好きな人の好きなものでも嫌いなら嫌い
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4限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
ようやく地獄のような体育の授業から解放される。
汗を拭き取り、制服に着替えて教室に戻ると、そこには見慣れた大きな背中があった。
「よっ、お疲れさん」
隣のクラスからわざわざ私の教室までやってきた鉄朗が、ひらひらと手を振る。
彼の机には、すでに弁当箱が広げられていた。
鉄朗の姿を見た瞬間、さっきまでサトミたちに言われた小言がスッと消えていくようだった。
「鉄朗もお疲れ様」
私も自分の弁当箱を広げ、鉄朗の向かい側に腰を下ろした。
ふと鉄朗の弁当箱に目を落とすと、弁当には少し珍しいおかずが見えた。
「お弁当にサンマとか、斬新だね」
「これか?俺のリクエスト。サンマ好きなんだよね。●●も食うか?」
そう言って、鉄朗が箸で身をほぐし、私の方へと差し出してくる。
だけど、私は反射的に小さく首を振って、遠慮してしまった。
「ううん、好物なんでしょ?鉄朗が食べなよ」
「あとでくれって言っても、やらないからな?」
「ふふふ、言わないわよ」
笑顔でそう返したけれど、これも私の苦手な物のひとつだった。
サンマの味自体は嫌いじゃない。
だけど、小学生の頃、夕飯に出てきたサンマの小骨が喉の奥に刺さってしまったことがある。
いつまでも残る異物感、唾を飲み込む度に走る激痛。
結局、夜間に病院へ行って抜いてもらう羽目になった。
あの時の痛みと、一生取れないのかもしれないという不安が忘れられなくて、それ以来、私はサンマを極力避けて生きてきたのだ。
そんな私の複雑な心境を知る由もない鉄朗は、パクパクと美味しそうにサンマを頬張っていく。
そして、話題は次の授業のことへと移り変わった。
「5限目、体育なんだよなー。腹一杯で動けないかも」
「私は現代文だから、寝ちゃいそう」
「そっちもキツそうだな。そういや、●●。体育の授業バレーなんだってな?」
「……っ、あ、うん……そう、だけど」
私の声が、わずかに上擦る。
それなのに、鉄朗は頼もしい笑みを浮かべた。
「もしお困りなら、俺、教えようか?いくらでも練習に付き合うよ」
私の予想通り、彼はどこまでも優しくて、いつでも私を助けようとしてくれる。
普通なら飛び上がるほどありがたい申し出なのに、私は素直に喜べなかった。
あの硬いボールが顔面に迫ってくる恐怖を思い出し、背中に嫌な汗が伝う。
「ううん、大丈夫。鉄朗、もうすぐ大会だし……忙しいでしょ?悪いから」
笑顔が引き攣っていないか心配になりながら、私は何とかそれだけの言葉を絞り出した。
「……そうか?」
鉄朗は少し不思議そうな顔をしながらも、それ以上は追及してこなかった。
その優しさが、逆に少し苦しい。
気まずい空気を変えるように、鉄朗の視線がふと、窓の外へと向けられた。
「なあ、あれ見ろよ」
「え?」
釣られて窓の外を見下ろすと、校庭の隅っこを、小さな影がテクテクと歩いているのが見えた。
「犬……?どこからか迷い込んじゃったのかな」
「可愛いな。柴犬かな?」
和やかな表情で窓の外を見つめる鉄朗。
そんな彼の横顔を見つめながら、私はポツリと本音を溢してしまった。
「……見てる分にはね」
「ん……?犬、苦手?」
鉄朗が視線をこちらに戻す。
「……うん、ちょっとね」
苦笑いを浮かべて誤魔化したけれど、本当は“ちょっと”なんてレベルじゃない。
幼い頃、近所の放し飼いにされていた犬に、理由も分からず噛まれた過去がある。
今でも、あの剥き出しの鋭い牙や、威嚇するような唸り声を聞くだけで、足がすくんでしまうのだ。
沈んだ私の心とは裏腹に、甲高い声が近付いてきた。
「鉄朗ー、何見てるのー? ……あ、ワンちゃんじゃん!可愛いー!」
声の主はサトミだった。
彼女は後ろに友達を引き連れ、当然のような顔をして鉄朗の周りに集まってきた。
「鉄朗は犬好きなの?」
「まあな」
鉄朗が気さくに笑いかけると、サトミはここぞとばかりに嬉しそうな声を上げる。
「私も!私も!俄然猫より犬派。私たち、気が合うね!」
「へえ、サトミんとこ、なんか飼ってんの?」
「ううん、マンションだから飼えないんだけど、動画とか超見てる!」
楽しそうに会話を弾ませるサトミたちを前に、私はただ、弁当を見つめることしかできない。
「……あ、先生たち捕まえにいったよ。あはは、ワンちゃん逃げてる!」
「小さいのに、すばしっこいな」
鉄朗の楽しそうな声を聞くたびに、心に黒い何かが渦巻く感覚に陥った。
「あーあ、ついに捕まっちゃった!じゃあ、私たちも戻ろうかな。鉄朗、またねー!」
校庭の迷い犬が先生たちによって無事に保護されると、サトミたちは私の方へチラリと勝ち誇ったような視線を向けた後、満足そうに自分たちの席へ戻っていった。
嵐が去った後のような静けさの中、私はようやくおかずを口に運んだ。
冷たいおかずが、味気なさを引き立てている。
それを噛み締めながら、鉄朗とサトミのやり取りを思い出していた。
同じ目線で、好きなことを語り合える2人の姿。
楽しそうで、キラキラしていて、眩しくて。
それなのに、どうして鉄朗は私を選んでくれたの?
