きっかけは突然に
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「……あ」
講義室のデスクに肘をつき、ノートの端に意味のない落書きをしながら、私は小さく息を吐いた。
二口さんの家に、お気に入りの髪飾りを忘れてきてしまった。
きっと朝、洗面所を借りた時だ。
バイト先で待っていれば、届けてくれるかな……。
それとも、忘れ物をしましたって、またお家にお邪魔してもいいのかな……。
ぐるぐるとそんなことばかりが頭を巡る。
書き置きに自分の連絡先を書いておけばよかったと、今更ながら激しく後悔した。
だけど、今日はバイトがお休みだから彼に会う術がない。
そして明日のシフトは、よりによって早朝から。
いつもの二口さんがやってくる夕方の時間には、私はもう上がってしまっているのだ。
連絡先も知らないし、もう諦めようかな……。
お気に入りだったけど、また似たようなのを買えばいいし……。
教授の淡々とした講義の声は右から左へと抜けていく。
内定はもう出ているから、あとは単位を落とさない程度に通うだけの形ばかりの時間。
壁掛け時計を睨みつけながら、「早く終わらないかな」と心の中でため息を吐いた。
ーーーー
「おはようございまーす……」
翌朝、まだ薄暗い中、コンビニの裏口をくぐる。
小さくあくびを噛み殺しながらタイムカードを切り、夜勤のバイトさんと引き継ぎを交わした。
朝のピーク前に、まずはドリンクの補充作業。
バックヤードに入り、棚の裏側からエナジードリンクや缶コーヒー、お茶を補充していく。
すると、コンビニ特有の軽やかな来店音が店内に響いた。
バックヤードでこの作業をしているときの接客は、正直ちょっと面倒くさい。
レジの前で呼ばれたら出ればいっか……。
そのまま作業を続けようとした、その時。
「すみませーん」
うわ、商品選ぶの早っ!
「すぐ行きまーす!」
扉を開けて慌ててレジカウンターへ向かった私は、そこに立っていた人物を見て、危うく声を上げそうになった。
「え……二口さん!?」
店内に立っていたのは、いつもの作業着姿の二口さんだった。
「おはよう」
「お、おはようございます……!」
胸がドクンと大きく跳ね上がる。
朝から二口さんを拝めるなんて、一体何の奇跡だろう。
だけど、彼の両手には何も商品が握られていなかった。
「あの……この時間帯にお会いするの、初めてですね。お買い物ですか?」
「いや。今日は夜勤明けなんだよね」
そう言って二口さんは、作業着のポケットにスッと手を差し入れた。
「それよりさ。この間、忘れ物したでしょ」
取り出されたのは、あのお気に入りの髪飾りだった。
「あっ……!ありがとうございます!わざわざ届けてくださったんですね……っ」
それを受け取ると、私は申し訳なさで胸がいっぱいになり、深々と頭を下げた。
「あの、先日は本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした……!酔い潰れるなんて思わなくて……」
「いいって、気にしないで。……それよりさ」
二口さんはレジカウンターに少し身を乗り出すと、困ったように片方の眉を下げた。
「その敬語、そろそろやめてくれない?俺の方が年下なワケだしさ。なんだか距離感じちゃって」
「えっ……でも、二口さんはお客様だし、私よりしっかりしてるし……」
「お願い。タメ口で話してほしい」
そんな真っ直ぐな瞳で見つめられたら、断れるはずがない。
私はゴクリと唾を飲み込み、照れくささを必死で押し殺しながら口を開いた。
「分かり……分かったよ。……堅治君」
「……」
言った瞬間、店内が一瞬静まり返った気がした。
あっ、やばい……。
さすがに、いきなり下の名前は調子乗りすぎたかも……。
顔から火が出そうになり、パニックで言い訳を考えようとしたその時。
堅治君の口元が、フッと柔らかく緩んだ。
「うん、いいね。悪くない」
彼は満足そうに笑うと、片手をひらひらと振って後ろを振り返る。
「じゃあ俺、もう帰るから。残り時間のシフトも頑張ってね、●●さん」
「う、うん……!ありがとう、堅治君!」
去っていく背中に向かって声を張る。
私も下の名前で呼ばれちゃった……!
