バカはバカなりに
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~バカはバカなりに~
「今日から夏目漱石の“こころ”をやるぞー。教科書を開いて」
チョークの音が教室に響く。
現代文の授業。
避けては通れない文豪の名に、胸がざわついた。
「と、その前にお前たちが好きそうな話を1つしてやろう」
教壇に立つ先生が、ニヤリと口角を上げた。
「夏目漱石が英語の
「根拠となる文献はないけどな」と付け加えた先生の言葉は、浮き足立った生徒たちの耳には届いていないようだった。
「はい、雑談終わり!授業に戻るぞ」
その日を境に、校内では「月が綺麗ですね」という言葉が蔓延した。
授業中にこっそり回す手紙の一文や、放課後の教室で。
冗談めかした告白に、頬を染める女子たち。
本気なのか、遊びなのか。
もし片方が冗談で告白しても、受け取った側が本気にしてしまったら……。
そんな悲しいことはない。
中学時代、罰ゲームで告白をされたことのある私は、この風潮が嫌いだ。
それなのに、友達と移動教室へ向かう途中のこと。
「●●!月が綺麗ですね」
よりによって影山に言われるとは。
中学時代、私に嘘の告白をしてきた張本人。
おそらく、いや絶対に、影山のクラスも同じ現代文の先生のはずだ。
私は冷めた視線を彼に向けた。
「アンタ、この間の現代文の授業、起きてた?」
「いや、寝てた」
影山は悪びれる様子もなく、前髪を無造作にかきあげた。
「でしょうね」
私はため息を吐いた。
授業を睡眠時間だと思っている彼が、漱石の逸話など知るはずがない。
誰かが面白半分に、彼にこのフレーズを吹き込んだのだろう。
今もきっと、物陰から誰かがこの「余興」を見ているに違いない。
また私を笑いものにするつもり?
煮え返るような感情を飲み込み、私は彼に相応しい言葉を突きつけることにした。
「月の裏側は見えません」
「は?」
影山が呆気に取られたように口を開ける。
「月が綺麗ですね、に対する答えよ」
「待てよ、俺はそもそも意味を……」
「それくらい自分で考えて。私急いでるから!」
背後で何かを言いかけた彼の声を、私は強引に遮った。
隣で様子を伺っていた友達の腕を引き、逃げるように階段を駆け上がる。
「●●、良かったの?まだ予鈴まで時間あるのに……」
心配そうに顔を覗き込む友達に、私は無理やり口角を上げて見せた。
「いいの、あんなヤツ」
私は影山の方を振り返ることはしなかった。
“月の裏側は見えません”
その意味は、あなたの考えていることが分かりません。
影山に理解できるはずのない答えを、悩めばいい。
1/5ページ
