好きな人の好きなものでも嫌いなら嫌い
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〜好きな人の好きな物でも嫌いなら嫌い〜
4限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、バレーボールの授業が始まった。
体育館にはキュッキュというシューズの摩擦音と、ボールが弾む音が響いている。
その音が、私の胃を萎縮させた。
「●●、そっち行った!」
チームメイトの掛け声で、反射的に顔を上げると、白い球体が私に向かって飛んできた。
「……っ!」
瞬間、体が恐怖で硬直した。
打ち返さないといけないのに、思わずギュッと両目を瞑ってしまう。
せめてもの足掻きで、私は両腕を前に突き出した。
かろうじて手首に当たったボールは、鈍い音と共に明後日の方向へと跳んでいった。
やがて、隣のコートのネットへぼとりと引っかかった。
「あ……ご、ごめん……」
消え入るような声で謝る私に、労いの言葉は返ってこない。
あるのは、あからさまに失望したようなため息と、不満の声。
「ちょっと、まただよ。マジで足引っ張らないでほしいよね」
チームメイトのサトミが、手で口元を隠しながら仲間に耳打ちしている。
「本当それ。そんなにできないなら、自慢の彼氏様に教えてもらえばいいのに」
サトミの友達が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて乗っかった。
胸の奥がキュッと苦しくなる。
どうせ、本当に教えてもらったらもらったで、「惚気を見せつけてくるな」と、陰口を叩くに決まっている。
いや、それ以上に悔しくて情けないのは、こんなにも言いたい放題言われているのに、何も言い返せず、ただ俯くことしかできない私自身だ。
気付けば試合が終わり、ホイッスルの音が体育館に響いていた。
「はい、次のチーム、コート入って」
体育教員の指示により、ようやく私のいるチームは休憩に入った。
逃げるように壁際へと移動し、しゃがみ込む。
そんな私に、またもや冷たい視線が刺さる。
「そんなに疲れるようなことしてないのにね」
「逃げてばかりで、ろくにボールに触ってなかったし」
「体力なさすぎー」
サトミたちのヒソヒソ声が聞こえてくる。
私は聞こえないフリをしながら、ペットボトルのお茶を流し込んだ。
だけど、心のモヤモヤまでは一緒に流れてくれなかった。
コート内では、次のチームが声を掛け合いながら早くも試合を始めている。
膝を抱えて小さくなっている私のすぐ隣に、友達のユリがストンと腰を下ろした。
「サトミたちの言うこと、気にしなくていいからね!本当に性格悪い」
彼女は眉をひそめて心配そうに声をかけてきた。
「ありがとう、ユリ。でも、足引っ張ってるのは事実だから……」
自嘲気味に笑う私に、ユリは言葉を続ける。
「それにしてもさあ、本当に彼氏に教えてもらえば?だって黒尾君って、バレー部の主将なんでしょ?頼めばいくらでも教えてくれるじゃん」
「鉄朗はさ……ほら、もうすぐ大会もあるし、忙しいから」
話を濁すように、私はペットボトルのラベルを親指でなぞった。
ユリにはそう言って笑ってみせたけれど、本当の理由は別にある。
鉄朗が忙しいからじゃない。
彼なら、どんなに忙しくても時間を作ってくれるだろう。
私が、どうしてもバレーボールを受け入れられないのだ。
目を閉じれば、今でも鮮明に蘇る記憶がある。
中学の体育の授業。
バレー経験者の女子が放った、手加減なしの全力のスパイク。
容赦なく私の顔面に直撃した衝撃。
ポタポタと床に落ちる鼻血。
あの時植え付けられたトラウマは、何年経っても消えない。
他の球技なら、まだ逃げ道があった。
ドッジボールなら最初から外野に立たせてもらえばいいし、内野でも必死に逃げ回っていれば終わる。
テニスやバドミントンは、ラケットという文明の利器を挟むから、直接球に触れずに済む。
だけど、バレーだけは違う。
迫り来るあのボールを、自分の体ひとつで、受け止めなければいけない。
私には無理だ……。
どうしても怖い……。
コートの中で、速いボールに臆せず打ち返す生徒たちを見つめながら、私は自然と鉄朗の姿を思い浮かべていた。
「見るのは好きなんだけどなあ……」
小さなため息を吐きながら、ポツリと呟く。
応援席から、コートの中で誰よりも楽しそうにバレーをする鉄朗の姿を見るのは、世界で一番好きだ。
大好きな人の、大好きなスポーツ。
なのに、私はどうしても、それを好きになれなかった。
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