湧き上がる嬉しさに、私は一人レジで拳をギュッと握りしめた。
早朝バイトの眠気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
今日一日、余裕で頑張れそうな気がした。
講義室のデスクに肘をつき、ノートの端に意味のない落書きをしながら、私は小さく息を吐いた。
二口さんの家に、お気に入りの髪飾りを忘れてきてしまった。
きっと朝、洗面所を借りた時だ。
バイト先で待っていれば、届けてくれるかな……。
それとも、忘れ物をしましたって、またお家にお邪魔してもいいのかな……。
ぐるぐるとそんなことばかりが頭を巡る。
書き置きに自分の連絡先を書いておけばよかったと、今更ながら激しく後悔した。
だけど、今日はバイトがお休みだから彼に会う術がない。
そして明日のシフトは、よりによって早朝から。
いつもの二口さんがやってくる夕方の時間には、私はもう上がってしまっているのだ。
連絡先も知らないし、もう諦めようかな……。
お気に入りだったけど、また似たようなのを買えばいいし……。
教授の淡々とした講義の声は右から左へと抜けていく。
内定はもう出ているから、あとは単位を落とさない程度に通うだけの形ばかりの時間。
壁掛け時計を睨みつけながら、「早く終わらないかな」と心の中でため息を吐いた。
ーーーー
「おはようございまーす……」
翌朝、まだ薄暗い中、コンビニの裏口をくぐる。
小さくあくびを噛み殺しながらタイムカードを切り、夜勤のバイトさんと引き継ぎを交わした。
朝のピーク前に、まずはドリンクの補充作業。
バックヤードに入り、棚の裏側からエナジードリンクや缶コーヒー、お茶を補充していく。
すると、コンビニ特有の軽やかな来店音が店内に響いた。
バックヤードでこの作業をしているときの接客は、正直ちょっと面倒くさい。
レジの前で呼ばれたら出ればいっか……。
そのまま作業を続けようとした、その時。
「すみませーん」
うわ、商品選ぶの早っ!
「すぐ行きまーす!」
扉を開けて慌ててレジカウンターへ向かった私は、そこに立っていた人物を見て、危うく声を上げそうになった。
「え……二口さん!?」
店内に立っていたのは、いつもの作業着姿の二口さんだった。
「おはよう」
「お、おはようございます……!」
胸がドクンと大きく跳ね上がる。
朝から二口さんを拝めるなんて、一体何の奇跡だろう。
だけど、彼の両手には何も商品が握られていなかった。
「あの……この時間帯にお会いするの、初めてですね。お買い物ですか?」
「いや。今日は夜勤明けなんだよね」
そう言って二口さんは、作業着のポケットにスッと手を差し入れた。
「それよりさ。この間、忘れ物したでしょ」
取り出されたのは、あのお気に入りの髪飾りだった。
「あっ……!ありがとうございます!わざわざ届けてくださったんですね……っ」
それを受け取ると、私は申し訳なさで胸がいっぱいになり、深々と頭を下げた。
「あの、先日は本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした……!酔い潰れるなんて思わなくて……」
「いいって、気にしないで。……それよりさ」
二口さんはレジカウンターに少し身を乗り出すと、困ったように片方の眉を下げた。
「その敬語、そろそろやめてくれない?俺の方が年下なワケだしさ。なんだか距離感じちゃって」
「えっ……でも、二口さんはお客様だし、私よりしっかりしてるし……」
「お願い。タメ口で話してほしい」
そんな真っ直ぐな瞳で見つめられたら、断れるはずがない。
私はゴクリと唾を飲み込み、照れくささを必死で押し殺しながら口を開いた。
「分かり……分かったよ。……堅治君」
「……」
言った瞬間、店内が一瞬静まり返った気がした。
あっ、やばい……。
さすがに、いきなり下の名前は調子乗りすぎたかも……。
顔から火が出そうになり、パニックで言い訳を考えようとしたその時。
堅治君の口元が、フッと柔らかく緩んだ。
「うん、いいね。悪くない」
彼は満足そうに笑うと、片手をひらひらと振って後ろを振り返る。
「じゃあ俺、もう帰るから。残り時間のシフトも頑張ってね、●●さん」
「う、うん……!ありがとう、堅治君!」
去っていく背中に向かって声を張る。
私も下の名前で呼ばれちゃった……!
湧き上がる嬉しさに、私は一人レジで拳をギュッと握りしめた。
早朝バイトの眠気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
今日一日、余裕で頑張れそうな気がした。
