未熟な恋
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〜未熟な恋〜
“20××年4月×日15時 音駒高校の正門に集合”
春の柔らかな日差しが降り注ぐ正門前で、私は腕時計に目を落とした。
約束の時間はとうに過ぎている。
3年5組全員の卒業アルバムの寄せ書きページに書かれたメッセージ。
今では誰が書いたのか分からないし、言い出しっぺすら思い出せない。
そんな約束に、数年経った今、一体何人の人が集まるだろうか。
海外へ渡った者、家庭を築き遠い街で暮らす者、そして約束自体を忘れている者。
数年の月日は、かつての賑やかだった3年5組をバラバラにするには充分すぎる時間だった。
「……やっぱり、私みたいな物好きはそうそういないか」
踵を返そうとしたその時。
「まさか、●●がいるとはね」
低く、どこか聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。
振り返ると、そこには見覚えのある独特な癖毛を揺らし、少しだけ肩幅が広くなった男性が立っていた。
「……それはこっちのセリフ。鉄朗こそ、来るなんて思わなかった」
黒尾鉄朗。
高校時代の恋人である。
「他のみんなは?」
鉄朗は辺りをキョロキョロと見渡す。
「見た通り、私と鉄朗の2人だけだよ」
再会の衝撃を隠すように、私はわざと素っ気なく肩をすくめてみせた。
鉄朗は困ったように眉を下げて、観念したように息を吐いた。
「そっか……。まあ、せっかくここまで来たんだ。立ち話もなんだし、お茶でもどう?」
「……いいよ」
付き合っていた当時は恥ずかしさもあってサラッと誘えなかったし、行きたいとも言えなかった。
お互いに大人になったんだと、思い知らされる。
高校から少し離れた、静かなジャズが流れる喫茶店。
カランとドアベルが鳴り、私たちは使い込まれた椅子に腰を下ろした。
注文を済ませ、運ばれてきたカップから、香ばしい湯気が立ち上る。
口に含んだ液体の苦味が喉に通った瞬間、ふと、あの頃の自分が重なった。
……。
…………。
高校時代のデートといえば、学校の近くのあの赤と黄色い看板のファストフード店がお決まりだった。
たまには雑誌に載っているような、お洒落なカフェで落ち着いてお茶をしたい。
そう思っていても、隣を歩く鉄朗は決まってこう言う。
「腹減ったな。……昼はいつもの店でいいよな?」
有無を言わせない笑顔。
「たまには違うところがいい」なんて、当時の私には言えなかった。
「うん、いいよ……」
「よっしゃ、行くぞー」
彼の広い背中を追いかけて、結局いつもの賑やかな店内へと吸い込まれていく。
せめてもの抵抗で、私はいつも頼む炭酸飲料ではなく、ホットコーヒーを注文した。
「なんだ、コーヒーなんて珍しいな。ハンバーガーには炭酸だっていつも言ってたのに」
鉄朗が不思議そうに目を細めて覗き込んでくる。
「た、たまにはね!」
そう見栄を張って笑ってみせたけれど、覚悟を決めて口に含んだそれは、当時の私にはあまりに飲み慣れない、苦味が口いっぱいに広がった。
「にが……」と溢れそうになるのを必死で隠して飲み込んだあの頃。
隣でコーラを飲み干して笑う鉄朗は、私のそんな小さな背伸びなんて、全く気付いていなかったはずだ。
……。
…………。
「あの頃はお互いに未熟だったな」
「高校生って多感な時期だからね。周りが付き合っていると、焦って私も恋人を作らなきゃーってなってた」
コーヒーを飲みながら、昔話に花を咲かせる。
「俺は焦りから告白されたのかよ」
「ふふふ……」
含みを持たせるように笑ってみせたけれど、胸の内は違った。
あの頃の私が焦っていたのは、独りになるのが怖かったからではない。
他の誰かに、鉄朗を取られてしまうのが怖かったからだ。
ただ、今更そんなことを伝えるつもりもなく、私はコーヒーと共に気持ちを流し込んだ。
沈黙が流れる中、鉄朗がカップを置き、真っ直ぐに私を見据えた。
「なあ……。今度は、大人の恋愛をしてみないか」
「えっ……」
今、なんて……?
既に過去の思い出となっていると思っていたのに。
「それとも、もう誰かいたりする?」
「……いや、いないけど」
当時、あんなにも失恋に悲しんだのに、こうもあっさり復縁して良いものなのか。
なんだか拍子抜けだ。
「じゃあ決まり。連絡先は変わってないよな?」
「うん……」
「また連絡する」
鉄朗は伝票を手に席を立つと、私の頭をポンと撫でた。
その仕草が昔と変わっていなくてドキッとすると同時に、懐かしさが込み上げてきた。
鉄朗が去った後のテーブル席には飲みかけのコーヒーが残されている。
そのコーヒーを見つめながら、私はひとつため息を吐いた。
少し前まで、いつか再会しても、笑って挨拶ができればそれで充分だと思っていた。
それなのに、まさかこんな風にまた心が揺れる日が来るなんて。
「大人の恋愛、か……」
ぽつりと呟いたその言葉が、思いのほか胸に響いた。
あの頃とは違う自分。
そして、変わったようで変わらない鉄朗。
まだ、大人になりきれていない自分がここにいる。
この先どうなるかは分からないし、また傷つくかもしれない。
だけど、心の奥で何かが静かに、でも確かに灯った気がした。
私は鞄からスマホを取り出し、鉄朗との連絡先を開いた。
“また連絡する”
長い間やり取りのなかった履歴が、今日の約束で動き出す。
しばらくぼんやりとした後、私は席を立ち、少し軽くなった心で喫茶店を後にした。
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