姿形が変わっていようとも
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〜姿形が変わっていようとも〜
街に出れば、排気ガスの刺激や、行き交う人々の生活臭が押し寄せる。
普通の人なら、特別不快に感じない微かな臭いなのかもしれない。
それでも、私の個性『超嗅覚』なら、それらが毒ガスも同然になる。
もちろん、普段から個性を発動させると鼻がイカれてしまうため、控えている。
それでも、普通の人よりは鋭い方だ。
アロマを焚いたお店や、香水を扱っているお店には入れない。
デパートの化粧品売り場だって論外。
そんな過敏な私にとって、彼の存在は唯一の救いだった。
ーーーー
ガラッと教室の引き戸が開く。
その瞬間、私の鼻腔を震わせたのは、太陽の様な温かな匂いだった。
「おはよう、燈矢君!」
「おはよう、●●ちゃん!」
そう言って笑う彼は轟燈矢君。
彼の周囲には、いつも温かなオーラが揺れている。
私の個性を知っていても、まさか自分の匂いを嗅がれているとは露知らず、彼はいつも屈託のない笑顔を向けてくれた。
ふと、彼の服の袖口から覗く手首に目が留まる。
そこには、昨日まではなかった赤黒い火傷の痕と、ツンとした消毒液の匂いが混じっていた。
「燈矢君、またケガ増えてるね」
「おうよ。だけど、練習の成果は出てるんだぜ?これを続ければ、いつか……!」
彼は誇らしげに胸を張る。
その瞳の奥には、自信がみなぎっていた。
彼のお家は厳しいらしく、その中でも長男の燈矢君は尚更個性伸ばしに勤しんでいる。
ただ、父親譲りの火力を備えているけど、身体は母親譲りの氷結の個性の体質を持っているらしく、いつも新しい火傷を作って登校してくる。
「無理、しないでね。燈矢君がボロボロになるのは、見てて辛いよ」
「ははっ、ありがとな。でも大丈夫だ、俺はお父さんみたいなヒーローになるんだから!」
その言葉を信じていた。
いつか彼が、体質を克服してスーパーヒーローになる日が来ると。
ーーーー
突然知らされた、燈矢君の訃報。
葬儀会場に漂うのは、噎せ返るような菊の花の香りと、お線香の重たい煙。
それらは私の敏感な鼻を容赦なく刺激し、思考を麻痺させた。
「遺体は……損傷が激しく、見せられる状態ではありません」
案内スタッフらしきスーツ姿の男性が、淡々と説明をする。
目の前の棺には、あんなに温かかった彼が入っているという。
嘘だ……。
信じない……信じたくない……。
匂いさえ嗅げれば、それが彼かどうか分かる。
だけど、溢れ出る涙と鼻水のせいで、私の個性は機能しなかった。
そもそも、冷静でいられない私にはそんな余裕はなかった。
ーーーー
翌日。
何事もなかったかのように世界は回り、教室の彼の席には、白い花が生けられた花瓶が置かれていた。
“おはよう、●●ちゃん!”
不意に、あの陽だまりの匂いがした気がして入り口を振り返る。
だけど、そこにいたのは別のクラスメイトで。
漂ってきたのは、ただの洗剤の匂いだった。
私の世界から、一番大切で、一番大好きな匂いが消えてしまった。
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