キミの熱気に当てられて
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あの日から1ヶ月足らず。
ついこの間まで、教室を騒がせていたバレンタインの浮かれた熱気は、3月に入った途端、緊張感へと変わってしまった。
推薦で進路が決まり、春休みを待ち侘びる者。
そして、国立大入試に向けて、ラストスパートをかけている者。
同じ教室にいながら、心の温度差はバラバラだ。
私は既に合格を貰っているけれど、大学の入学前課題のため、入試組と共に勉強に勤しんでいた。
そんなある日の放課後。
私は帰り支度を済ませ、同じく受験を終えた友達と一緒に帰るために声をかけた。
「サオリ、一緒に帰ろう?」
だけど、彼女は少し申し訳なさそうに、手を合わせた。
「ごめん!●●。今日は……その、彼氏と約束しちゃってて」
「あ……そっか。いいよいいよ、気にしないで」
幸せそうに教室を飛び出していく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
鞄を肩にかけ、扉へ向かおうとしたその時。
「おやおや〜!お1人様のご帰宅ですかぁ、●●ちゃーん!」
鼓膜を跳ねるような、独特な高音。
振り返ると、そこには長い手足を折り曲げるようにしてドアフレームに寄りかかる、天童覚君がいた。
「なんだ、天童君か。……びっくりさせないでよ」
「んふふ。ねえ、ちょっとだけ俺に時間くれない?」
「別にいいけど……何?」
「いいから、いいから!付いてきて!」
有無を言わせぬ足取りで、彼は私を寮生が使うラウンジへと連れて行った。
「はい、コレ。●●ちゃんに」
「あ、ありがとう……」
彼が鞄から取り出したのは、掌に乗るほどの小さな小箱だった。
深いネイビーブルーの箱に、銀色のリボンが括られている、大人っぽい色合い。
どう見ても、チョコが入っていることは明白だ。
つまり、バレンタインのお返し。
まさか、貰えるとは思っていなかった。
だって、あの時のチョコは、買い物に付き合ってくれたお礼のつもりだったから。
気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちと、それでも私のことを考えてくれたという喜びが混ざり合う。
中身は、以前、天童君がオススメしてくれたチョコだろうか。
私は箱を見渡した。
だけれど、それらしいロゴが見当たらない。
「早く開けてみてヨ〜」
急かされるままに、そっと蓋を持ち上げる。
その瞬間、私の喉から小さな感嘆が漏れた。
「……っ、すご……きれい……」
6つの仕切りの中に並んでいたのは、食べるのを躊躇してしまうほど美しい、半球形のチョコレート。
そのどれもが、宇宙を閉じ込めたような彩りをしている。
「どれから食べたらいいか、迷っちゃう……」
「ん〜、そうだなあ。じゃあ、まずはその“火星”からいってみて!」
彼が指差したのは、オレンジ色のグラデーションが施された1粒。
指先でつまむと、指の熱で溶けてしまいそうなほど繊細な質感が伝わってくる。
一口、口に含んだ瞬間。
「……っ!?」
とろりと溢れ出した芳醇な液体が、舌の上で広がる。
「……んっ!お酒?!」
「大正解、ウイスキーボンボンだヨ!」
喉の奥がカッと熱くなる。
舌の上でチョコを転がしながら、以前、彼が言っていたボンボンの意味を思い出す。
確か……。
「このチョコ、めっちゃ美味しい だね!」
精一杯の褒め言葉のつもりだった。
だけど、天童君は一瞬だけ目を丸くした後、耐えきれないといった風にお腹を抱えて笑い出した。
「……っぷ、はははは!あーっ、もう最高!面白すぎるヨ、●●ちゃん!」
「ちょっ……!私、何か変なこと言った?」
「あのねー、無知な●●ちゃんに特別に教えてあげるけど、前話したボンボンの意味、正確にはボンだけで美味しいを表してるんだ。つまり、ボンボンは子供が使う幼児語なんだヨ〜。本当に●●ちゃんってお子ちゃまなんだから」
「っ……!」
恥ずかしさで顔から火が出そうになり、私は慌てて口元を隠した。
そんな私の様子を見て、彼はさらにクスクスと笑う。
「もう……!笑いすぎ!……それより、これどこのお店の?すっごく美味しいんだけど」
「ん?お店のじゃないヨ。俺が作ったんだもん」
「えっ、手作り……!?」
箱にお店のロゴが入っていないことを不思議に思っていたけれど、手作りだから、ロゴなんてあるはずがない。
「ウイスキーボンボンって、家で作れるの?」
「まあ、俺のセンスがあれば余裕だネ」
冗談めかして言っているけれど、この1粒1粒の完璧な輝きは、彼がどれだけ真剣に、私のために時間を費やしてくれたかの証拠だ。
「天童君凄い!絶対にショコラティエになれるよ!」
「●●ちゃんにそこまで言われちゃったら、本当になっちゃおうかナ〜」
彼はふっと目を細めて、私の反応を楽しむように覗き込んできた。
「うん、応援するよ!」
「んふふ、ありがとう。なら、俺が世界一のショコラティエになったらさ」
彼は少しだけ声を低くして、私の耳元で囁くように続けた。
「お子ちゃまな●●ちゃんに、もっとぴったりな、甘くて、溶けちゃいそうなチョコを作ってあげるヨ」
「あ、ありがとう……」
返した声が、自分でも驚くほど震えていた。
心臓の音がうるさくて、視線をどこにやっていいか分からない。
顔が熱い。
これはきっと、さっきのお酒のせいだ。
……そう、ウイスキーの熱気のせい。
