モーニングルーティン
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〜モーニングルーティン〜
季節は春だというのに、朝はまだ寒くて、思わず身震いしてしまう。
眠い目を擦りながら、私はいつもよりずいぶん早い時間に学校へ向かっていた。
昨日、あろうことか課題に必要な教材を学校に忘れてしまい、一刻も早く取り組むために早朝登校を決めたのだ。
こんな時ばかりは、部活に所属していなくてよかったと思う。
普段なら生徒で賑わっている通学路も、この時間は静寂に包まれている。
そんな静けさの中を通り抜けようとした矢先、背後から規則正しい足音が聞こえてきた。
アスファルトを力強く踏みしめる音と、安定した呼吸音。
ジョギング中だろうか……。
私は邪魔にならないよう、慌てて道の隅に寄って進路を譲った。
すると、その音の持ち主は追い抜いていくどころか、私の隣でスッと速度を落とした。
軽い足踏みをしながら、私の歩調に合わせるようにして並走してくる。
「おはよう」
不意に降ってきた低い声に驚いて顔を上げる。
「え……あ、牛島君。おはよう」
そこにいたのは、同じクラスの牛島若利君だった。
彼の額には汗が浮かび上がっている。
「こんな早い時間から走ってるの?」
「ああ、日課だ」
いかにも彼らしい、簡潔な答え。
牛島君は足踏みを続けながら、じっとこちらを見つめた。
「そう言う◯◯は、なぜこんな時間に」
「……いや、私はその……。昨日、課題に必要な教材忘れちゃって……。それをやろうと思って、ね」
情けなさに少し声を落として答えると、彼はフンと鼻から息を抜いた。
呆れられたのかと思ったけれど、その瞳には軽蔑の色など全くなかった。
あるのは、ただ純粋な応援の気持ち。
「そうか。頑張れよ」
「うん……ありがとう」
それだけ言うと、牛島君は再び前を向き、一気に加速した。
あっという間に遠ざかっていく背中。
時間にすれば、ほんの数十秒の出来事だ。
普段はクラスでも言葉を交わす機会なんてほとんどない彼。
だけど、静かな朝の道での出来事が、不思議と印象に残った。
ーーーー
誰もいない昇降口を通り、静まり返った廊下を進む。
ガラリと教室の扉を開けると、当然、中には誰もいない。
教室はいつもより広く感じられた。
「……あった!」
自分の机の引き出しを覗き込むと、目的の教材がポツンと残されていた。
安堵から息がホッと出る。
これで課題ができる。
あとは時間との戦いだ。
シャーペンを走らせる音だけが、静かな教室に響く。
牛島君は、まだ走っているのだろうか。
それとも、もう朝練に向かっただろうか。
先ほどの背中をなんとなく思い出しながら、必死に手を動かした。
……。
…………。
「……よし、終わった!」
最後の問題を解き終え、ペンを置いたのとほぼ同時に、チャイムの音が鳴り響いた。
時計を見れば、朝練の終わりを告げる時間。
それを合図にするかのように、廊下からガヤガヤと賑やかな声が近付いてきた。
ガラガラと扉が開くたびに、聞き慣れたクラスメイトたちの声が響き渡る。
教室は一気に喧騒に包まれた。
その中に、一際目を引く大きな体躯が現れた。
牛島君だ。
朝練を終え、制服に着替えた彼は、いつも通りの堂々とした風貌で教室に入ってきた。
私は思わず、じっと彼を見つめてしまう。
目、合うかな……。
ほんの少しだけ期待した。
だけど、彼は自分の席へ一直線に向かうだけで、私の方を振り返ることはなかった。
今朝、交わした短い会話なんて、最初からなかったかのような、いつものすました横顔。
冷淡なワケじゃない。
ただ、彼にとってあれは特別なことではなく、取るに足らない出来事だったのだろう。
だけど、私にとっては……。
ほんの少しの寂しさを抱きながら、私は机の上に置いた、やり終えたばかりの課題に視線を戻した。
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