夜更けのコインランドリー
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仕事の合間を縫って、私は行きつけの小さな調剤薬局へ立ち寄った。
「こんばんは。……いつもの、お願いします」
カウンターに顔を出すと、奥から顔馴染みの薬剤師さんがにこやかに現れた。
私の手の状態を長年見てくれている、理解者の1人だ。
「はいはい、いつもの軟膏だね。……おや、◯◯さん。なんだか今日はご機嫌だね。仕事が順調なのかい?」
「えっ……。あ、そんなところです」
不意を突かれて、頬が少し緩む。
自分では意識していなかったけれど、どうやら顔に出ていたらしい。
実際は、仕事が片付いたからでも、指の調子が良くなったからでもない。
ただ、あの真夜中のコインランドリーで会う、名前も知らない男のことを思い出していた。
口は悪いけれど、温かい蒼炎を出す、あの人。
……今夜も、会えるかな。
その時に、名前を……。
そんな淡い期待を抱きながら、私は受け取ったばかりの軟膏を鞄に仕舞い込んだ。
ーーーー
その日の深夜。
午後から舞い込んだ大規模な救助活動に手間取り、私の体力は限界を超えていた。
なんとか衣類を放り込み、いつものように自販機で買った缶コーヒーをチビチビ飲みながら、ただ回るドラムを眺めていた。
「ふぁ……」
あくびを噛み殺しながらも意識を保っていたけれど、ガタガタと震える洗濯機の振動が、いつしか子守唄のように聞こえ始めていた。
……。
…………。
「……あっ!」
ふと目が覚めると、視界に入ったのは停止したドラムと、誰もいない静かな店内だった。
自販機のモーター音だけが、やけに大きく響いている。
「うわー、やっちゃった……」
洗濯が終わるのを待つ間に、ベンチに座ったまま寝落ちしてしまったらしい。
急いで時計を見ると、もう1時間が経過していた。
「……洗濯物、無事かな」
慌てて立ち上がろうとして、ふと自分の右手に違和感を覚えた。
ついさっきまで、感覚を失うほど氷のように冷え切り、紫に変色していたはずの指先に血色が戻っていた。
今は驚くほどポカポカと温かい。
「え……?」
慌てて周囲を見渡す。
だけど、自動ドアの向こうには深い闇が広がっているだけで、人影はない。
「あの人だ……」
あの、熱い体温を持つ彼が、ここに来ていたんだ。
私が無防備に寝ている間、彼は私の指を温め、そして黙って去っていった。
「起こしてくれればよかったのに……」
次に会えたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
ふと、ベンチに置いたままだった缶コーヒーに目をやった。
まだ半分以上は残っていたはず。
喉の渇きを潤そうと手に取ると、それは驚くほど軽かった。
「……え、空っぽ?」
逆さにしても1滴も落ちてこない。
「……あの人、ちゃっかり飲んでいったんだ……」
この、飲みかけのコーヒーが対価ってことかな。
思わず口角が緩む。
「それよりも、名前、聞きそびれちゃったなー」
“次、会えたら教えてやる”
その約束は、寝落ちをしたせいで無効になってしまった。
彼はきっと、今頃どこかで、私のマヌケな寝顔を思い出して笑っているに違いない。
「……次は、寝ないようにしないと」
そう思いながら、私は洗濯物を取り込んだ。
「こんばんは。……いつもの、お願いします」
カウンターに顔を出すと、奥から顔馴染みの薬剤師さんがにこやかに現れた。
私の手の状態を長年見てくれている、理解者の1人だ。
「はいはい、いつもの軟膏だね。……おや、◯◯さん。なんだか今日はご機嫌だね。仕事が順調なのかい?」
「えっ……。あ、そんなところです」
不意を突かれて、頬が少し緩む。
自分では意識していなかったけれど、どうやら顔に出ていたらしい。
実際は、仕事が片付いたからでも、指の調子が良くなったからでもない。
ただ、あの真夜中のコインランドリーで会う、名前も知らない男のことを思い出していた。
口は悪いけれど、温かい蒼炎を出す、あの人。
……今夜も、会えるかな。
その時に、名前を……。
そんな淡い期待を抱きながら、私は受け取ったばかりの軟膏を鞄に仕舞い込んだ。
ーーーー
その日の深夜。
午後から舞い込んだ大規模な救助活動に手間取り、私の体力は限界を超えていた。
なんとか衣類を放り込み、いつものように自販機で買った缶コーヒーをチビチビ飲みながら、ただ回るドラムを眺めていた。
「ふぁ……」
あくびを噛み殺しながらも意識を保っていたけれど、ガタガタと震える洗濯機の振動が、いつしか子守唄のように聞こえ始めていた。
……。
…………。
「……あっ!」
ふと目が覚めると、視界に入ったのは停止したドラムと、誰もいない静かな店内だった。
自販機のモーター音だけが、やけに大きく響いている。
「うわー、やっちゃった……」
洗濯が終わるのを待つ間に、ベンチに座ったまま寝落ちしてしまったらしい。
急いで時計を見ると、もう1時間が経過していた。
「……洗濯物、無事かな」
慌てて立ち上がろうとして、ふと自分の右手に違和感を覚えた。
ついさっきまで、感覚を失うほど氷のように冷え切り、紫に変色していたはずの指先に血色が戻っていた。
今は驚くほどポカポカと温かい。
「え……?」
慌てて周囲を見渡す。
だけど、自動ドアの向こうには深い闇が広がっているだけで、人影はない。
「あの人だ……」
あの、熱い体温を持つ彼が、ここに来ていたんだ。
私が無防備に寝ている間、彼は私の指を温め、そして黙って去っていった。
「起こしてくれればよかったのに……」
次に会えたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
ふと、ベンチに置いたままだった缶コーヒーに目をやった。
まだ半分以上は残っていたはず。
喉の渇きを潤そうと手に取ると、それは驚くほど軽かった。
「……え、空っぽ?」
逆さにしても1滴も落ちてこない。
「……あの人、ちゃっかり飲んでいったんだ……」
この、飲みかけのコーヒーが対価ってことかな。
思わず口角が緩む。
「それよりも、名前、聞きそびれちゃったなー」
“次、会えたら教えてやる”
その約束は、寝落ちをしたせいで無効になってしまった。
彼はきっと、今頃どこかで、私のマヌケな寝顔を思い出して笑っているに違いない。
「……次は、寝ないようにしないと」
そう思いながら、私は洗濯物を取り込んだ。