私は自分に言い聞かせ、2粒目のチョコへと手を伸ばした。
ーーFinーー
ついこの間まで、教室を騒がせていたバレンタインの浮かれた熱気は、3月に入った途端、緊張感へと変わってしまった。
推薦で進路が決まり、春休みを待ち侘びる者。
そして、国立大入試に向けて、ラストスパートをかけている者。
同じ教室にいながら、心の温度差はバラバラだ。
私は既に合格を貰っているけれど、大学の入学前課題のため、入試組と共に勉強に勤しんでいた。
そんなある日の放課後。
私は帰り支度を済ませ、同じく受験を終えた友達と一緒に帰るために声をかけた。
「サオリ、一緒に帰ろう?」
だけど、彼女は少し申し訳なさそうに、手を合わせた。
「ごめん!●●。今日は……その、彼氏と約束しちゃってて」
「あ……そっか。いいよいいよ、気にしないで」
幸せそうに教室を飛び出していく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
鞄を肩にかけ、扉へ向かおうとしたその時。
「おやおや〜!お1人様のご帰宅ですかぁ、●●ちゃーん!」
鼓膜を跳ねるような、独特な高音。
振り返ると、そこには長い手足を折り曲げるようにしてドアフレームに寄りかかる、天童覚君がいた。
「なんだ、天童君か。……びっくりさせないでよ」
「んふふ。ねえ、ちょっとだけ俺に時間くれない?」
「別にいいけど……何?」
「いいから、いいから!付いてきて!」
有無を言わせぬ足取りで、彼は私を寮生が使うラウンジへと連れて行った。
「はい、コレ。●●ちゃんに」
「あ、ありがとう……」
彼が鞄から取り出したのは、掌に乗るほどの小さな小箱だった。
深いネイビーブルーの箱に、銀色のリボンが括られている、大人っぽい色合い。
どう見ても、チョコが入っていることは明白だ。
つまり、バレンタインのお返し。
まさか、貰えるとは思っていなかった。
だって、あの時のチョコは、買い物に付き合ってくれたお礼のつもりだったから。
気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちと、それでも私のことを考えてくれたという喜びが混ざり合う。
中身は、以前、天童君がオススメしてくれたチョコだろうか。
私は箱を見渡した。
だけれど、それらしいロゴが見当たらない。
「早く開けてみてヨ〜」
急かされるままに、そっと蓋を持ち上げる。
その瞬間、私の喉から小さな感嘆が漏れた。
「……っ、すご……きれい……」
6つの仕切りの中に並んでいたのは、食べるのを躊躇してしまうほど美しい、半球形のチョコレート。
そのどれもが、宇宙を閉じ込めたような彩りをしている。
「どれから食べたらいいか、迷っちゃう……」
「ん〜、そうだなあ。じゃあ、まずはその“火星”からいってみて!」
彼が指差したのは、オレンジ色のグラデーションが施された1粒。
指先でつまむと、指の熱で溶けてしまいそうなほど繊細な質感が伝わってくる。
一口、口に含んだ瞬間。
「……っ!?」
とろりと溢れ出した芳醇な液体が、舌の上で広がる。
「……んっ!お酒?!」
「大正解、ウイスキーボンボンだヨ!」
喉の奥がカッと熱くなる。
舌の上でチョコを転がしながら、以前、彼が言っていたボンボンの意味を思い出す。
確か……。
「このチョコ、めっちゃ
精一杯の褒め言葉のつもりだった。
だけど、天童君は一瞬だけ目を丸くした後、耐えきれないといった風にお腹を抱えて笑い出した。
「……っぷ、はははは!あーっ、もう最高!面白すぎるヨ、●●ちゃん!」
「ちょっ……!私、何か変なこと言った?」
「あのねー、無知な●●ちゃんに特別に教えてあげるけど、前話したボンボンの意味、正確にはボンだけで美味しいを表してるんだ。つまり、ボンボンは子供が使う幼児語なんだヨ〜。本当に●●ちゃんってお子ちゃまなんだから」
「っ……!」
恥ずかしさで顔から火が出そうになり、私は慌てて口元を隠した。
そんな私の様子を見て、彼はさらにクスクスと笑う。
「もう……!笑いすぎ!……それより、これどこのお店の?すっごく美味しいんだけど」
「ん?お店のじゃないヨ。俺が作ったんだもん」
「えっ、手作り……!?」
箱にお店のロゴが入っていないことを不思議に思っていたけれど、手作りだから、ロゴなんてあるはずがない。
「ウイスキーボンボンって、家で作れるの?」
「まあ、俺のセンスがあれば余裕だネ」
冗談めかして言っているけれど、この1粒1粒の完璧な輝きは、彼がどれだけ真剣に、私のために時間を費やしてくれたかの証拠だ。
「天童君凄い!絶対にショコラティエになれるよ!」
「●●ちゃんにそこまで言われちゃったら、本当になっちゃおうかナ〜」
彼はふっと目を細めて、私の反応を楽しむように覗き込んできた。
「うん、応援するよ!」
「んふふ、ありがとう。なら、俺が世界一のショコラティエになったらさ」
彼は少しだけ声を低くして、私の耳元で囁くように続けた。
「お子ちゃまな●●ちゃんに、もっとぴったりな、甘くて、溶けちゃいそうなチョコを作ってあげるヨ」
「あ、ありがとう……」
返した声が、自分でも驚くほど震えていた。
心臓の音がうるさくて、視線をどこにやっていいか分からない。
顔が熱い。
これはきっと、さっきのお酒のせいだ。
……そう、ウイスキーの熱気のせい。
私は自分に言い聞かせ、2粒目のチョコへと手を伸ばした。
ーーFinーー
