天童君は私にだけ冷たい
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〜天童君は私にだけ冷たい〜
私には、小学6年生の終わりがけの記憶が、ぽっかりと抜け落ちている。
「極度の精神的ストレスによる解離性健忘、といったところでしょうか」
お医者さんは眼鏡の奥の瞳を和らげ、そう言った。
そのため、私は数週間の欠席を余儀なくされた。
幸い、卒業を待つばかりの時期だったため、勉強面に問題はなかったけれど。
ただ1つ、卒業式の緊張感も、友達との別れも噛み締めることなく、私の小学校生活は幕を閉じた。
その後、中学時代の記憶は鮮明で、猛勉強の末に県内屈指の進学校・白鳥沢学園へと合格した。
順風満帆。
まさにその言葉がふさわしい、穏やかな高校生活。
そんな高校生活で仲良くなった友達と、食堂でお昼ご飯を食べているときのこと。
「天童君って本当に気さくで面白くて、誰にでも態度を変えないよね」
「分かるー!あの牛島君にも、いつもの調子で話しているしー」
友人たちが楽しげに声を弾ませる。
話題は男子バレー部のひょうきん者、天童覚君のことで盛り上がっていた。
ただし私を除いて。
「ははは……」
私の乾いた笑いに、1人が箸を止めて首を傾げた。
「あれ、●●って天童君のこと苦手なんだっけ?」
「うん、ちょっとね。天童君って私にだけ冷たくない?」
「そう言われてみると……」
「好きだから意地悪している、みたいなやつじゃない?」
「そうならいいんだけどね」
だけど、どう見てもそんなレベルではない。
彼が私に向ける視線は、まるで害虫を見るような目だった。
知らない間に、彼に何かしてしまったのだろうか……。
理由が分からない以上、解決の糸口も見つからない。
極力関わらないようにと心に決めているけれど、残念ながら同じクラスのため、必然的に関わらないといけないときはやってくる。
それは担任が決めた班でグループワークを行うときのこと。
不運なことに天童君と同じ班になった。
「応用問題を書き出すから、相談して解け」
生徒の自主性や協調性を育てる目的のグループワーク。
一見、数学の授業ではグループワークの必要性を感じられないのかもしれないけれど、偏差値が高い白鳥沢の応用問題は普通に授業を受けているだけでは解けない。
そこでグループワークが生きてくる。
4人1班。
机を向かい合わせにして話し合いを始めた。
「俺はここの部分が─────だと思うんだよネ。サナちゃんはどう思う?」
「私は────を先に求めてから───」
意見が飛び交う中、私も発言せねばと焦りが募る。
ドキドキする心臓を落ち着かせ、言葉を発した。
「私も、そこは……」
「◯◯さんには、今聞いていないから」
天童君の遮る言葉は、低く鋭かった。
彼は私の方を一切見ず、手元のシャーペンをくるくると回している。
「……っ、ごめんなさい」
心臓がキュッと収縮する。
彼は他の女子生徒のことは下の名前で親しげに呼ぶ。
それなのに、私に対してだけは、壁を作るような名字にさん付け。
その拒絶に、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
今後、このグループで授業を受けるのツラい。
一言も発言しないまま、時間ばかりが過ぎる。
「今日の授業はここまで。次回発表してもらうからまとめておけよ」
チャイムと共に、解放の時間が訪れる。
私は逃げるように教材を鞄へ詰め込み、重い机を引きずって定位置に戻そうとした。
その時だった。
「俺らの班は誰かを除いて優秀でよかったよ!おかげで意見もまとまったしネ」
「……っ!」
天童君は、わざとらしく大きなひとり言を呟いた。
三白眼の瞳を細め、三日月のような冷笑を浮かべて私を見下ろしている。
あからさまに私の悪口だ。
同じ班の子たちも気まずそうにしているけれど、我関せずを貫き通すのか、誰も何も言わない。
「せめて、発表用の図形なり原稿くらいは用意してほしいよ。ねえ、◯◯さんもそう思わない?」
これは暗に私にやっておけ、と言っている。
「……そうだね。やっておくよ」
「さすが!じゃあ、任せたヨ!」
天童君は私の肩を痛いくらい強くポンと叩き、そのまま、鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで教室を出ていった。
これが好きの裏返しなら、そうとう性格が捻くれていると思う。
絶対に私のことを嫌っている。
私は叩かれた肩を擦りながら、休憩時間を使って先程の授業のまとめを始めた。
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