ドアベル、今日のご機嫌は
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この日は、今にも雨が降りそうな曇り空だった。
入口のドアベルもどこか元気がないように聞こえる。
そんな空間を切り裂くように、扉が荒々しく開け放たれた。
「おい、責任者を呼べ!」
一直線にレジカウンターまでやってきた中年の男性客は、入るなりドスの利いた声を張り上げた。
店内のイートインスペースで、数名のお客様が楽しそうにケーキを頬張っていたけれど、一瞬で空気が凍りつく。
周囲の視線がチラチラとこちらに集まるのが分かった。
売り場に立っていた私は、グッと拳を握りしめて精いっぱいの平静を保つ。
「いらっしゃいませ。……いかがなさいました?」
「いかがもなにも、ここで買ったチョコケーキの中に、長い髪の毛が入っていたんだ!」
男性はカウンターをバンッと激しく叩いた。
私は背筋が冷たくなるのを感じながらも、深く頭を下げる。
「大変申し訳ございません。恐れ入りますが、問題のあったお品物は今ございますでしょうか?」
「あんな気持ち悪いもの、とっくに捨てたわ!写真も撮ってねえよ!」
現物も写真も、何の証拠もない。
だけど、ここで疑うような態度をとれば火に油を注ぐことになる。
私は慎重に言葉を選んだ。
「左様ですか……。今一度確認いたしますが、髪の毛はケーキの外側ではなく、中に混入していたのですか?」
「だから、さっきからそうだって言ってるだろ!一口食べたら中から出てきたんだ!ケーキのスポンジの中からな!」
怒鳴り散らす男性の剣幕に、私は一歩身を引いてしまう。
どう対応すべきか頭を悩ませたその時、厨房へと繋がる扉が静かに開いた。
「はーいはい、そこまでネ。お騒がせしてすみませーん」
独特の飄々とした声とともに現れたのは、覚君だった。
彼は私を一瞬だけ見つめ、「大丈夫」と伝えるように優しく小さく頷くと、男性の前に立った。
「店長の天童です。この度は当店の商品に異物が混入していたとのことで、大変不快な思いをさせてしまって申し訳ございません」
綺麗に頭を下げた覚君に、男性は少し気圧されながらもフンッと鼻を鳴らす。
覚君はゆっくりと体を起こし、男性の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、一切笑っていない。
「しかしですねぇ、うちの商品は、ぜーんぶ私1人で作っているんですヨ。落ちる髪の毛があれば、よかったんですけど……」
そう言って、覚君は頭に被っていた白いコック帽をゆっくりと脱いだ。
現れたのは、見事なまでの滑らかな坊主頭だった。
高校時代の覚君といえば、真っ赤なツンツン頭だった。
だけど、パティシエとしての覚悟とともに、今の彼は丸刈りにしている。
「……なっ!いや……ほら、だとしても、こっちの女の髪かもしれないだろ!」
あからさまに動揺し、顔を引きつらせながら私を指差す男性。
だけど、覚君は逃げ道を塞ぐように、トドメの一言を言い放つ。
「先ほど、スポンジケーキの生地の“中”に混入していた、とはっきりおっしゃいましたよね?彼女は売り子。生地の仕込みや焼き上げには一切関わっていませーん。つまり……物理的に不可能なのですよ、お客さん」
「あ……」
男性の顔から一気に血の気が引いていく。
静まり返った店内に、イートインスペースのお客様のヒソヒソ話が低く響き渡った。
「え、じゃあでっちあげ?」
「自作自演ってことよ。迷惑よね」
「うわあ、最低……」
周囲からの蔑むような視線に耐えかねた男性は、顔を真っ赤にして、まるで逃げ出すように勢いよく店を飛び出していった。
カランコロンと間の抜けたドアベルの音が、店内に響く。
「ふぅ、一件落着〜。みんな、びっくりさせてごめんネ?お詫びに今日のトリュフを、1個ずつサービスしちゃう!」
覚君が両手を広げてイートインのお客様にウインクしてみせると、張り詰めていた空気は一気に和み、店内からは温かい拍手と歓声さえ沸き起こった。
コック帽を被り直した覚君が、カウンターの裏へと回り込み、私の肩をポンポンと優しく叩く。
「怖かったでしょ、よく頑張りました」
「覚君……ありがとう。すごく格好良かった」
ホッとして力が抜けそうになる私に、覚君は悪戯っぽく笑ってみせた。
「変なイチャモンでうちの可愛い売り子さんを泣かせるワケにはいかないからね。さ、気を取り直して、美味しいケーキを届けましょーかネ!」
窓の外に目をやると、あんなにどんよりしていた雲はどこへやら。
