未熟な恋
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2人の再会から数ヶ月。
季節は巡り、梅雨の晴れた暑い昼下がり。
私たちは、刺すような日差しと湿気から逃れるように、都内の大きな水族館を訪れていた。
「ほら、あっちにデカいエイがいるぞ」
「本当だ。鉄朗より大きいんじゃない?」
涼しげな館内を彩る、深い海の底のような青い光。
そこに照らされた鉄朗の横顔は、高校生の頃よりもずっと彫りが深くなり、大人の男としての静かな落ち着きを纏っている。
そんな彼に見とれていると、背後から流れてきた人混みにぶつかりそうになった。
それを避けるように、彼の手が自然に私の腰へと添えられた。
「気を付けろよ?」
「あ、うん……。ありがとう」
迷いのない、けれど優しくエスコートするその仕草に、かつての彼にはなかった余裕を感じて、少しだけ心拍数が上がる。
「そろそろ休憩するか」
「そうだね」
館内のカフェに入り、私たちは名物メニューである、深海ソーダを注文した。
ストローで氷を鳴らしながら、ふと、窓の外に広がる景色を眺めていた鉄朗が口を開いた。
「水族館、やっと来れたな」
「覚えていたんだ」
「おう。ずっと心残りだったんだ」
……。
…………。
高校3年生の冬。
今にも雪が降りそうな、薄暗い夕空の中、私たちは帰路についていた。
指定校推薦で早々に受験が終わった私とは違い、鉄朗は受験勉強のストレスからか、いつも以上に言葉が少なくなっていた。
「鉄朗、今度の模試が終わったら水族館へ行く約束、忘れてないよね」
「忘れてないけど、今はそれどころじゃねぇんだわ」
振り返りもせず、彼は苛立ちを隠さず短く答えた。
当時の私は、自分の受験が終わった解放感で、鉄朗の気持ちを考えられなかった。
「ちょっとくらい、いいじゃない。リフレッシュも大事だよ?そろそろ計画だって立てたいし……」
「お前には分かんねぇよ。俺が今、どれだけ必死か」
鉄朗が吐き出した言葉は、鋭いナイフのように私の胸に突き刺さった。
「分かんないよ!話してくれないんだもん!」
私が声を荒げると、鉄朗は信じられないものを見るような目で私を見据えた。
「……もういいわ。●●といると疲れる。悪いけど、しばらく1人にさせて」
それが、決定的な一言だった。
数日後、どちらからともなく「別れよう」という言葉が出た。
「俺、今は自分のことで精一杯すぎる。……未熟なんだよ、多分。だから、別れよう……」
鉄朗のその言葉に、私は頷くことしかできなかった。
追いかける勇気も、許しを請う余裕も、当時の私には、どこにも残っていなかった。
……。
…………。
「あの時は、本当に余裕がなかった。……悪かったな。●●のこと、傷つけるつもりはなかったんだ」
鉄朗は苦笑しながら、ソーダのグラスを見つめている。
「私も、自分のことばかりで、鉄朗のことを考えられなくて、ごめんなさい……」
素直に胸の内を明かすと、鉄朗はフッと表情を和らげ、私を真っ直ぐに見つめた。
「大人の恋愛って言ったけど、成長した俺を単に見せたかったのかもしれないな……」
「再会できてよかったね」
卒業アルバムのメッセージなんて、その場の勢いで書かれた、クラス全員に向けたものに過ぎない。
だから、私と鉄朗だけが来たのは運命と言っても過言ではない。
そう思っていたのに……。
「……あのメッセージ、クラス全員の卒アルに書いてあるって本気で思ってんのか?」
「えっ?」
思わず顔を上げると、鉄朗が呆れたように鼻で笑った。
「あれ、書いたのは●●のアルバムにだけだよ」
脳裏に、卒業式の日の光景が蘇る。
喧騒の中、一瞬だけ私のアルバムを奪い去っていった彼の大きな手。
「でも……だって、あの日、他にも来てる人がいるか聞いてきたじゃん」
「あー、あれは照れ隠し。最初から俺たち以外誰も来ないの、知ってて聞いた」
鉄朗は少し照れくさそうに頭を掻くと、真剣な顔に戻って私に手を伸ばした。
「何年も前から、●●と再会するための俺の賭け」
あの日、私のアルバムにだけ刻まれた秘密の約束。
それは、数年の時を経て、彼が仕掛けた完璧な大人の恋の始まりだった。
「……で、答えは?」
