夜更けのコインランドリー
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今夜は、いつものコインランドリーへ行く日なのに……。
私の目の前は、あの静かで暗い裏路地とは真逆の光景が広がっている。
あちこちで爆発音が鳴り響き、火の粉は舞い、建物がメラメラと燃え盛る。
ヴィランによる大規模襲撃。
現場は、まさに地獄絵図と化していた。
私は耐寒仕様のヒーロースーツを身に纏い、これ以上火災が広がらないよう、氷壁で防いでいた。
「……っ、被害が大きすぎるっ!」
通信機の向こうで仲間が悲鳴を上げる。
その時、炎を割ってひとつの影が現れた。
継ぎ接ぎの肌、狂気を含んだ青い瞳。
そして、周囲を舐め尽くすような禍々しい蒼炎。
「あ……」
喉の奥で、小さな音が漏れた。
怒号と銃声が、一瞬で遠のく。
私の目の前に立つその男は、コインランドリーのベンチで私の凍傷を癒してくれた、あの温かい人だったのだ。
「……なん……で……?」
震える声で呼ぶ。
彼は一瞬、動きを止めた。
そして、私のヒーロースーツを見るや否や、口角を歪に吊り上げる。
「ハッ、そうか……。お前、ヒーローだったのかよ」
その声は、かつての穏やかさを微塵も感じさせないほど冷酷で、鋭い。
彼は自身の手のひらから、巨大な蒼炎を噴き出した。
自らの皮膚を焼きながら放たれるそれは、私が知っていた体温とは別物の、悪の象徴だった。
「嘘……。だって、あんなに優しく……」
「優しく?勘違いすんなよ。……これが本当の俺だ。そう言えば約束してたよな。次会ったとき、名前を教えるって」
彼は1歩、また1歩と距離を詰める。
その度に、足元の地面から白い蒸気が上がる。
「俺はヴィラン連合の荼毘だ。覚えておけ」
私は反射的に右手を突き出し、最大出力の氷を放った。
バリバリと音を立てて広がる氷の結晶。
だけど、私の身体はその代償として、激しい悪寒と痛みに襲われる。
右腕が、一気に紫に変色し、皮膚が凍りついていく。
「……っ、あ……ガッ……!」
激痛に膝をつく私を、彼は冷ややかに見下ろした。
かつて私の手を包み込んだその大きな掌が、今は私の命を狙って炎を纏っている。
「身体が氷に耐えられない、だっけか」
荼毘が静かに言葉を吐く。
「惨めだな。そんな立派なスーツを与えられているのに、結局その様か」
その言葉は、コインランドリーで交わしたどの会話よりも残酷で、私の精神を擦り減らす。
「そんなんじゃ、いつまで経ってもその手が良くなることなんて不可能だな」
「くっ……!」
「育った環境が違えば、俺がお前の立場だったのかもしれねぇのに……」
それは、生まれ育った境遇を憎んでいるような、悲痛な叫びのようにも聞こえた。
「……荼毘……私は……!」
訴えかけながら、私は凍りついた腕を振り上げた。
視界が涙で滲む。
それが悲しみなのか、それとも急激な体温低下による生理現象なのか、自分でも分からなかった。
蒼い炎が渦を巻き、私の視界を埋め尽くす。
私の氷壁は、出すそばから、虚しくも白い霧となって蒸発していった。
「ハッ、無駄だって分かんねぇのかよ!その程度の個性で、俺の蒼炎は防げない!」
荼毘の叫びとともに、さらに火力が跳ね上がる。
彼の皮膚からは、焼けた肉の匂いが立ち込め、滴る血で足元には赤い斑点模様ができていた。
「……っ、……あ、……」
焼けるように熱い。
だけど、身に纏った氷と、母親譲りの炎耐性のおかげで、耐えることができる。
直感的に、このまま攻撃を受け続ければ、先に潰れるのは荼毘の方だと思った。
止めなければ……。
彼を死なせてはいけない。
「……荼毘……止めて……!死んじゃう……アナタが、燃え尽きちゃう……!」