バレーボールも、サンマも、犬も。
アナタの好きな物を、何ひとつ共有できない、こんな私を……。
ようやく地獄のような体育の授業から解放される。
汗を拭き取り、制服に着替えて教室に戻ると、そこには見慣れた大きな背中があった。
「よっ、お疲れさん」
隣のクラスからわざわざ私の教室までやってきた鉄朗が、ひらひらと手を振る。
彼の机には、すでに弁当箱が広げられていた。
鉄朗の姿を見た瞬間、さっきまでサトミたちに言われた小言がスッと消えていくようだった。
「鉄朗もお疲れ様」
私も自分の弁当箱を広げ、鉄朗の向かい側に腰を下ろした。
ふと鉄朗の弁当箱に目を落とすと、弁当には少し珍しいおかずが見えた。
「お弁当にサンマとか、斬新だね」
「これか?俺のリクエスト。サンマ好きなんだよね。●●も食うか?」
そう言って、鉄朗が箸で身をほぐし、私の方へと差し出してくる。
だけど、私は反射的に小さく首を振って、遠慮してしまった。
「ううん、好物なんでしょ?鉄朗が食べなよ」
「あとでくれって言っても、やらないからな?」
「ふふふ、言わないわよ」
笑顔でそう返したけれど、これも私の苦手な物のひとつだった。
サンマの味自体は嫌いじゃない。
だけど、小学生の頃、夕飯に出てきたサンマの小骨が喉の奥に刺さってしまったことがある。
いつまでも残る異物感、唾を飲み込む度に走る激痛。
結局、夜間に病院へ行って抜いてもらう羽目になった。
あの時の痛みと、一生取れないのかもしれないという不安が忘れられなくて、それ以来、私はサンマを極力避けて生きてきたのだ。
そんな私の複雑な心境を知る由もない鉄朗は、パクパクと美味しそうにサンマを頬張っていく。
そして、話題は次の授業のことへと移り変わった。
「5限目、体育なんだよなー。腹一杯で動けないかも」
「私は現代文だから、寝ちゃいそう」
「そっちもキツそうだな。そういや、●●。体育の授業バレーなんだってな?」
「……っ、あ、うん……そう、だけど」
私の声が、わずかに上擦る。
それなのに、鉄朗は頼もしい笑みを浮かべた。
「もしお困りなら、俺、教えようか?いくらでも練習に付き合うよ」
私の予想通り、彼はどこまでも優しくて、いつでも私を助けようとしてくれる。
普通なら飛び上がるほどありがたい申し出なのに、私は素直に喜べなかった。
あの硬いボールが顔面に迫ってくる恐怖を思い出し、背中に嫌な汗が伝う。
「ううん、大丈夫。鉄朗、もうすぐ大会だし……忙しいでしょ?悪いから」
笑顔が引き攣っていないか心配になりながら、私は何とかそれだけの言葉を絞り出した。
「……そうか?」
鉄朗は少し不思議そうな顔をしながらも、それ以上は追及してこなかった。
その優しさが、逆に少し苦しい。
気まずい空気を変えるように、鉄朗の視線がふと、窓の外へと向けられた。
「なあ、あれ見ろよ」
「え?」
釣られて窓の外を見下ろすと、校庭の隅っこを、小さな影がテクテクと歩いているのが見えた。
「犬……?どこからか迷い込んじゃったのかな」
「可愛いな。柴犬かな?」
和やかな表情で窓の外を見つめる鉄朗。
そんな彼の横顔を見つめながら、私はポツリと本音を溢してしまった。
「……見てる分にはね」
「ん……?犬、苦手?」
鉄朗が視線をこちらに戻す。
「……うん、ちょっとね」
苦笑いを浮かべて誤魔化したけれど、本当は“ちょっと”なんてレベルじゃない。
幼い頃、近所の放し飼いにされていた犬に、理由も分からず噛まれた過去がある。
今でも、あの剥き出しの鋭い牙や、威嚇するような唸り声を聞くだけで、足がすくんでしまうのだ。
沈んだ私の心とは裏腹に、甲高い声が近付いてきた。
「鉄朗ー、何見てるのー? ……あ、ワンちゃんじゃん!可愛いー!」
声の主はサトミだった。
彼女は後ろに友達を引き連れ、当然のような顔をして鉄朗の周りに集まってきた。
「鉄朗は犬好きなの?」
「まあな」
鉄朗が気さくに笑いかけると、サトミはここぞとばかりに嬉しそうな声を上げる。
「私も!私も!俄然猫より犬派。私たち、気が合うね!」
「へえ、サトミんとこ、なんか飼ってんの?」
「ううん、マンションだから飼えないんだけど、動画とか超見てる!」
楽しそうに会話を弾ませるサトミたちを前に、私はただ、弁当を見つめることしかできない。
「……あ、先生たち捕まえにいったよ。あはは、ワンちゃん逃げてる!」
「小さいのに、すばしっこいな」
鉄朗の楽しそうな声を聞くたびに、心に黒い何かが渦巻く感覚に陥った。
「あーあ、ついに捕まっちゃった!じゃあ、私たちも戻ろうかな。鉄朗、またねー!」
校庭の迷い犬が先生たちによって無事に保護されると、サトミたちは私の方へチラリと勝ち誇ったような視線を向けた後、満足そうに自分たちの席へ戻っていった。
嵐が去った後のような静けさの中、私はようやくおかずを口に運んだ。
冷たいおかずが、味気なさを引き立てている。
それを噛み締めながら、鉄朗とサトミのやり取りを思い出していた。
同じ目線で、好きなことを語り合える2人の姿。
楽しそうで、キラキラしていて、眩しくて。
それなのに、どうして鉄朗は私を選んでくれたの?
バレーボールも、サンマも、犬も。
アナタの好きな物を、何ひとつ共有できない、こんな私を……。
