好きな人の好きなものでも嫌いなら嫌い
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翌朝、腫れぼったい目のまま家を出た。
学校へ向かう足取りが、いつもの何倍も重い。
鉄朗に、どんな顔をして会えばいいんだろう……。
人目を避けるように伏し目がちで校門をくぐり、逃げ込むように自分の教室へと向かった。
いつもなら始業前、当たり前のように鉄朗のクラスへ遊びに行くのが日課だった。
だけど、あんな別れ方をした手前、行けるはずもない。
私はホームルームが始まるまでの長い時間、じっと自分の席でやり過ごした。
……。
…………。
結局、鉄朗からの連絡も、アクションもないまま昼休みを迎えた。
だけど、鉄朗の行動パターンは分からない。
いつもなら約束なんてしなくても、ひょっこり私の教室に弁当箱を持ってやって来る。
今のままでは、来たところでうまく話す自信がない……。
焦燥感に駆られた私は、鉄朗が来るよりも早く、逃げるように弁当箱をひったくって中庭へと向かった。
だけど、渡り廊下の陰に入った瞬間、目の前に複数の影が立ちはだかった。
「ねえ、●●。ちょっといい?」
振り返ると、腕を組んでこちらを睨みつけるサトミと、その連れの友達がいた。
彼女たちは、私を値踏みするような冷ややかな視線を向けてくる。
「アンタさ、鉄朗と付き合ってるくせにバレーは嫌いとか、彼女失格なんじゃない?」
「……え、何言って……っ」
ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
ひょっとして、鉄朗がサトミに話したのだろうか。
いや、彼がそんなことをするはずがない。
じゃあ、なぜ彼女がそれを知っているのか。
そこでハッとした。
昨日のバレーの授業での私の怯え方、そして校庭の迷い犬を見たときの、あの引き攣った笑顔。
サトミは私の些細な拒絶のサインを、見逃さずに観察していたのだ。
「……嫌いだったらなんなのよ」
私の微かな反論に、サトミは待ってましたとばかりに口元を歪めた。
「あー、やっぱり嫌いなんだ」
「……えっ」
「カマかけたのよ。日ごろの態度から薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、まさか自分から認めるなんてね」
サトミは勝利を確信したように、フンッと鼻で笑った。
「もう一度言うけど、アンタ、鉄朗の彼女失格よ。早く別れなさい」
その嘲笑混じりの言葉が、私の胸に深く突き刺さる。
鉄朗がバレーにどれだけの情熱を注いでいるか。
彼女になった私には、痛いほどよく分かっている。
だからこそ、サトミの言う“彼女失格”という言葉が、私を責め立てるように響いた。
やっぱり、彼の好きな物を受け止められない私は、彼女失格なのかな……。
罪悪感でそのまま言いくるめられてしまいそうだった。
けれど、私の沈黙を降伏と捉えてニヤニヤと目配せし合うサトミたちの勝ち誇った顔が視界に入った瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「……違う」
バレーが嫌いなことと、鉄朗を想う気持ちは別物だ。
好きな人の好きな物なら、自分のトラウマも捻じ曲げて、全部同じように好きにならないといけないなんて、間違っている。
「……あのさ」
俯きかけていた顔を、グッと上げる。
理不尽に心を土足で踏みにじられたままでいるのは、我慢ならなかった。
「好きな人の好きな物を、全部好きにならないといけないなんておかしい!私にも好みがあるの!他人のアナタたちに否定される筋合いなんてない!」
「はぁ!?何よその言い方」
サトミの顔が怒りで引き攣る。
だけど、一度溢れ出した感情はもう止まらなかった。
「バレーが嫌いでも、犬が苦手でも、私が鉄朗を好きなことには、変わりないの!」
「コイツ……っ!」
言い返されたサトミがカッとなって一歩詰め寄ってきた、その時。
「おやおや?そこで何やってんの」
低くて、どこか聞き慣れた安心する声が響いた。
驚いて声のした方を見れば、いつものニヤついた薄笑いを浮かべた鉄朗が立っていた。
だけど、その瞳の奥は全く笑っていない。
サトミたちは、想い人の登場に歓喜するよりも先に、顔をこわばらせた。
鉄朗は迷いなく歩み寄ると、私の肩をそっと抱き寄せ、自分の背中に隠すようにして彼女たちを見下ろした。
「あんまり、俺の彼女を虐めないでくれない?」
「虐めてなんて……っ!だって、その子、鉄朗の好きなバレーも犬も嫌いなんだよ?!他にもまだ合わないことがあるかもしれない。それでも付き合うなんて、鉄朗が可哀想!私は、鉄朗のことを想って……」