私は叫びながら、1歩前へ踏み出した。
「死ぬ?ああ、本望だねぇ。このクソみたいな世界ごと、全部焼き尽くして死ねるなら最高だ!」
「……違う!アナタは、そんな風に笑う人じゃない……!」
私は右腕が使い物にならなくなるのを覚悟の上で、最大出力の氷を放った。
爆発的な冷気が、彼の炎を一時的に押し戻す。
その一瞬の隙を突いて、私は彼の胸元へ飛び込んだ。
「っ!?」
荼毘の瞳が揺れる。
私の冷え切った身体が、彼の燃え盛る熱と衝突する。
ジューと嫌な音がして、私のスーツの一部が溶け、肌に直接熱が伝わる。
だけど、私は構わずに彼の腕を掴んだ。
その時、衝動で彼の服のポケットから何かが転げ落ちた。
それは、私が彼に渡した、あの軟膏のチューブだった。
「……ねぇ、覚えてる?私の軟膏、少しは楽になるって言った……あの夜のこと」
「……黙れ……ッ!」
荼毘は私を突き飛ばそうとした。
だけど、そこには全く力がこもっていない。
彼もまた、限界だったのだ。
「今は分かり合えなくてもいい。アナタが私を拒絶しても、私は諦めない」
「……何を、言って……」
「いつか、私がアナタを更生させてみせる。アナタの炎を、人を焼き尽くすためじゃなく、人を温めるために使える日が来るまで。……何度だって、冷やしに行くから」
私の言葉に、荼毘は一瞬、呆然とした顔を見せた。
「……めでてぇ頭してんな。……次会う時は、その脳みそごと焼き殺してやるよ」
「知っているでしょ?私、炎には強いの」
「……フッ」
彼は鼻で笑うと、自分を覆うほどの巨大な炎の壁を作り出し、その向こう側へと消えていった。
後に残されたのは、焦げたコンクリートと、私の腕に残った重度の凍傷の痛み。
そして、彼に触れた時に感じた、微かな迷いのような震えの感覚だけだった。
「……待ってて。……次は必ず、捕まえてみせるから」
溶けかかった氷が、私の涙と一緒に地面に落ちて消えた。
ーーFinーー
私の目の前は、あの静かで暗い裏路地とは真逆の光景が広がっている。
あちこちで爆発音が鳴り響き、火の粉は舞い、建物がメラメラと燃え盛る。
ヴィランによる大規模襲撃。
現場は、まさに地獄絵図と化していた。
私は耐寒仕様のヒーロースーツを身に纏い、これ以上火災が広がらないよう、氷壁で防いでいた。
「……っ、被害が大きすぎるっ!」
通信機の向こうで仲間が悲鳴を上げる。
その時、炎を割ってひとつの影が現れた。
継ぎ接ぎの肌、狂気を含んだ青い瞳。
そして、周囲を舐め尽くすような禍々しい蒼炎。
「あ……」
喉の奥で、小さな音が漏れた。
怒号と銃声が、一瞬で遠のく。
私の目の前に立つその男は、コインランドリーのベンチで私の凍傷を癒してくれた、あの温かい人だったのだ。
「……なん……で……?」
震える声で呼ぶ。
彼は一瞬、動きを止めた。
そして、私のヒーロースーツを見るや否や、口角を歪に吊り上げる。
「ハッ、そうか……。お前、ヒーローだったのかよ」
その声は、かつての穏やかさを微塵も感じさせないほど冷酷で、鋭い。
彼は自身の手のひらから、巨大な蒼炎を噴き出した。
自らの皮膚を焼きながら放たれるそれは、私が知っていた体温とは別物の、悪の象徴だった。
「嘘……。だって、あんなに優しく……」
「優しく?勘違いすんなよ。……これが本当の俺だ。そう言えば約束してたよな。次会ったとき、名前を教えるって」
彼は1歩、また1歩と距離を詰める。
その度に、足元の地面から白い蒸気が上がる。
「俺はヴィラン連合の荼毘だ。覚えておけ」
私は反射的に右手を突き出し、最大出力の氷を放った。
バリバリと音を立てて広がる氷の結晶。
だけど、私の身体はその代償として、激しい悪寒と痛みに襲われる。
