない
彼はそれを、無言のまま素直に受け取った。
「私、あっちの部屋にいるから。終わったら声かけて」
脱衣所のドアを閉め、私はリビングへと戻った。
ソファに座り、温かいココアを淹れながら考える。
彼は、シャワーの間もあの不気味な装飾を着けているのだろうか。
それとも……。
自分の着替えを済ませ、髪をタオルで拭いていると、しばらくしてリビングのドアが静かに開いた。
「あ、出た?」
振り向いた瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、体から白い湯気を立ち昇らせた、1人の青年が立っていた。
顔を覆っていたあの手はない。
露わになった素顔は、病的なほどに白く、そして驚くほど整っていた。
少しだけ幼さの残る、けれど完成された美貌。
濡れた白い髪が肌に張り付き、赤い瞳が熱を帯びたように潤んでいる。
「風呂、助かった……」
「どういたしまして。なんだ、ちゃんとお礼が言えるんだね」
見惚れていたのを誤魔化すように微笑むと、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「髪、乾かしてあげるからこっちに来て」
私はドライヤーを準備し、ソファの前の床をポンポンと叩く。
彼は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、拒絶することなく、大きな体を折りたたむようにして私の足元に座り込んだ。
スイッチを入れると、ドライヤーの熱い風が彼の白い髪を舞わせる。
指先で触れる彼の髪は、見た目以上に細く、少し傷んでいた。
「……こんなこと、してもらったことない」
「あはは、そうなの? 私も、自分以外を乾かすのは初めてだよ」
嘘だ。
本当は、数日前までやっていた。
ドライヤーを遠くから当てて、あの子の柔らかい毛を丁寧に、丁寧に。
彼の髪は私とは全く違った。
癖っ毛で傷んでいる髪。
脱色の跡を探そうと生え際を覗き込むけれど、どこまでも綺麗な白だ。
これが地毛なのだとしたら、彼は本当に……。
「はい、終わり」
ドライヤーを止めると、急に部屋が静まり返る。
彼はそっと自分の髪に触れ、不思議そうな顔をした。
「ありがとう。アンタは風呂に入らないのか」
「うーん……」
私が入っている間に、彼が消えてしまうのではないか。
そんな不安がよぎり、言葉を濁す。
「……出るまで待っている」
彼は私の不安を見透かしたように、低い声でそう言った。
「!……それじゃあ、すぐ出るから!そこで待っててね」
私は急いで立ち上がり、浴室へと向かった。
あの子が、散歩の後にリビングの真ん中で待っていてくれた、あの時と同じ期待を胸に抱きながら。