サトミの言葉を遮るように、鉄朗は話を被せた。
「俺はさ、バレーが好きだったり、犬が好きな子を好きになるワケじゃない。●●だから好きになったんだよ」
いつもより一段低い声が反響する。
鉄朗は私の肩に置いた手に少しだけ力を込めると、フッと柔らかく目を細めた。
「それに、嫌いなくせに無理に好きと繕って近付くヤツより、よっぽど信頼できる」
「……っ、」
その圧倒的な威圧感と、ハッキリとした拒絶に、サトミたちは言葉を失った。
これ以上ここにいても惨めになるだけだと察したのか、彼女たちは捨て台詞を吐く余裕すらなく、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
遠ざかる足音が消え、静寂が戻った渡り廊下。
鉄朗はすぐに私に向き直ると、しゃがみ込んで私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だった?●●」
「う、うん。大丈夫。鉄朗、ありがとう……」
「いーえ。っていうかさ、アイツらの言うことなんて気にすんなよ?」
鉄朗は大きな手で私の頭をぽんぽんと叩き、いつものニヤついた薄笑いに戻る。
そして、わざとらしく私の顔をじっと覗き込んできた。
「まあ、俺にとっては収穫もあったけど」
「収穫……?」
「バレーも犬も苦手なのはよーく分かったけどさ。……俺のことは、ちゃんと好きなんだろ?」
「なっ……!どっから話聞いていたの!?」
思わぬ角度からのからかいに顔がカッと熱くなる私を見て、鉄朗は声を上げてケラケラと笑う。
「いやー、アイツらの前であれだけ堂々と俺のことが好きだ!って宣言してくれるなんて、嬉しいなー!」
「もう、意地悪……」
恥ずかしさで俯く私に、鉄朗はさらに悪戯っぽく笑いかけた。
「悪い悪い。そりゃあ、少しは俺の好きな物を好きになってくれたら嬉しいけど、結局は、俺も●●が、俺のことを好きでいてくれれば、それだけで充分なんですよ」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「本心なんだから、仕方ないよね」
ケラケラと笑う鉄朗を見ていたら、張り詰めていた心の糸が、すっと解けていくのが分かった。
全部を同じにしなくていい。
お互いの「嫌い」も「好き」も、そのまま丸ごと受け止めてくれる。
そんな2人でありたいと思った。
ーーFinーー
学校へ向かう足取りが、いつもの何倍も重い。
鉄朗に、どんな顔をして会えばいいんだろう……。
人目を避けるように伏し目がちで校門をくぐり、逃げ込むように自分の教室へと向かった。
いつもなら始業前、当たり前のように鉄朗のクラスへ遊びに行くのが日課だった。
だけど、あんな別れ方をした手前、行けるはずもない。
私はホームルームが始まるまでの長い時間、じっと自分の席でやり過ごした。
……。
…………。
結局、鉄朗からの連絡も、アクションもないまま昼休みを迎えた。
だけど、鉄朗の行動パターンは分からない。
いつもなら約束なんてしなくても、ひょっこり私の教室に弁当箱を持ってやって来る。
今のままでは、来たところでうまく話す自信がない……。
焦燥感に駆られた私は、鉄朗が来るよりも早く、逃げるように弁当箱をひったくって中庭へと向かった。
だけど、渡り廊下の陰に入った瞬間、目の前に複数の影が立ちはだかった。
「ねえ、●●。ちょっといい?」
振り返ると、腕を組んでこちらを睨みつけるサトミと、その連れの友達がいた。
彼女たちは、私を値踏みするような冷ややかな視線を向けてくる。
「アンタさ、鉄朗と付き合ってるくせにバレーは嫌いとか、彼女失格なんじゃない?」
「……え、何言って……っ」
ドクンと心臓が嫌な音を立てた。
ひょっとして、鉄朗がサトミに話したのだろうか。
いや、彼がそんなことをするはずがない。
じゃあ、なぜ彼女がそれを知っているのか。
そこでハッとした。
昨日のバレーの授業での私の怯え方、そして校庭の迷い犬を見たときの、あの引き攣った笑顔。
サトミは私の些細な拒絶のサインを、見逃さずに観察していたのだ。
「……嫌いだったらなんなのよ」
私の微かな反論に、サトミは待ってましたとばかりに口元を歪めた。
「あー、やっぱり嫌いなんだ」
「……えっ」
「カマかけたのよ。日ごろの態度から薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、まさか自分から認めるなんてね」
サトミは勝利を確信したように、フンッと鼻で笑った。
「もう一度言うけど、アンタ、鉄朗の彼女失格よ。早く別れなさい」
