未熟な恋
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週末、鉄朗が「ちょっと遠出するか」と、家まで車で迎えに来てくれた。
「乗って」
「よろしくお願いします……」
緊張しながら助手席に座ると、車内には私をなだめるようなゆったりとしたクラシックが流れていた。
「シートベルト締めたか?」
「うん。……ねえ、どこに行くの?」
「海だよ、海」
鉄朗が慣れた手つきでハンドルを回し、車を走らせる。
窓の外を流れる景色を眺めながら、私はふと、ナビに表示された目的地までの到着時間を見て目を見張った。
「……えっ、40分で着いちゃうの?」
「意外と早いだろ。高速使えばそんなもんだよ」
鉄朗は前を見据えたまま平然と言うけれど、私はその事実に、なんだか不思議な感覚に陥っていた。
「……昔は、あそこに行くの、半日がかりだったのにね」
あの頃、自転車を漕いで、電車やバスを乗り継いで向かった海。
高校時代の私たちにとっては、ちょっとした長旅だったのだ。
……。
…………。
高校3年生の秋。
文化祭の振替休日を利用して、私たちは海へ行く計画を立てた。
当時の私たちが持っている移動手段は、自転車か、あるいは少ないお小遣いをやりくりして乗る公共交通機関しかなかった。
「鉄朗、次の電車……40分後だって」
「マジかよ。……じゃあ、隣の駅まで歩くか?節約、節約」
駅のホームで時刻表を睨みつけ、乗り継ぎの悪さにため息を吐く。
こうして、1駅分歩くことになった。
だけど、バレー部で鍛え上げられた鉄朗とは違い、運動不足の私はすぐに息が上がってしまった。
結局、隣の駅に着いた頃には目当ての電車は無情にも走り去った後だった。
「もう、1歩も動けない!」
駅前のベンチに崩れ落ちる私を見て、鉄朗は困ったように笑い、首筋の汗を拭った。
「ったく、お前は……。ちょっと待ってろ、バス停の時刻表見てくるから」
そうして、接続の悪いバスを待ち、さらに揺られること数十分。
ようやく目的地に辿り着いた頃には、太陽はすでに傾き、2人とも疲れ果てていた。
「やっと着いたー……。もう夕方じゃん」
「悪いな、俺がリサーチ不足だったわ」
鉄朗が申し訳なさそうに頭を掻く。
それでも、目の前に広がるオレンジ色に染まった海を見た瞬間、疲れなんて吹き飛んでしまった。
「……来てよかったね」
「ああ……」
帰りのバスの時間を気にしながら、自動販売機で買った温かい缶のココアを2人で回し飲みした。
……。
…………。
あの時、私たちの世界はとても広くて、少し遠くへ行こうとするだけで、たくさんの時間と労力が必要だった。
目的地に着くまでの、あの不自由で、でも会話だけは途切れなかった長い長い移動時間こそが、私たちのデートの本体だったのかもしれない。
「着いたぞ。思ったよりも早かったな」
車は、海岸沿いの近くにある駐車場に停まった。
エンジンを切ると、車内は急に静かになる。
目の前には、あの時と同じ、キラキラと輝く海が広がっていた。
「……車を使えば、こんなにも近い場所だったんだね。当時は思いもしなかった」
私がぽつりと呟くと、鉄朗はシートに背を預けたまま、懐かしそうに目を細めた。
「また来たくなったら、いつでも連れて行ってやるよ」
彼はそう言って、ダッシュボードに置いてあったミネラルウォーターを一口飲んだ。
つられて、私もペットボトルのお茶に手を伸ばした。
あの頃の、温かい缶ココアの味とは違う、冷たくてスッキリとした味。
もう、あの甘ったるい経験は二度と味わえない。
だけど、それ以上に、今の静かな時間も大切に思えた。
「せっかくだし、降りて近くまで行くか」
鉄朗は先に車を降りて、私の側のドアを開けてくれた。
差し出された手を握り、車外へ出る。
目の前に広がる景色は変わらないのに、そこへ辿り着くまでの物語が、あの頃とは全く違う。
便利になった移動手段。
自由に使えるようになった金銭。
そして、隣にいる少しだけ頼もしくなった彼。
「さ、行こうか。今日はバスの時間、気にしなくていいからな」
鉄朗が私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出す。