いつの間にか青空が広がっていた。
ーーFinーー
入口のドアベルもどこか元気がないように聞こえる。
そんな空間を切り裂くように、扉が荒々しく開け放たれた。
「おい、責任者を呼べ!」
一直線にレジカウンターまでやってきた中年の男性客は、入るなりドスの利いた声を張り上げた。
店内のイートインスペースで、数名のお客様が楽しそうにケーキを頬張っていたけれど、一瞬で空気が凍りつく。
周囲の視線がチラチラとこちらに集まるのが分かった。
売り場に立っていた私は、グッと拳を握りしめて精いっぱいの平静を保つ。
「いらっしゃいませ。……いかがなさいました?」
「いかがもなにも、ここで買ったチョコケーキの中に、長い髪の毛が入っていたんだ!」
男性はカウンターをバンッと激しく叩いた。
私は背筋が冷たくなるのを感じながらも、深く頭を下げる。
「大変申し訳ございません。恐れ入りますが、問題のあったお品物は今ございますでしょうか?」
「あんな気持ち悪いもの、とっくに捨てたわ!写真も撮ってねえよ!」
現物も写真も、何の証拠もない。
だけど、ここで疑うような態度をとれば火に油を注ぐことになる。
私は慎重に言葉を選んだ。
「左様ですか……。今一度確認いたしますが、髪の毛はケーキの外側ではなく、中に混入していたのですか?」
「だから、さっきからそうだって言ってるだろ!一口食べたら中から出てきたんだ!ケーキのスポンジの中からな!」
怒鳴り散らす男性の剣幕に、私は一歩身を引いてしまう。
どう対応すべきか頭を悩ませたその時、厨房へと繋がる扉が静かに開いた。
「はーいはい、そこまでネ。お騒がせしてすみませーん」
独特の飄々とした声とともに現れたのは、覚君だった。
彼は私を一瞬だけ見つめ、「大丈夫」と伝えるように優しく小さく頷くと、男性の前に立った。
「店長の天童です。この度は当店の商品に異物が混入していたとのことで、大変不快な思いをさせてしまって申し訳ございません」
綺麗に頭を下げた覚君に、男性は少し気圧されながらもフンッと鼻を鳴らす。
覚君はゆっくりと体を起こし、男性の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、一切笑っていない。
「しかしですねぇ、うちの商品は、ぜーんぶ私1人で作っているんですヨ。落ちる髪の毛があれば、よかったんですけど……」
そう言って、覚君は頭に被っていた白いコック帽をゆっくりと脱いだ。
現れたのは、見事なまでの滑らかな坊主頭だった。
高校時代の覚君といえば、真っ赤なツンツン頭だった。
だけど、パティシエとしての覚悟とともに、今の彼は丸刈りにしている。
「……なっ!いや……ほら、だとしても、こっちの女の髪かもしれないだろ!」
あからさまに動揺し、顔を引きつらせながら私を指差す男性。
だけど、覚君は逃げ道を塞ぐように、トドメの一言を言い放つ。
「先ほど、スポンジケーキの生地の“中”に混入していた、とはっきりおっしゃいましたよね?彼女は売り子。生地の仕込みや焼き上げには一切関わっていませーん。つまり……物理的に不可能なのですよ、お客さん」
「あ……」
男性の顔から一気に血の気が引いていく。
静まり返った店内に、イートインスペースのお客様のヒソヒソ話が低く響き渡った。
「え、じゃあでっちあげ?」
「自作自演ってことよ。迷惑よね」
「うわあ、最低……」
周囲からの蔑むような視線に耐えかねた男性は、顔を真っ赤にして、まるで逃げ出すように勢いよく店を飛び出していった。
カランコロンと間の抜けたドアベルの音が、店内に響く。
「ふぅ、一件落着〜。みんな、びっくりさせてごめんネ?お詫びに今日のトリュフを、1個ずつサービスしちゃう!」
覚君が両手を広げてイートインのお客様にウインクしてみせると、張り詰めていた空気は一気に和み、店内からは温かい拍手と歓声さえ沸き起こった。
コック帽を被り直した覚君が、カウンターの裏へと回り込み、私の肩をポンポンと優しく叩く。
「怖かったでしょ、よく頑張りました」
「覚君……ありがとう。すごく格好良かった」
ホッとして力が抜けそうになる私に、覚君は悪戯っぽく笑ってみせた。
「変なイチャモンでうちの可愛い売り子さんを泣かせるワケにはいかないからね。さ、気を取り直して、美味しいケーキを届けましょーかネ!」
窓の外に目をやると、あんなにどんよりしていた雲はどこへやら。
いつの間にか青空が広がっていた。
ーーFinーー
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