右腕が、一気に紫に変色し、皮膚が凍りついていく。
「……っ、あ……ガッ……!」
激痛に膝をつく私を、彼は冷ややかに見下ろした。
かつて私の手を包み込んだその大きな掌が、今は私の命を狙って炎を纏っている。
「身体が氷に耐えられない、だっけか」
荼毘が静かに言葉を吐く。
「惨めだな。そんな立派なスーツを与えられているのに、結局その様か」
その言葉は、コインランドリーで交わしたどの会話よりも残酷で、私の精神を擦り減らす。
「そんなんじゃ、いつまで経ってもその手が良くなることなんて不可能だな」
「くっ……!」
「育った環境が違えば、俺がお前の立場だったのかもしれねぇのに……」
それは、生まれ育った境遇を憎んでいるような、悲痛な叫びのようにも聞こえた。
「……荼毘……私は……!」
訴えかけながら、私は凍りついた腕を振り上げた。
視界が涙で滲む。
それが悲しみなのか、それとも急激な体温低下による生理現象なのか、自分でも分からなかった。
蒼い炎が渦を巻き、私の視界を埋め尽くす。
私の氷壁は、出すそばから、虚しくも白い霧となって蒸発していった。
「ハッ、無駄だって分かんねぇのかよ!その程度の個性で、俺の蒼炎は防げない!」
荼毘の叫びとともに、さらに火力が跳ね上がる。
彼の皮膚からは、焼けた肉の匂いが立ち込め、滴る血で足元には赤い斑点模様ができていた。
「……っ、……あ、……」
焼けるように熱い。
だけど、身に纏った氷と、母親譲りの炎耐性のおかげで、耐えることができる。
直感的に、このまま攻撃を受け続ければ、先に潰れるのは荼毘の方だと思った。
止めなければ……。
彼を死なせてはいけない。
「……荼毘……止めて……!死んじゃう……アナタが、燃え尽きちゃう……!」
私は叫びながら、1歩前へ踏み出した。
「死ぬ?ああ、本望だねぇ。このクソみたいな世界ごと、全部焼き尽くして死ねるなら最高だ!」
「……違う!アナタは、そんな風に笑う人じゃない……!」
私は右腕が使い物にならなくなるのを覚悟の上で、最大出力の氷を放った。
爆発的な冷気が、彼の炎を一時的に押し戻す。
その一瞬の隙を突いて、私は彼の胸元へ飛び込んだ。
「っ!?」
荼毘の瞳が揺れる。
私の冷え切った身体が、彼の燃え盛る熱と衝突する。
ジューと嫌な音がして、私のスーツの一部が溶け、肌に直接熱が伝わる。
だけど、私は構わずに彼の腕を掴んだ。
その時、衝動で彼の服のポケットから何かが転げ落ちた。
それは、私が彼に渡した、あの軟膏のチューブだった。
「……ねぇ、覚えてる?私の軟膏、少しは楽になるって言った……あの夜のこと」
「……黙れ……ッ!」
荼毘は私を突き飛ばそうとした。
だけど、そこには全く力がこもっていない。
彼もまた、限界だったのだ。
「今は分かり合えなくてもいい。アナタが私を拒絶しても、私は諦めない」
「……何を、言って……」
「いつか、私がアナタを更生させてみせる。アナタの炎を、人を焼き尽くすためじゃなく、人を温めるために使える日が来るまで。……何度だって、冷やしに行くから」
私の言葉に、荼毘は一瞬、呆然とした顔を見せた。
「……めでてぇ頭してんな。……次会う時は、その脳みそごと焼き殺してやるよ」
「知っているでしょ?私、炎には強いの」
「……フッ」
彼は鼻で笑うと、自分を覆うほどの巨大な炎の壁を作り出し、その向こう側へと消えていった。
後に残されたのは、焦げたコンクリートと、私の腕に残った重度の凍傷の痛み。
そして、彼に触れた時に感じた、微かな迷いのような震えの感覚だけだった。
「……待ってて。……次は必ず、捕まえてみせるから」
溶けかかった氷が、私の涙と一緒に地面に落ちて消えた。
ーーFinーー
