夜更けのコインランドリー
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雨がしとしとと降る深夜。
こんな天気の日に、わざわざ重い洗濯物を抱えてコインランドリーへ足を運ぶ物好きは、私くらいだろう。
いや、今では洗濯物はおまけで、名前も知らない、彼に会いに来ていた。
店内に足を踏み入れると、湿気を帯びた空気の中に、微かに残る柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
いつものように衣類を放り込み、自販機で買った温かいコーヒーを手に、定位置のベンチへ腰を下ろした。
「……今日は来ないのかな」
独り言が、誰もいない店内に響く。
ふと、前回の別れ際に彼が残した言葉が蘇る。
“生きていれば、また、そのうち会えるだろう”
私は彼に、自分がプロヒーローだとは伝えていない。
それなのに、命の危機がある仕事だと気付いての言葉だろうか。
それとも、使いすぎれば切断すら余儀なくされる私の個性を案じての言葉だったのか。
そんなことを考えていると、自動ドアが静かに開いた。
雨の匂いと共に滑り込んできたのは、見慣れたシルエット。
「……こんな日にもいるのかよ」
低く、耳に心地よい掠れ声。
彼は深く被ったフードから滴る雫を払おうともせず、私の隣にどさりと腰を下ろした。
「……こんばんは。アナタもね」
「フッ。違ぇねぇ」
彼は鼻を鳴らすと、ポケットから無造作に何かを取り出した。
それは、以前、私が渡したあの特注の軟膏だった。
チューブの腹は凹み、彼が実際に使ったことを物語っている。
「……それ、使ってくれたんですね」
「……ベタついて、気分が悪ぃ」
「ふふ、文句言いながらも使ってくれるなんて。優しいんですね」
「……うるせぇ」
吐き捨てられた言葉とは裏腹に、彼はベンチに置かれた私の手の上に、自らの大きな掌をそっと重ねた。
「……っ熱い……」
「……嫌なら今すぐ振りほどけ」
「ううん。……心地いいです。私にはちょうどいい」
「そうかい……」
手のひらを通して伝わってくるのは、冷え切った心までも癒す、温かい蒼炎。
そして、ベタつくと毒づいていた彼の手は、以前よりも火傷の突っ張りが和らぎ、どこか柔らかく感じられた。
「それにしても、本当に冷てぇな」
彼は自嘲するように笑い、私の指を1本1本、絡め取るように触れる。
「……ねぇ、1つだけ聞いてもいいですか?」
「……何だ」
乾燥機の回転が止まり、店内に完全な静寂が訪れる。
今、この場所には私たち2人しかいない。
私は勇気を振り絞って声を出した。
「●●。……私の名前です。アナタは?」
彼はゆっくりと立ち上がり、入り口の方へと歩き出した。
開いたドアから吹き込む夜風が、彼のフードを揺らす。
「……次、会えたら教えてやるよ」
彼は1度だけ振り返り、青い瞳を妖しく光らせながら笑った。
「……それまでに、その手を何とかしろよ」
そう言い残して、彼は雨の夜へと消えていった。
ベンチに残されたのは、飲みかけのコーヒーだけ。
私は、彼が触れていた自分の指先を見つめた。
そこにはもう、霜焼けの痛みも、凍てつく冷たさも残っていなかった。
こんな天気の日に、わざわざ重い洗濯物を抱えてコインランドリーへ足を運ぶ物好きは、私くらいだろう。
いや、今では洗濯物はおまけで、名前も知らない、彼に会いに来ていた。
店内に足を踏み入れると、湿気を帯びた空気の中に、微かに残る柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
いつものように衣類を放り込み、自販機で買った温かいコーヒーを手に、定位置のベンチへ腰を下ろした。
「……今日は来ないのかな」
独り言が、誰もいない店内に響く。
ふと、前回の別れ際に彼が残した言葉が蘇る。
“生きていれば、また、そのうち会えるだろう”
私は彼に、自分がプロヒーローだとは伝えていない。
それなのに、命の危機がある仕事だと気付いての言葉だろうか。
それとも、使いすぎれば切断すら余儀なくされる私の個性を案じての言葉だったのか。
そんなことを考えていると、自動ドアが静かに開いた。
雨の匂いと共に滑り込んできたのは、見慣れたシルエット。
「……こんな日にもいるのかよ」
低く、耳に心地よい掠れ声。
彼は深く被ったフードから滴る雫を払おうともせず、私の隣にどさりと腰を下ろした。
「……こんばんは。アナタもね」
「フッ。違ぇねぇ」
彼は鼻を鳴らすと、ポケットから無造作に何かを取り出した。
それは、以前、私が渡したあの特注の軟膏だった。
チューブの腹は凹み、彼が実際に使ったことを物語っている。
「……それ、使ってくれたんですね」
「……ベタついて、気分が悪ぃ」
「ふふ、文句言いながらも使ってくれるなんて。優しいんですね」
「……うるせぇ」
吐き捨てられた言葉とは裏腹に、彼はベンチに置かれた私の手の上に、自らの大きな掌をそっと重ねた。
「……っ熱い……」
「……嫌なら今すぐ振りほどけ」
「ううん。……心地いいです。私にはちょうどいい」
「そうかい……」
手のひらを通して伝わってくるのは、冷え切った心までも癒す、温かい蒼炎。
そして、ベタつくと毒づいていた彼の手は、以前よりも火傷の突っ張りが和らぎ、どこか柔らかく感じられた。
「それにしても、本当に冷てぇな」
彼は自嘲するように笑い、私の指を1本1本、絡め取るように触れる。
「……ねぇ、1つだけ聞いてもいいですか?」
「……何だ」
乾燥機の回転が止まり、店内に完全な静寂が訪れる。
今、この場所には私たち2人しかいない。
私は勇気を振り絞って声を出した。
「●●。……私の名前です。アナタは?」
彼はゆっくりと立ち上がり、入り口の方へと歩き出した。
開いたドアから吹き込む夜風が、彼のフードを揺らす。
「……次、会えたら教えてやるよ」
彼は1度だけ振り返り、青い瞳を妖しく光らせながら笑った。
「……それまでに、その手を何とかしろよ」
そう言い残して、彼は雨の夜へと消えていった。
ベンチに残されたのは、飲みかけのコーヒーだけ。
私は、彼が触れていた自分の指先を見つめた。
そこにはもう、霜焼けの痛みも、凍てつく冷たさも残っていなかった。