車を使えばあっという間に着いてしまう距離だからこそ、あの頃よりもゆっくり、この景色を楽しめる時間になった。
「乗って」
「よろしくお願いします……」
緊張しながら助手席に座ると、車内には私をなだめるようなゆったりとしたクラシックが流れていた。
「シートベルト締めたか?」
「うん。……ねえ、どこに行くの?」
「海だよ、海」
鉄朗が慣れた手つきでハンドルを回し、車を走らせる。
窓の外を流れる景色を眺めながら、私はふと、ナビに表示された目的地までの到着時間を見て目を見張った。
「……えっ、40分で着いちゃうの?」
「意外と早いだろ。高速使えばそんなもんだよ」
鉄朗は前を見据えたまま平然と言うけれど、私はその事実に、なんだか不思議な感覚に陥っていた。
「……昔は、あそこに行くの、半日がかりだったのにね」
あの頃、自転車を漕いで、電車やバスを乗り継いで向かった海。
高校時代の私たちにとっては、ちょっとした長旅だったのだ。
……。
…………。
高校3年生の秋。
文化祭の振替休日を利用して、私たちは海へ行く計画を立てた。
当時の私たちが持っている移動手段は、自転車か、あるいは少ないお小遣いをやりくりして乗る公共交通機関しかなかった。
「鉄朗、次の電車……40分後だって」
「マジかよ。……じゃあ、隣の駅まで歩くか?節約、節約」
駅のホームで時刻表を睨みつけ、乗り継ぎの悪さにため息を吐く。
こうして、1駅分歩くことになった。
だけど、バレー部で鍛え上げられた鉄朗とは違い、運動不足の私はすぐに息が上がってしまった。
結局、隣の駅に着いた頃には目当ての電車は無情にも走り去った後だった。
「もう、1歩も動けない!」
駅前のベンチに崩れ落ちる私を見て、鉄朗は困ったように笑い、首筋の汗を拭った。
「ったく、お前は……。ちょっと待ってろ、バス停の時刻表見てくるから」
そうして、接続の悪いバスを待ち、さらに揺られること数十分。
ようやく目的地に辿り着いた頃には、太陽はすでに傾き、2人とも疲れ果てていた。
「やっと着いたー……。もう夕方じゃん」
「悪いな、俺がリサーチ不足だったわ」
鉄朗が申し訳なさそうに頭を掻く。
それでも、目の前に広がるオレンジ色に染まった海を見た瞬間、疲れなんて吹き飛んでしまった。
「……来てよかったね」
「ああ……」
帰りのバスの時間を気にしながら、自動販売機で買った温かい缶のココアを2人で回し飲みした。
……。
…………。
あの時、私たちの世界はとても広くて、少し遠くへ行こうとするだけで、たくさんの時間と労力が必要だった。
目的地に着くまでの、あの不自由で、でも会話だけは途切れなかった長い長い移動時間こそが、私たちのデートの本体だったのかもしれない。
「着いたぞ。思ったよりも早かったな」
車は、海岸沿いの近くにある駐車場に停まった。
エンジンを切ると、車内は急に静かになる。
目の前には、あの時と同じ、キラキラと輝く海が広がっていた。
「……車を使えば、こんなにも近い場所だったんだね。当時は思いもしなかった」
私がぽつりと呟くと、鉄朗はシートに背を預けたまま、懐かしそうに目を細めた。
「また来たくなったら、いつでも連れて行ってやるよ」
彼はそう言って、ダッシュボードに置いてあったミネラルウォーターを一口飲んだ。
つられて、私もペットボトルのお茶に手を伸ばした。
あの頃の、温かい缶ココアの味とは違う、冷たくてスッキリとした味。
もう、あの甘ったるい経験は二度と味わえない。
だけど、それ以上に、今の静かな時間も大切に思えた。
「せっかくだし、降りて近くまで行くか」
鉄朗は先に車を降りて、私の側のドアを開けてくれた。
差し出された手を握り、車外へ出る。
目の前に広がる景色は変わらないのに、そこへ辿り着くまでの物語が、あの頃とは全く違う。
便利になった移動手段。
自由に使えるようになった金銭。
そして、隣にいる少しだけ頼もしくなった彼。
「さ、行こうか。今日はバスの時間、気にしなくていいからな」
鉄朗が私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出す。
車を使えばあっという間に着いてしまう距離だからこそ、あの頃よりもゆっくり、この景色を楽しめる時間になった。