鉄朗が少しだけ意地悪く笑いながら、重ねた手に力を込めた。
ーーFinーー
季節は巡り、梅雨の晴れた暑い昼下がり。
私たちは、刺すような日差しと湿気から逃れるように、都内の大きな水族館を訪れていた。
「ほら、あっちにデカいエイがいるぞ」
「本当だ。鉄朗より大きいんじゃない?」
涼しげな館内を彩る、深い海の底のような青い光。
そこに照らされた鉄朗の横顔は、高校生の頃よりもずっと彫りが深くなり、大人の男としての静かな落ち着きを纏っている。
そんな彼に見とれていると、背後から流れてきた人混みにぶつかりそうになった。
それを避けるように、彼の手が自然に私の腰へと添えられた。
「気を付けろよ?」
「あ、うん……。ありがとう」
迷いのない、けれど優しくエスコートするその仕草に、かつての彼にはなかった余裕を感じて、少しだけ心拍数が上がる。
「そろそろ休憩するか」
「そうだね」
館内のカフェに入り、私たちは名物メニューである、深海ソーダを注文した。
ストローで氷を鳴らしながら、ふと、窓の外に広がる景色を眺めていた鉄朗が口を開いた。
「水族館、やっと来れたな」
「覚えていたんだ」
「おう。ずっと心残りだったんだ」
……。
…………。
高校3年生の冬。
今にも雪が降りそうな、薄暗い夕空の中、私たちは帰路についていた。
指定校推薦で早々に受験が終わった私とは違い、鉄朗は受験勉強のストレスからか、いつも以上に言葉が少なくなっていた。
「鉄朗、今度の模試が終わったら水族館へ行く約束、忘れてないよね」
「忘れてないけど、今はそれどころじゃねぇんだわ」
振り返りもせず、彼は苛立ちを隠さず短く答えた。
当時の私は、自分の受験が終わった解放感で、鉄朗の気持ちを考えられなかった。
「ちょっとくらい、いいじゃない。リフレッシュも大事だよ?そろそろ計画だって立てたいし……」
「お前には分かんねぇよ。俺が今、どれだけ必死か」
鉄朗が吐き出した言葉は、鋭いナイフのように私の胸に突き刺さった。
「分かんないよ!話してくれないんだもん!」
私が声を荒げると、鉄朗は信じられないものを見るような目で私を見据えた。
「……もういいわ。●●といると疲れる。悪いけど、しばらく1人にさせて」
それが、決定的な一言だった。
数日後、どちらからともなく「別れよう」という言葉が出た。
「俺、今は自分のことで精一杯すぎる。……未熟なんだよ、多分。だから、別れよう……」
鉄朗のその言葉に、私は頷くことしかできなかった。
追いかける勇気も、許しを請う余裕も、当時の私には、どこにも残っていなかった。
……。
…………。
「あの時は、本当に余裕がなかった。……悪かったな。●●のこと、傷つけるつもりはなかったんだ」
鉄朗は苦笑しながら、ソーダのグラスを見つめている。
「私も、自分のことばかりで、鉄朗のことを考えられなくて、ごめんなさい……」
素直に胸の内を明かすと、鉄朗はフッと表情を和らげ、私を真っ直ぐに見つめた。
「大人の恋愛って言ったけど、成長した俺を単に見せたかったのかもしれないな……」
「再会できてよかったね」
卒業アルバムのメッセージなんて、その場の勢いで書かれた、クラス全員に向けたものに過ぎない。
だから、私と鉄朗だけが来たのは運命と言っても過言ではない。
そう思っていたのに……。
「……あのメッセージ、クラス全員の卒アルに書いてあるって本気で思ってんのか?」
「えっ?」
思わず顔を上げると、鉄朗が呆れたように鼻で笑った。
「あれ、書いたのは●●のアルバムにだけだよ」
脳裏に、卒業式の日の光景が蘇る。
喧騒の中、一瞬だけ私のアルバムを奪い去っていった彼の大きな手。
「でも……だって、あの日、他にも来てる人がいるか聞いてきたじゃん」
「あー、あれは照れ隠し。最初から俺たち以外誰も来ないの、知ってて聞いた」
鉄朗は少し照れくさそうに頭を掻くと、真剣な顔に戻って私に手を伸ばした。
「何年も前から、●●と再会するための俺の賭け」
あの日、私のアルバムにだけ刻まれた秘密の約束。
それは、数年の時を経て、彼が仕掛けた完璧な大人の恋の始まりだった。
「……で、答えは?」
鉄朗が少しだけ意地悪く笑いながら、重ねた手に力を込めた。
ーーFinーー