その嘲笑混じりの言葉が、私の胸に深く突き刺さる。
鉄朗がバレーにどれだけの情熱を注いでいるか。
彼女になった私には、痛いほどよく分かっている。
だからこそ、サトミの言う“彼女失格”という言葉が、私を責め立てるように響いた。
やっぱり、彼の好きな物を受け止められない私は、彼女失格なのかな……。
罪悪感でそのまま言いくるめられてしまいそうだった。
けれど、私の沈黙を降伏と捉えてニヤニヤと目配せし合うサトミたちの勝ち誇った顔が視界に入った瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「……違う」
バレーが嫌いなことと、鉄朗を想う気持ちは別物だ。
好きな人の好きな物なら、自分のトラウマも捻じ曲げて、全部同じように好きにならないといけないなんて、間違っている。
「……あのさ」
俯きかけていた顔を、グッと上げる。
理不尽に心を土足で踏みにじられたままでいるのは、我慢ならなかった。
「好きな人の好きな物を、全部好きにならないといけないなんておかしい!私にも好みがあるの!他人のアナタたちに否定される筋合いなんてない!」
「はぁ!?何よその言い方」
サトミの顔が怒りで引き攣る。
だけど、一度溢れ出した感情はもう止まらなかった。
「バレーが嫌いでも、犬が苦手でも、私が鉄朗を好きなことには、変わりないの!」
「コイツ……っ!」
言い返されたサトミがカッとなって一歩詰め寄ってきた、その時。
「おやおや?そこで何やってんの」
低くて、どこか聞き慣れた安心する声が響いた。
驚いて声のした方を見れば、いつものニヤついた薄笑いを浮かべた鉄朗が立っていた。
だけど、その瞳の奥は全く笑っていない。
サトミたちは、想い人の登場に歓喜するよりも先に、顔をこわばらせた。
鉄朗は迷いなく歩み寄ると、私の肩をそっと抱き寄せ、自分の背中に隠すようにして彼女たちを見下ろした。
「あんまり、俺の彼女を虐めないでくれない?」
「虐めてなんて……っ!だって、その子、鉄朗の好きなバレーも犬も嫌いなんだよ?!他にもまだ合わないことがあるかもしれない。それでも付き合うなんて、鉄朗が可哀想!私は、鉄朗のことを想って……」
サトミの言葉を遮るように、鉄朗は話を被せた。
「俺はさ、バレーが好きだったり、犬が好きな子を好きになるワケじゃない。●●だから好きになったんだよ」
いつもより一段低い声が反響する。
鉄朗は私の肩に置いた手に少しだけ力を込めると、フッと柔らかく目を細めた。
「それに、嫌いなくせに無理に好きと繕って近付くヤツより、よっぽど信頼できる」
「……っ、」
その圧倒的な威圧感と、ハッキリとした拒絶に、サトミたちは言葉を失った。
これ以上ここにいても惨めになるだけだと察したのか、彼女たちは捨て台詞を吐く余裕すらなく、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
遠ざかる足音が消え、静寂が戻った渡り廊下。
鉄朗はすぐに私に向き直ると、しゃがみ込んで私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だった?●●」
「う、うん。大丈夫。鉄朗、ありがとう……」
「いーえ。っていうかさ、アイツらの言うことなんて気にすんなよ?」
鉄朗は大きな手で私の頭をぽんぽんと叩き、いつものニヤついた薄笑いに戻る。
そして、わざとらしく私の顔をじっと覗き込んできた。
「まあ、俺にとっては収穫もあったけど」
「収穫……?」
「バレーも犬も苦手なのはよーく分かったけどさ。……俺のことは、ちゃんと好きなんだろ?」
「なっ……!どっから話聞いていたの!?」
思わぬ角度からのからかいに顔がカッと熱くなる私を見て、鉄朗は声を上げてケラケラと笑う。
「いやー、アイツらの前であれだけ堂々と俺のことが好きだ!って宣言してくれるなんて、嬉しいなー!」
「もう、意地悪……」
恥ずかしさで俯く私に、鉄朗はさらに悪戯っぽく笑いかけた。
「悪い悪い。そりゃあ、少しは俺の好きな物を好きになってくれたら嬉しいけど、結局は、俺も●●が、俺のことを好きでいてくれれば、それだけで充分なんですよ」
「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「本心なんだから、仕方ないよね」
ケラケラと笑う鉄朗を見ていたら、張り詰めていた心の糸が、すっと解けていくのが分かった。
全部を同じにしなくていい。
お互いの「嫌い」も「好き」も、そのまま丸ごと受け止めてくれる。
そんな2人でありたいと思った。
ーーFinーー
